第四一話 小鬼族の王(ゴブリンキング)

「さあ、自分の世界に戻りなさい……ここはあなたたちの世界ではないの」


 私は日本刀を振るって……目の前の小鬼族ゴブリンへと躍りかかる。

 四級降魔デーモン小鬼族ゴブリン……ファンタジーRPGではお馴染みの種族だが、とにかく数が多く、繁殖力が高いため厄介な敵だ。とはいえ、小鬼族ゴブリン単体の戦闘力は低い……それ故に舐めてかかるケースが多いが、小鬼族ゴブリンの本当の恐ろしさは圧倒的な数と決して低いわけではない知能だ。


 例えば小鬼族ゴブリンは武器に毒を塗ることで戦闘を有利にすることを知っている。

 毒はさまざまなものを使用するが、大体が麻痺毒を塗っているケースが多い。これは麻痺した相手を甚振るために塗っているケースが多い。

 苦戦しそうな相手がいると分かっていれば致死毒を塗るし、弓を使うこともできる……さらに個体によっては魔法を使役する者もいるが、これは今回いなさそうだ。


 一番厄介なのは小鬼族ゴブリンの王キングと呼ばれる強力な個体だ……KoRJでの等級は二級扱い。

 このキング小鬼族ゴブリンを統率し一つの群として使役する能力『支配ドミネート』を使う。この能力の影響下にある小鬼族ゴブリンは死を恐れずに戦い、一つの軍集団として機能するため前世なら村、砦……現世なら一つの都市くらいなら簡単に蹂躙できる戦闘能力を持つようになる。

 この状態での小鬼族ゴブリンは四級相当の戦闘力ではなくなり、かなり厄介な敵へと変貌する。



 私は彼らが矢を飛ばしてくるのを回避しながら小鬼族ゴブリンの群れへと突入し、日本刀を振るって次々と切り捨てていく。彼らの攻撃は非常に単調で剣や槍を突く、振る、薙ぎ払うというものが多い。軌道さえちゃんと見ていればそうそう当たるものではない。

 ノエルの記憶からも、小鬼族ゴブリンの攻撃や剣筋などがはっきりと予測できる……私は小鬼族ゴブリンたちの間を縫うように、そして竜巻のように日本刀を振るって、血飛沫の中を突き進んでいく。


 私の目的は小鬼族ゴブリンを指揮するキングだ。

 今回東京都ではなく隣の県にある大規模公園に発生した小鬼族ゴブリンの集団を殲滅することが目的だったが、現地に到着して小鬼族ゴブリンの動きがあまりに統率が取れすぎていることに違和感を感じ……先輩に他の小鬼族ゴブリンの対処を任せて、私はおそらく中心部で指揮を取っているであろうキングを探して走っている。


 すでに一〇〇体近い小鬼族ゴブリンを切り捨てているが……一向にキングの姿が見つからない。少し息が上がってきたため、立ち止まって息を整える。

「先輩、そちらは大丈夫ですか?」

 立ち止まった私へ、毒で不気味に光る槍を構え迫ってくる小鬼族ゴブリンを一刀で切り捨てインカムで声を掛けると……先輩の慌てたような声が聞こえてくる。

「こ、これは……厄介だよ! 新居さん。彼らは死ぬことを恐れていない……うわぁっ!」

 どうやら苦戦しているらしい……コードネーム忘れてるし。どうしよう……キングを倒せば支配ドミネートの効果がなくなり、小鬼族ゴブリンの戦闘力は大幅に下がるはずだ。

 叫び声と共に飛びかかってきた小鬼族ゴブリンを再び切り捨て……私は少し悩む。

「先輩、相手の武器には毒が塗られています。当たるとおそらく……そちらに戻り……」


 凄まじい斬撃と殺気を感じて私がその場から飛び退くと、それまで私がいた地面に巨大な大剣グレートソードが突き刺さる。その大剣グレートソードの持ち主は……。

小鬼族ゴブリンの王キング……すいません、先輩。少しの間だけ死なないでください」

「え、ちょ……」

 私はインカムを切ると唸り声をあげて大剣グレートソードを構えるキングへと退治する。個体としてはかなり巨大だ……小鬼族ゴブリンは人間の子供くらいのサイズがあるが、キングは私よりも大きい。もはや別の種族のようにすら見えるが……これでも同じ種族だ。


 咆哮と共に大剣グレートソードを……作りはかなり荒く、鉄塊のようにすら見えるその武器を振るって私に襲いかかるキング

 私にその一撃が激突する寸前、日本刀で滑らせて受け流す。剣の悪魔ソードデーモンとの戦いでも見せた受け流しの技法……はっきりいえば、剣の悪魔ソードデーモンよりも剣の速度が遅く威力も低い。

「残念、これでは私は殺せないですね」


 受け流しで体制が崩れたキングを横凪の一撃で胴体を両断する……肉に日本刀が食い込む感触と、断ち切っていく感触が手に伝わる。

 派手な血飛沫と轟音を立てて、キングが地面へと倒れる。顔にはニヤリと笑う笑顔が張り付いており……最後にぽつり、と彼が呟いたのを私は聞き逃さなかった。

「シュトウゥレル……ミカガミ……デュァズ」

 ハッとして私はキングを見るが、すでに血の海に沈んでいるキングは絶命している。なぜ笑った? なぜミカガミの名前を……?

 周りにいた小鬼族ゴブリンたちは一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐに私へと襲いかかってくる。先程までと同じく命を捨てるかのような攻撃……凄まじい違和感が私を包む。


支配ドミネートが切れていない? しまった! 先輩!」

 私は慌てて小鬼族ゴブリンを斬り伏せながらその場から走り出す。私にぶつけてきたキングとは別に……もう一体本命のキングがいる。焦りながらも全速力で私は駆け抜ける……先輩と合流するべきだった。

「お願い……先輩。持ち堪えて……」




 青梅 涼生はピンチに陥っていた。

 インカムで新居 灯の方面にもキングが発生したことが分かったが、今目の前に十数体の小鬼族ゴブリンを従えた、巨大な小鬼族ゴブリンの王キング戦斧バトルアックスを手に立ちはだかっているからだ。

キングが二体いるってのは聞いていなかったね……まずいな」

 念動力サイコキネシスを使って近くにあった木を地面から引き抜き……空中に持ち上げる。地面は……遊歩道のようになっていて、石畳のような状態になっている。これも武器として使えるだろうか。


「バランデュゥグ、フェルメ、カスティーグ!」

 キングの号令とともに、小鬼族ゴブリンが一斉に飛びかかってくる。青梅は浮かせた木を空中で振り回し、数体の小鬼族ゴブリンを薙ぎ払う。しかし数が多すぎる……不利と悟った彼は小鬼族ゴブリンが彼の元に到達する前に、ふわりと近くの木の枝へと飛び移り距離をとる。


 念動力サイコキネシスを応用した空中浮遊レビテーションだ。自らの体を浮かせて、高い位置や逆に落下速度を減少させることができる。

 ちょっと前まではこういった動きができなかった……虎獣人ワータイガーに敗北した悔しさから、彼はKoRJの協力を仰ぎ、能力を生かした特訓を重ねていた。その結果、今までは物を動かす念動力サイコキネシスだけで戦っていたが、複数の能力を見つけ出すことに成功している。空中浮遊レビテーションはそのうちの一つだ。


 空中浮遊レビテーションを上手く使って、木から木へと飛び移っていく。まるで妖精ピクシーがいたずらのために犠牲者の周りを飛び回るように、軽やかな動きで頭上を移動しながら、念動力サイコキネシスで動かしている木を小鬼族ゴブリンへとぶつけて弾き飛ばしていく。

 木が衝突するたびに小鬼族ゴブリンは吹き飛ばされ、全身を強く打って悶え苦しんでいる。小型の軽トラックが衝突しているようなものなのだから、普通の人間では当り所が悪ければ即死してしまうであろう威力だ。


「ちょっと前まではコードネームが好きじゃなかったんだけどね……僕も成長しないと、新居さんに笑われちゃうからな」

 ある程度の数を蹴散らすと、地面へと降り立つ。キングは護衛としていた小鬼族ゴブリンを下げさせると、戦斧バトルアックスを両手で持ち前へと歩み出る。

 咆哮と共に、キング戦斧バトルアックスを上段に構えて、青梅へと飛びかかる。避ける? それとも何かで受ける? 青梅はまずは木を回転させながら……戦斧バトルアックスを受けようと試みるが、キングの攻撃は速度のついた木を最も簡単に両断し、青梅へと迫る。

「すごい威力だ……」


 後方にステップするのと同時に空中浮遊レビテーションで一気に攻撃の有効範囲から離脱する。一瞬で短距離を滑るように移動する青梅を見ると、瞬間移動のようにも見えるかもしれない。

 グルル、と唸り声をあげて必殺の一撃を躱されたキングが武器を構え直す。武器となる木を引き抜く前にカタをつけようという表情だ。

「そうだろうね、僕もそうするだろうよ……」

 青梅はこめかみに冷たい汗が流れるのを感じる。虎獣人ワータイガーとの戦いの記憶がフラッシュバックして足が恐怖で震える……。あの時はここから前に出て……力負けした。

「いくぞ!」


 青梅は震える足を軽く叩くと、前へ出た。思わぬ相手の行動にキングは驚くが……口元を歪めて武器を振りかざして突進する。そう、彼の相手は、武器となる建造物や木を抜かせる前に殺す、キングの目がギラリと光る。


 戦斧バトルアックスを振り下ろす……確実に倒した、とキングが確信したその瞬間、青梅の脳裏に彼が惹かれてやまない女性の笑顔が浮かぶ。そうだ、僕は……彼女と並び立つ男になりたい。新居 灯という可憐な女性の隣にいて恥ずかしくない自分でいたい、だからここで死ねない! 強い気持ちが口を開かせる。

「僕は……新居さんが好きだ! だから死なない!」

 青梅が左手をかざし金属が硬い何かに衝突したかのような甲高い音を立てて戦斧バトルアックスを受け止める……正確には青海の手から数センチメートルのところで刃先は止まっている。念動力サイコキネシスを応用した……念動盾サイコシールドだ。


 青梅は空いた右手をキングの脇腹へ添える。一瞬のタイムラグとともに……まるで巨大なハンマーで殴られたような衝撃で巨体が吹き飛ばされる……木に叩きつけられたキングは口から血を噴き出して地面へと倒れる。

 青梅の衝撃波マインドブラストの衝撃は肉体を貫通し、内臓を完全に破壊しつくし……何度かの痙攣の後に、キングは命の火を消した。


「案外……上手くいくもんだね……」

 青梅は強い疲労を感じて……その場にしゃがみ込む。そういえば、他の小鬼族ゴブリンがまだいる、と顔をあげる。逃げたのだろうか、先ほどまでの強い殺気は感じられない。よかった、なんとかなったな……と思った瞬間、人の気配を感じて青梅は顔を上げる。

「せ、先輩……インカムが……インカムが入ったままです……」


 そこには……顔を真っ赤にしてどうしたらいいかわからないという表情で、青梅を見て立ちすくむ新居 灯の姿があった。

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