第四四話 邂逅(エンカウンター)
「
暗い部屋の中、二人の男女が向き合って座っている。一人は青白い顔色の男……アンブロシオ。もう一名は美しき
アンブロシオに問われた
「準備万端にございます。以前より進めておりました東京の港湾地区に暴力団の下部組織を使って運ばせたコンテナ……触媒と魔法陣を設置し終わり、あとは魔力を流し込むだけにございます」
よろしい、とアンブロシオは手元の資料へと目を下ろし……ふと何かに気がついたように再び
「例の動画の件はどうか?」
「はい、動画の再生数、各種SNSでの話題、トピックなどを確認させておりますが予想以上に反響があるようです。もともとKoRは各国で不可思議な事件を揉み消してきていますので、その違和感を感じていたギーク達の間で少しずつ話題が広がっているようですね。日本でも学生を中心に、コミュニケーションツール上で積極的な議論が出ているようです」
アンブロシオは少し考えるような仕草をする……ああ、このお方はこうなると次の行動がすぐに道筋として見えてくるのでしたわ……そう
「我々の世界ではここまで情報伝達の速度が速くなかった。この世界は正直恐ろしいな」
アンブロシオは苦笑すると、
絶対的な支配者……恐るべき魔の支配者……アンブロシオという名前の、彼女の愛する異世界の魔王さま……。
「
「ああ、アンブロシオ様……私を芯まで愛してくださいませ……」
艶かしい唇を開き、アンブロシオの首筋を舌で優しく舐め始める
アンブロシオはそっと彼女の頬に手を添えると……それまでの変化の少ない表情から一変して、不気味なくらいに盛り上がった獰猛な牙を剥き出しにして、
「はぁああ……、アンブロシオ様……全てを……全てを愛してくださいませ……」
「お前に
アンブロシオがそう話すが早いか、突き立てた牙を通して液体がアマラの体へと入り込んでいく……全身の血管が浮き出るように盛り上がり……まるで皮膚の下で虫が蠢くかのように不気味な蠢動を繰り返す。
恍惚とした表情のアマラの赤い目が不気味に輝くと、彼女は歪んだ笑みを浮かべて愛する主人をうっとりと見つめる。
「ああ……ありがたき幸せ……私はあなたのために最後まで戦いますわ……」
「さて……お前さんはどんな相手なのかな?」
墨田 悠人は彼が執着している新居 灯には、絶対に見せたことのないような獰猛な笑顔を見せて……咲う。彼が今いるのは、東京都下のとある街の片隅……小さな廃ビルに
「たった一人でその戦闘力……素晴らしいな」
墨田に相対するようにスーツ姿の男……金髪碧眼で、血色の悪い顔をした男性……アンブロシオの仲間の一人……テオーデリヒが立っている。
「はっ……こんな雑魚をぶつけてきて、舐めてんのか? ああ?」
墨田は胸元からタバコを取り出して指に灯した火を使い、ひとふかしする。
細身だが……墨田の身体能力は地味に高い。新居 灯ほどの能力ではないが、十分に鍛えられておりアスリートを目指していれば、世界をとれたのではないか?と言われている。
「あの
「あ? 青梅の小僧のことか……ってことはお前が、あいつをボコったっていう一級
墨田は咥えていたタバコを捨てて靴で踏みつけて消すと、ストレッチをするように首を左右に倒して鳴らす。先程までの笑いではなく、怒りの表情を浮かべて……テオーデリヒを睨みつける。
「はい、あなたのような戦士のために名乗りましょう。私の名前はテオーデリヒ……あなたを殺すものです。」
バキバキと音を立てて、目の前の男性の肉体が盛り上がり……黄金と漆黒の毛をまとった巨大な
あまりの大音響にビリビリと空気が震える、青梅と戦った時には使わなかった
「おお、これは……随分とすげえな」
墨田は体全体を震わす
拳に炎を灯す……新居 灯というKoRJにおける接近戦のスペシャリストの戦いを見て、彼自身がそれまでの遠距離主体の
「ほう……肉体に炎を纏わせるなど、私の知識には無いですな」
テオーデリヒがジリジリと距離を詰めていく、目の前の男は不気味だ。自然体で、とても隙だらけなのに迂闊に踏み込むと噛みちぎられるような、そんな凶暴な目つきをしている。
テオーデリヒが今まで戦ってきたものとは違う……戦士というよりは狂犬……いや闘士の気配を感じる。
「じゃあ、いくぜ。痛いのは我慢しろよ」
墨田がふらりと隙だらけの姿勢で間合いに踏み込んでいく。あまりの無防備さにテオーデリヒは完全に困惑し、攻撃を当てるかどうか
その迷いからあまりに呆気なく、撃ち抜かれる墨田の拳がテオーデリヒの顔面を捉える……焼け焦げる匂い、そしてあまりの衝撃に顔を抑えて後退するテオーデリヒ。
「グァアアアッ!」
「あの青梅は、いいやつなんだよ。いっつもニコニコしてな……」
墨田はふらりと隙だらけの蹴りを見舞う……流石にこれには反応してステップして後退し、距離を取るテオーデリヒ。焼け焦げた顔面から煙が上がるが……獣人の再生能力が皮膚を再生していく。
テオーデリヒは焦っていた、あまりに……動きが読めない。隙だらけなのに、迂闊に手を出すと噛みちぎられそうな不気味さを目の前の男から感じて身が竦む。
「くっ……」
テオーデリヒは必死に拳を繰り出して……目の前の男へと必殺の一撃を叩き込む……墨田は皮一枚の刹那を見切って、テオーデリヒの攻撃を躱し……大振りのカウンターをテオーデリヒの腹部へと打ち込む。
威力はそれほどでもないのに……的確に急所へと打ち込まれた攻撃で、テオーデリヒは全身を駆け巡る衝撃に震えて……苦悶の表情を浮かべて蹈鞴を踏んで後退する。そのまま一方的に墨田はテオーデリヒを殴り続け……テオーデリヒは必死に防御を続けている。
「青梅はな、こんな俺にも懐いた舎弟みてえなやつだ……そいつを傷つけたお前を許さねえ!」
「クッ……私たちよりも、遥かに獣のようだな!」
テオーデリヒの反撃の拳がようやく墨田の顔面を捉えた……はずだったが、ギリギリのタイミングで手のひらを差し入れて衝撃を逃すように体を回転させる距離を取る。まるでバレエダンサーのような回避に思わずテオーデリヒが墨田の身体能力の高さに驚く。
「褒めてもらって光栄だ、くらえ『爆炎』!」
墨田が
「これくらいじゃ倒れねえよな?」
濛々と煙が立ち上るが、墨田はまだ全身に感じる殺気を感じて構えを解かない。煙の向こうからゆっくりとテオーデリヒの巨体が現れる……全身は炎で焼け焦げており、普通の人間であれば確実に致命傷となっているだろう。
「フフフ……強い、良いな。だが、これでも生きていられるだろうか?」
ゆっくりとテオーデリヒは拳を振り上げると……廃ビルの壁面、柱を素手でぶち抜いた。あまりの衝撃で天井から、砂埃がざっと降り……墨田はテオーデリヒの意図を察する。ビルごと生き埋めにするつもりだ……! 別の柱を拳で打ち抜くと、ビル全体が軽く振動をし始める。
「うわ、ちょっとタンマ、タンマ! ビルが壊れちまう!」
墨田は慌てるが、構わずにテオーデリヒは次に床面を拳で撃ち抜く……その衝撃でビル全体が大きく震えて……振動とともに大きく崩壊していく。墨田は戦闘どころではないと判断し、踵を返してさっさと離脱していく。
「貴様! 逃げるのか!」
「馬鹿野郎! 俺は人間だぞ! お前らみたいな再生能力なんかねえんだ! 次会う時はボコボコにしてやるから覚えておけ!」
どちらが悪役かわからないようなセリフとともに、墨田はビルから命からがら逃げ出す。チラリとテオーデリヒの方向を見るが……テオーデリヒは薄く笑うと、崩壊したビルから立ち去っていく。
ビルが完全に崩壊していく様を見て、墨田はこめかみに流れる汗を拭うと、なんとか生き残ったことを実感する。
「あぶねえ……あんな化け物相手だと二度と勝てる気がしねえな……」
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