第四三話 情報拡散(ディフュージョン)

「……次はこれか、編集作業とか少し時間かかるがいいか?」


 暗い部屋の中でモニターの明かりだけがその男を照らしている。眼鏡をかけた男性は、肩越しに差し出されたUSBメモリを受け取ると、足元にあるデスクトップパソコンのUSBポートへメモリを挿して……中身を確認していく。

「構わないわ、また編集が終わったらサイトへアップしておいてね」


 背後にいる人物……黒髪に赤い眼の美しい女性、荒野の魔女ウイッチが笑みを浮かべてその作業を見ている。男の鼻腔に強い化粧と花の香りを模した香水の匂いが感じられて……男は少し鼻を押さえて、振り返りはしないがため息をつく。

「もう少し匂いを抑えてもらえないだろうか、女性はそれでいいかもだが……男性にはその匂いはきついんだ」


「あら、そうなの? 殿方によってはこういう匂いが好みだと言われることがあるわよ」

 荒野の魔女ウイッチは笑みを絶やさずに手に持った鳥の羽を使った豪華な扇を口元に当てて、男の様子を見ている。舌打ちをすると、男はUSBメモリ内のデータを転送し再びUSBメモリをポートから抜くと、彼女の方向を見ずに差し出す。男が動画を開くと、やはり遠距離から撮影した夜の公園の動画がモニターに映し出される。

「しかし……こんな動画どうやって撮影しているんだ? ドローンって感じではないよな?」


「それは企業秘密……あまり深入りされても困っちゃうわ」

 荒野の魔女ウイッチはくすくす笑うと、男からUSBメモリを受け取って、部屋を後にする。男はそうか、とだけ答えて作業に集中していく。そんな男の様子を一度だけ見て、クスッと笑うとそのまま部屋を出て、外の太陽の明るさに目を細めながら、表の通りに止めていたリムジンへと歩き出す。

「真実の神が次の真実を暴露していく……世に真実が伝わるのが先か、それとも隠し通すことができるか、楽しみね新居さん……」




「で、友達から始めたいって伝えたの? 友達として、とかじゃなく?」

 あちゃー、という顔でミカちゃんが頭を押さえる……今私はミカちゃんと一緒に放課後、近所の公園にきている。スパタのラテを片手に先日の先輩との話の結末を話したら、このような状況になった次第だ。

「え? 友達からって本当に友達として付き合いましょう、ってお断りの意味じゃないの?」


「……いや、恋愛ポンコツお嬢様のあかりんなら言うだろうな、とは思ったさ……友達から、は友達からスタートしてその後気が合うなら恋人に、とか恋人になる前にお試しでみたいな感じ。友達として、なら異性の友達としてだと思うんだけど……本当に友達から、って言ったの?」

 その言葉に私の顔が真っ青になる……えーと、先輩が電話切る前にちょっと嬉しそうな声だったのはそういうことか。妙にテンションが高くておかしいな? とは思ったのだ。

「言いました……先輩のことよく知らないので、まずはお友達からでいいですか? って言いました……」


「おめでとう、あかりん。私よりも先に彼氏ができるとは……さすが青葉根の最高神だけあるな……」

 ミカちゃんが私の肩に手を乗せて……すごく爽やかな顔で親指を立てる……かくいう私は完全にやらかしたことを理解した。

 あかん、これは彼氏ができちゃう流れだ……ガクガク震えながら私はミカちゃんに尋ねる。

「み、ミカちゃん……どうしたらいいかな? 先輩にごめんなさいしたら、無かったことにならないかな?」


 ミカちゃんは少し考える仕草をした後……すごく悪い笑顔で私を見るとにっこりと笑う。

「まあ、お試しで付き合って見たらいいと思うよ? まずは写真見せてね、

「え? ミ、ミカちゃん? た、助けてくれないの?!」

 ミカちゃんは私の顔を見て、へっ、と何かを吐き捨てるかのような表情を浮かべ……早く出せ、と言わんばかりに手を差し出す。うう……ミカちゃんに相談するんじゃなかった……。


「あかりんの幸せは私の幸せ、いいねえ、青春だねえ……早くイケメンの写真見せろよ、ほら……早くぅ」

 こうなるとミカちゃん解放してくれないからなあ……仕方ないのでスマホから先輩と一緒に撮影した写真……これは先日先輩が久々なんで写真撮りたい、とお願いしてきたので少し距離が近めの写真なのだが、それをミカちゃんに見せた。 

「は? 何このイケメン……しかも案外距離が近いじゃない! あかりんもちゃんと笑顔だし!」

 写真に食いつくミカちゃん。何度もスマホと私を見比べると……ミカちゃんは青筋立てた笑顔で私に詰め寄り……肩に手を置く。

「あかりん、今すぐ、今すぐこのイケメンと付き合いなさい!」

「み、ミカちゃん?」

「こんなイケメン逃したら次はないわよ! あかりんの趣味だと絶対に次はゴリマッチョ……それだけはやめなさい!」

 その後、完全にフリーズした私に捲し立てるかのように、いかに先輩がイケメンか、イケメンと付き合うのがどうして良いのか、なんならもう最後まで行ってしまえ、誘惑するための勝負下着も一緒に選ぶから! とミカちゃんが恐ろしい勢いで私を説得し始め……結局解放してくれたのは、そこから二時間以上経過してからだった。



「つ……疲れた……」

 私は家に戻ると普段着に着替えて……机に向かって椅子に座ると机に突っ伏した。どうしようか……雰囲気に流されて友達から、と先輩に伝えてしまったが、どうやら私の返答は悪手だったようだ。

 しかし……なんとなく追いかけても捕まらないものを追いかけるよりも、今目の前に見えていてこちらを見てくれる人がいる状況というのは悪くないのでは? と少しだけ思ってしまったのは事実だ。

 先輩が一生懸命に話をしているところはなかなか面白かった、少し心が穏やかになるというか、温かい気持ちになる。


「いやいや……前世が前世だからなあ……」

 私が独り言を突っ伏したまま呟くと、ベッドで昼寝をしていたらしいノエルが尻尾を振って足元へと寄ってくる。ピロピロと尻尾を振って、私が軽く頭を撫でると嬉しそうな顔で私を見つめる。

「ノエルは私のこと好き?」

 ノエルはその言葉に反応して軽く吠える。なんとなく嬉しくなって顔が綻んでしまう。再びノエルの頭を撫でて、ため息をついた私は、体を起こしてスマホを手に取る……そこでメッセージの着信に気がついた。『新しいのきたよ〜』というメッセージだ。


「これは……」

 学校のグループメッセージで通知内容は全て見えないので……メッセージアプリを立ち上げてみる。それはあの動画主の新作動画だった。

 私は思わず身を乗り出して……動画をスマホで再生する。


 その動画は、夜の公園を遠景で撮影しているものだった。画質は荒く……とても薄暗く、細かい部分の判別がつきにくい。公園の広場に巨大な影が映っている。その姿はまるで……古の神話に出てくる牛巨人ミノタウロスのようにも見える。手には巨大な斧を持っており……公園の建造物を不思議そうに見つめていじったり、手に持って考えるような動作をしている。

「私がいく前に……こんなことをしていたのね……」


 そのうち飽きたのか、建造物の上にどしっと座る。

 何かを待つように、しばらく時が過ぎていく。すると画面の端から、前回の動画に出ていたであろう……髪の長い人物が歩み寄っていく。牛巨人ミノタウロスはそれを待っていたかのように、立ち上がると斧を構えて二人は少し睨み合った後に、戦闘を開始する。


 短いが激しい応酬の後、もう一人の一撃が牛巨人ミノタウロスを捉え……そこから牛巨人ミノタウロスは理性を失ったかのように斧を捨てて暴れる。軽く地響きを感じているかのように画面も揺れている。

 もう一人の人物はその攻撃を軽やかな動きでかわしていき……牛巨人ミノタウロスが地面を叩き割るような動作の後、ゆっくりと倒れていき、もう一人の人物が画面から走って消えていくところで映像は途切れる。

「これは閃光センコウでトドメをさして……先輩を助けに走ったところで終わってるのね」

 そして今回の動画の最後にはメッセージがついていた。


『Every extension of knowledge arises from making the consious the unconsious.』


 すべての知識の拡大は、無意識を意識化することから生じる……ニーチェの言葉だったか。深読みになってしまうが、私はこの動画主の意図を考えている。

 無意識……つまり今まで世の中に出ていない無意識である降魔被害デーモンインシデントを意識させる、という揶揄だろうか。これは明らかに……KoRJ、そして私を意識したメッセージなのではないか? と思う。

 これからも活動を続けていくことで、今まで隠されていた真実……降魔デーモンの事実を公開していく、というメッセージなのだろう。


 グループメッセージで同級生がいろいろなことを喋っている……どんどん既読がついてしまっているが、まあ発言をする気はないので……そのまま流しっぱなしだ。

 色々話しているな……作り物じゃないか? という子もいれば、映像がリアルすぎるから作り物に見えないという子もいる……ある意味とても活発な議論になっていて、各種SNSでも話題になっているそうだ。


 スマホでSNSアプリを開いてみると、やはりこの動画のことが話題になっていた。すでに動画の再生数は一〇万再生を超えており、この動画主であるforsetiという人物が何者なのか、という話題も人気が出ていた。

 真実を伝える神の名前ということもあって、オカルト好きの間ではこの世界の謎を解き明かそうとしている闇の組織なのではないか、という噂も流れていた。

 私はSNSを眺めながら……これから先のことを考えて長いため息をついた。


「それで解き明かされるのは私や先輩なのよね……他人事だと思って好き放題書いてくれるわ……」

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