第四二話 勘違い(ミスアンダスタンド)

「私……どうしたらいいいんだろう……ねえ、ノエル」


 私はベッドに倒れ込んで、ビーグル犬のノエルが私を見て尻尾を振っているのをぼんやり眺めながら、今日の出来事について考えている。インカムで先輩が……大声で、私を好きだと叫んだ事件。

 まさか……いや、わかってはいたがあんなにはっきりと先輩から言われると思ってなかった……あの叫びを聞いて心が大きく動揺してしまった。思い出すだけで、頬が熱くなる。


『僕は……新居さんが好きだ! だから死なない!』


 恐ろしく強く心に残る先輩の声……まさかあんな場所で叫ぶとは思っていなかった。あのセリフを聞いて心臓が早鐘のように鳴って……私はそれまで感じたことのない強い衝撃を感じた。

 インカムの会話はKoRJの記録にも残ってしまうので、あのセリフ……記録されるんだよな……そう考えると恥ずかしさで死にたくなるが、それ以上にあまりに真摯な叫びに私自身が揺れ動いてしまった。


 男性にそう言われて心が動いた経験は実はない……本気なんだな、と感じたことで私自身が動揺したというか、まあそんな状態なのだ。

 先輩はあの後……真っ赤な顔で色々言い訳していたが、私はもうそんな言葉は耳に入らず……処理班の人が来るまで、下を向いて黙っていた。先輩の顔がもう見れなかった。

 恥ずかしいとかではなく、口を開いたらもう戻れなくなるかもと思ったからだ。


『青梅くんに告白されたんだって?! もう付き合っちゃいなよ! 絶対お似合いのカップルになるよ!』

『私も青梅くんに告白されたら、絶対断らないよー! 良いわねー!』


 KoRJの受付嬢……桐沢さんと益山さんが完全に思考停止して置物のような状態の私に笑顔で捲し立てていた記憶が蘇る。なんでそんな笑顔なんですか、皆さん……。

 八王子さんも難しそうな顔でいろいろ話していたが、もう何喋ってたか思い出せない、どうせどうでもいいことしゃべってんだろ、あの人……。


「私……志狼さんのことばっかり見てたのに……先輩に言われて心が動いちゃった……どうしたらいいんだろ……」


 ノエルの頭を軽く撫でると、嬉しそうな顔でノエルが尻尾を大きく振って、次はお腹を撫でてほしいとひっくり返る。求められるまま、ノエルのお腹を撫でる……。

 スマホを取り出して……メッセンジャーアプリを立ち上げる。志狼さんのメッセージは数日前と変わらない。既読はついているが、返信はない。そういう人だから……仕方ないって思ってたんだけどなあ。

 しかし……この状況どうしたらいいのだろうか? ノエルの記憶が恐ろしく邪魔に感じる……やはりノエルとの邂逅で私とノエルが別の人格であることを殊更意識してから、私は何か変な状態になっている気がする。

 その時、新規メッセージが通知される……先輩だ。


『今日は一方的にごめんなさい、君にちゃんと伝えないといけないってわかってるのに。一度きちんと話したいです。時間をもらえませんか?』


 通知を見て……既読をつける気になれず、私はそのままアプリを閉じる。これなら既読がつかないだろう……正直言えば怖い、と思った。自分がどういう返事をしてしまうかわからなかったから。今私は冷静じゃない、冷静になれない。

「ノエル……教えて、こういうのあなたの方が得意でしょ……私わからないよ……」

 思わず前世の自分へ語りかけるも……犬のノエルが自分が呼ばれたと勘違いして、大喜びで尻尾を振っている。違うの、貴方じゃないの……ごめんね、と軽く撫でてあげる。

 ノエルの答えはない、あれだけ猛々しく心の中にいた、あの剣聖ソードマスターの魂は今何も答えない。


「ほうほう……好きな人がいるのに年上のイケメンに告白されてどうしたらいいかわからない、とな」

 翌日ほとんど眠れずに学校へ登校した私は、昼休みに時間をもらってミカちゃんに相談することにした。

 私は正直言えば、女子力という意味ではミカちゃんの足元にも及ばない。彼女の言葉が……問題の解決になるのではないか? と思えたからだ。

「う、うん……バイト先の人なんだけど……ちょっとどうしたらいいのか……」


 私の相談を聞きつつ、ミカちゃんは何やらぶつぶつ呟いていたものの……私に向き直ると……笑顔ではっきりといった。

「いいじゃん、そのイケメンと付き合っちゃいなよ、押しても響かない人を追っても仕方ないし」

「はぁ? ミカちゃん何いってるの……」

 私は理解できない、という顔でミカちゃんを見る。先日は志狼さんにアタックしろと言い続けて……今度は先輩と付き合えって……。ミカちゃんはチッチッと指を動かして、私に指を突きつける。


「あかりんはね、まずは彼氏を作るってのが大事だと思うの。いっつもどうしようかって……私に相談したって問題は解決しないんだよ? わかってる?」

 う……確かに志狼さんは私が追いかけても、響かないのではないか? と最近思っているのは確かだ。それをミカちゃんに愚痴のような形で話してしまったこともある。

「そ、それは……そうだけど……ミカちゃんだって彼氏いないじゃん……」

 なんか納得いかん……だってミカちゃん彼氏いないじゃないか……、いやミカちゃんに彼氏ができるのであれば、それはそれで応援したい自分がいるのだけど、その時は私がその彼氏を吟味して、彼女が傷つかないように選別するつもりだったのだ。


「……そうだね、私だってイケメンに告白されたいよ……今私はあかりんに嫉妬しているのだぞ」

 ミカちゃんが傷を抉られた、と言わんばかりの表情で下を向く……私から見てもミカちゃんは可愛いのに、この学校の男子は何をしているのか、本当に理解できない。

 お互い、なんとなく気まずくなって……黙ってしまった私とミカちゃん。周りの生徒はどうしたのだろう、と訝しげな表情でこちらを見ている。

「とりあえず、その先輩とちゃんと話すんだね……会話がないと向こうも不安じゃないかな?」




『先輩と直接お話したいです、電話できますか?』

 夜、ようやく既読がついた直後に新居 灯から届いた短いメッセージを見て、青梅 涼生は心が躍るような気持ちになった。高嶺の花とも言える新居 灯から話をしたいと返事が来たのだ。

 ずっと初めて見た時から、彼は新居 灯に惹かれてきた。これほどまでに美しい女性をそれまで見たことがなかった。それだけじゃなくて、とても強く、少し影のある彼女を支えたいとも思っていた。

「まずは……一歩前進かな……」


 KoRJでは新居 灯がKoRGBから来た狼獣人ワーウルフの狛江・アーネスト・志狼に気がある、と言われ続けていた。任務の後で新居が恥ずかしそうに頬を染めながら、狛江に話しかけているのを見た職員が何人もいた。狛江が関西出張する際に、一番困った顔をしていたのは彼女だった。青梅は狛江と任務でたまたま一緒になることがあって、彼に新居 灯のことをどう思っているのか、尋ねたことがあった。ああ、と彼は青梅の真剣な目を見て……少し困ったような顔で口を開いた。


『綺麗な娘だけど、僕は彼女と付き合う気はないよ。倒さなきゃいけない女性ひとがいる』


 狛江はとてもそっけなく、だけどはっきり拒絶していた。ならちゃんと伝えた方がいいのではないか? とは思うが相手を傷つけたくない、ということでわざとそっけなく、諦めてもらおうと思ってるのだと話していた。

 とりあえず電話をしよう……スマホを操作して、彼女へ電話をかける……数回のコールの後に、彼女が電話に出た。


「……先輩、こんばんわ」

「あ、新居さん、ごめんね急に電話して……でもちゃんと話をしないとって思って……」

「……はい……私も先輩とちゃんとお話をしないといけないと思いました」

 新居の声は少し暗いように聞こえる。青梅は心配な気分になるが……思い切って口を開く。

「あ、あの……新居さん。この間のことなんだけど……」

「はい……先輩が、その……そう思っていただいてるのは本当にありがたいのですが……」


 これは拒絶だろうか。青梅は少し心臓がどきり、と動く。実は王子プリンスだのイケメンだの言われてきているが、青梅は女性と付き合ったことがない。そんな時間がない……と今まで言い続けて女性を避けてきた。

 青梅の家庭は彼の上に二人の姉がいる、青梅は長男だが子供の頃から年上の姉から散々にいじられ続けてきていた。それで多少だが女性が苦手になっている。


「新居さん……僕が君のことを好きだって思ってるのは本当なんだけど、それはその……憧れというか、その……」

 我ながら何をしゃべってるのだろう、と焦りに焦って自分が何を口に出しているのか、もはやわからない状態で青梅は必死に言葉を絞り出す。

「だから、その君が僕のことどうとも思っていなくてもだね……その僕は気にしないというか、なんというか」


 黙ってその後も青梅のどうでもいい言い訳話を聞いていた新居が突然、笑い出した。

「ふふ……私先輩のことちょっと誤解してました」

「え? 誤解って?」

 急にまた不安になって青梅はちょっと上擦った声で新居に尋ねる。新居は電話口でくすくす笑う。

「私、先輩は女性の扱いもとても上手いんじゃないかって……でも、ちょっとだけ安心しました。私と一緒ですね」

 青梅はなんだろう、これは面白いと思われてるのか、それとも馬鹿にされているのかわからないな、と思いつつ……彼女の言葉を息を呑んで待つ。その次に新居が発した言葉で青梅はもう死んでもいいかも、と思った。

「私、青梅先輩のことよく知らないので、まずはお友達……からでいいですか?」




「……これでよかったのだろうか? 友達なら、波風立たないよな……」

 私は先輩との電話を終えて、ベッドに倒れ込んだ。ノエルが尻尾を振って私に頭をぐいぐいと擦り付けている。ミカちゃんからみたら私のこの選択はどう思われるんだろう。

 実に……実に安直な考えだったのかもしれないが……先輩の気持ちを無下にできなかったことと、思っていたよりも先輩はとても……純粋というか、女性慣れしていない感じが強く、信頼できそうな気がしたからだ。


「友達からって、別に私たち付き合ってるわけじゃないよね?」

 ノエルに語りかけるも、そりゃ犬なので言葉は分かってないかのように、尻尾を振ってさらにぐいぐいと頭を擦り付けて、唸っている。とりあえず一仕事終えた気分になって、少しずつ睡魔が襲ってくる……少しずつ暗闇に落ちてく意識。


「まあ……明日ミカちゃんに聞くか……眠い……今日は疲れた……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る