第四五話 剣士(ソードマン)

「墨田さんが僕と戦った虎獣人ウェアタイガーと遭遇したらしいよ……」


虎獣人ウェアタイガーですか……悠人さんなら、なんとかしそうですけど……その……」

 目の前の席に座る先輩は、手元のラテを飲みながら私を優しい顔で見つめている。

 今私と先輩は学校帰りに制服のまま、シンジュクのスパタでお茶をしている。ちなみにこれは決してデートではなく、あくまでも情報交換の一環なのだ。

 だから先輩がやたら嬉しそうな顔をしているのも、情報交換だからだと思っていて、私はあくまでもこれはデートではないと思っている。

 だから周りの人が初々しい高校生のカップルを見るような、暖かい目をしているのは決してデートに見えるからではなくて、あくまでも二人の友人関係が微笑ましいと思えるからに違いない、そうですよね、そうだよね!?

「あの……先輩、なんでさっきから私をじっと見ているんですか?」


「……嬉しいなって。新居さんすごく可愛いしさ……」

「ゲフゥッ!」

「だ、大丈夫かい?!」

 先輩が少し頬を赤くして目を逸らすが、私は思わず可愛いというワードに反応してラテを少し吹いてしまった。いかんいかん……お嬢様なのにこんな失態をしてしまうとは……慌ててペーパーナプキンを使ってテーブルに飛び散ったラテを拭き取る私。

 なんか……先輩の顔を見るのがめちゃくちゃ気恥ずかしくて、私は熱い頬の感覚を覚えつつもなんとか耐えている状況だ。

「せ、先輩と私は友達ですよね? 私もそう言いましたよね? だから?」

 その言葉に、先輩はとても嬉しそうに……眩しいくらいのイケメンスマイルで答える。


「うん、友達から始めるって言ってくれたし、僕はそこからで全然嬉しいよ」

 うおっ……まぶしっ……アイドル級のイケメンな先輩の笑顔は破壊力が強い。ミカちゃんに散々焚き付けられて、私は少し冷静に慣れていない自分がいるのを認識している。

 恐ろしいくらい心臓がドキドキしている……前世でもここまで心臓が鳴っているのは……初陣の時と、シルヴィさんとお互いの気持ちを確認した時くらいではないか? と思えるくらい、私は心底動揺している。

 おかしいぞ、なんでこんなに私は冷静じゃないんだ……普段通りに接すれば普通にできるはずなのに。

「と、友達なら……そんな目で見ないでください……私、そんなに見つめられると恥ずかしいです……」


 私はなんとか先輩の熱い視線から目を逸らそうと必死に耐える。

 だめだ、私は今完全に冷静になれていない。ミカちゃんに焚き付けられたとかだけではなく、先輩の目が……完全に前世でよく見たの目に見えてしまって……とんでもなく恥ずかしい。わかってるんだ、先輩が本当に私に好意を向けてきているのが。本当に先輩は純粋に好き、という感情を真っ直ぐぶつけて来ているのが視線でわかる。それは……嬉しい、と思う。

 さらに先輩が女慣れしてない、というのは理解できた……この人は誠実だ。ただ、私の感情が……ノエルの記憶から連なる男性としての記憶が、それを拒んでいる。


「……ごめん、不快にさせる気はないんだ。ただ……君を見ているだけでも僕は幸せだから」

「ゴバァアッ!」

「新居さん、大丈夫かい?!」

 盛大にラテを吹き出し咳き込む私、慌ててレジへと布巾を取りに走る先輩。口を押さえて……私は迂闊に先輩と会ってしまった自分の選択を呪った。




「こんにちは、桐沢さん、益山さ……ん?」

 先輩と別れてから私はKoRJへと立ち寄る。受付の桐沢さんと益山さんが笑顔で私を出迎えてくれたのだが……なんだろう……とても含みのある笑顔に見える……。

「こんにちは灯ちゃん、今日は青梅くんと一緒じゃないの?」

 桐沢さんが先輩の名前を出すが、今日に限って二人の笑顔が少し怖い気がする……いや、考えすぎだろう。私が単に先輩の名前を出されて、さっきまで一緒にいた先輩のことを思い出してしまって、冷静に聞けていないだけだ。


「……先輩とは先程までお茶をしていましたが……」

 その言葉で桐沢さんがさらに笑顔になって……なぜかめちゃくちゃ嬉しそうな顔で私に話しかけてくる。

「そうなんだ! いいわあ、私も高校生の頃は大好きな先輩に必死にアピールした記憶があるわぁ……青春っていいわねえ」

「え、ええ……?」

 受付の桐沢さんってこんなキャラだったっけ……昔はもっと事務的な感じだった気がするのだが……いやいや、それよりも今日は用事があったのだった。桐沢さんは引き気味の私の視線もお構いなしに喋り続ける。

「彼氏ができるって良いわねえ……私もそろそろ彼氏欲しいわ」


「あ、あの……訓練場を使いたくて……受付をお願いできますか?」

「ああ、ごめんね灯ちゃん。この子、ずっと灯ちゃんと青梅くんのこと心配してたから……訓練場の受付、受付っと……はい、じゃあ別のエレベーターで向かってね」

 益山さんが桐沢さんの代わりに手元の端末を操作して、受付証を発行する。訓練場は今私が受け取っている受付カードでは入れず……別途受付証が発行されないと入れないようになっている。防犯上とか、色々あるのだとか。

「ありがとうございます……あの、先輩と私……その……単なる友達なので!」

 私はなんとなくそれだけは言っておかなきゃ、と思ってことさら友達、というワードを強調して受付証を引ったくるようにもらうと、小走りでエレベーターへと走っていく。


 自分で発言しておきながら……少しだけ、先輩のとても嬉しそうな笑顔を思い出してちくりと胸が痛む。


「あ、うん……行って……らっしゃい……」

 桐沢と益山は顔を見合わせて、ぽかんとしつつ新居 灯が小走りに走っていくのを見つめていた。何か悪いことを言ってしまったのだろうか? と少しだけ罪悪感を感じつつも受付の仕事に戻る二人の姿がそこにはあった。


 エレベーターを降りて……訓練場についた私は、日本刀をロッカーから出して制服からロッカーに入れていた訓練用のジャージを取り出して着替える。

 訓練場の明かりをつけると……そこには広大な地下空間が広がっている。このビルに入っているテナントは多くあるのだが、おそらくそこにいる人たちはこの訓練場の存在は知らないだろう。


「少し寒いかな……」

 私はふう、と息を吐くと冷え切った空気に私の息が白く映る。日本刀を抜いて目を瞑り……ノエルから最後に言われたことを思い返して集中する。


『それと君に一つアドバイスがある。俺がよく使う『獅子剣シシ』は今の君には無理だ……俺と体格が違いすぎる。だから……』


 獅子剣シシ……記憶を思い返してみるとノエルは恵まれた筋力と体格を生かしたパワー重視の剣を得意としていた。剣聖ソードマスターと呼ばれる彼はミカガミ流剣術全ての技を使えるが、比較的……一撃必殺に重点を置いた戦闘の組み立てをしていたというのがわかる。記憶を掘り返して……私はミカガミ流に伝わる基本の型をとっていく。


 獅子剣シシ……一撃必殺を重視したパワー重視の技を主体とする型

 大蛇剣オロチ……受け流しからのカウンター攻撃を重視した型

 竜王剣ドラゴ……遠近のバランスをうまく取った形で戦う正統流の型

 飛燕剣ヒエン……変幻自在、速度と幻惑で相手を翻弄する型


 ノエルはこれら四つの型を使いこなし、瞬時に技を繰り出すために第五の型である『無限ムゲン』という型を開発していた。基本的にはミカガミ流には剣の構えがあるのだが、剣の悪魔ソードデーモン戦でも見せていたように基本的に彼は剣を型通りに構えない。

 恐ろしいまでの超絶技巧……圧倒的な筋力と人間離れした速度で攻撃を受け流し、瞬きの間に一瞬で間合いを詰めて斬り殺すノエルだけのために開発された型、それが無限ムゲン


 残念ながら……私はその型を使えない。試してみたが……どうしても目で見てから反応してしまうので、ノエルのように勘と感覚だけでは防御が追いつかないのだ。実際に受け流しの技法で防御しても……剣の悪魔ソードデーモンの連撃には対応しきれなかった。重い斬撃で腕が痺れ……目で見てしまっているので反撃に移れなかった。

「転生して……腕が落ちている……? いや……違う」


 新居 灯わたしの体に顕現したノエルは無限ムゲンを使いこなしていた。軽く剣を振るってあのとてつもなく重い攻撃を簡単に受け流し、一瞬で間合いを詰めて相手の腕を切り落としていた。だから私でも再現はできるのだろう、ただどうやって再現すればいいのか……今はまだわからない。

 私は体が軽い……当たり前だが体重もノエルほど重くないので、飛燕剣ヒエンを中心に組み立てた方が良いのではないか? と記憶を探っていく中で思い立つ。おそらくノエルもそれを言おうとしていたのではないか?


 飛燕剣ヒエンは空を飛ぶ燕のように、素早くそして変幻自在に剣筋を変えていく型だ。あの異世界にも燕がいるんだな、と別の意味で感心してしまうが……とにかく一撃離脱戦法を中心とした技が多く、今の私の体型にはピッタリ合っていると思える。ノエルは剣を教えることも上手かったようで、地味に後進の育成にも熱心だったようだ。記憶の中でも年若い者たちに剣を教えている姿なども昨日のことのように思い出せる。


 何度も日本刀を構え直し、的に向かって振るい……汗だくになって夢中になって必死に……そのうち立っていられなくなって膝をつく。荒い息を吐いて……私はひんやりとした空間の空気を大きく吸って吐く。流れる汗が髪の毛を頬にまとわりつかせるが、今はこの疲労が心地よい。床に寝転がって……大の字になって息を整える。なんとなく次の道筋が見えたような気がする。


「先輩、今何してるのかな……お家ついたかな……」

 天井を見ながら……ふと口から出た独り言に、心臓がどきりと高鳴る。い、今先輩のこと考えてた? 私考えてたよね? 考え始めると……今日の先輩の笑顔や優しそうな顔を次々と思い返してしまい……集中できなくなっていく。


『ただ……君を見ているだけでも僕は幸せだから』


 そのセリフを思い出して……いきなり頬がカッと暑くなるのを感じた私は、恥ずかしさで身悶えながら両手で顔を覆ってその場でジタバタ暴れる。モニターで今の様子を見ている人がいるとすれば……こいつ何やってるんだ、と思えるような奇行をしていると思う。が、もはやそんなことを気にしてる余裕はなくて……私は転げ回って必死に恥ずかしさを堪える。


「ぐっ……どうなってるの……こんなこと考えている場合じゃないのに……」

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