第一八話 呪屍人(マミー)

 国立博物館の敷地に、黒いリムジンが到着したのを見て警護に当たっている警察官が緊張する。


 高級そうなリムジンのドアが開くと、そこから一組の男女が降り立つ。警備を担当している警察官はその二人をみて少し驚いた。

 1人は銀髪、榛色の眼を持った色白で細身の男性だ。服装はラフで、トレーナーにジーンズ……そしてスニーカーを履いている。顔立ちは良いが、身長は一七〇センチメートル程度で日本人男性としてはそれなりの背格好だ。しかしどうやってあの髪色にしているのだろうか? あまりに鮮やかな銀髪に違和感を感じる。


 そしてもう一人の女性を見たときに、警察官達はその美しさに息を呑む。

 夜風に吹かれてさらさらと流れる長い黒髪は夜の闇を凝縮したような輝きを、この世界に神がいるのであれば嫉妬するであろう美しい整った風貌、大き目の胸、滑らかな首筋、膝より少し短いスカートから覗く白い素足、雰囲気にそぐわないゴツいブーツ。

 そして鞘に収められた長めの刀を腰に刺した、制服姿の女子高生が博物館の入り口へと歩いてくるのを見て、どうしてこんな場所に女子高生が来ているんだ?! と驚きを隠せない。


「あっ……あなた方は? ここは封鎖命令が出ています、危険ですよ!」

 現場を指揮する体格の良い警察官が二人へと近づく。男性の外見も美しいが、女子高生が特に美しすぎる……警察官は少し気後れをしながら二人を観察するように見る。いざとなったら力づくでもこの二人を排除しなければいけない。

「KoRJの者です。お話は既に聞かれていますでしょうか?」


「ああ、こちらに来ると……ヒッ」

 女子高生が警察官の問いへと返答する。意思の強そうな眼が警察官を貫くように見据える。その時警察官は思った、生物として……この可憐な女子高生にすら自分は勝てない、と。警察官は腕にはそれなりに自信があった、警察剣道でも格闘技でもかなりの腕前だと自負していた。しかし……目の前の女子高生、そして銀髪の男性は何か違う。

 体が軽く震え……思わず敬礼をして、二人を通してしまう。早く……早く行ってくれ……。


 女子高生がお礼の代わりに軽く頭を下げて、髪を靡かせて博物館へと向かう。黙ってその後ろをついていく銀髪の若者。

 彼らが横を通ると緊張と恐怖が警察官を包み込む……生物としての格が違う。

 心臓が恐ろしい勢いで鳴っている……本能的な恐怖で身がすくむ、と言うのはこう言うことだろうか。その様子を見ていた若い警察官が慌てて走ってくる。

「ど、どうしたんですか?先輩……」

 体格の良い警察官はどっと吹き出す汗を隠さずに、腰砕けになりながら後輩の警察官へと答える。

「あれは……ヤバすぎる……俺、まだ生きてるよな?」

 震える先輩を見て、後輩の警察官は訳がわからずに肩をすくめるのだった。




「さて……日本での初仕事は楽しみだなあ」

 博物館の中へと入ると、狛江さんが少し体を伸ばしながら独り言を呟く……さっき車の中でも結構一人で喋ってて案外おしゃべりな人なんだな、と少しだけ感心する。

 この博物館は二階建ての作りになっており、効率よく仕事を進めるには分かれて行動した方が良さそうだ。

 そして……私はこの狛江さんという人物が非常に面白い能力の持ち主だと感じている……はっきり言えば人間だけど人間じゃない。

 何を言っているかわからないと思うが、説明が必要な能力なので一旦はその部分は置いておくことにする。

「狛江さん、分かれて行動しませんか? お互い危険な状況になったらヘルプを出すと言う形で」


「いいですよ、僕の能力は個人戦闘向きなので新居さんを巻き込んでしまうかもしれませんでしたから、そのほうが好都合です」

 私は頷くとにっこり笑って狛江さんに親指を立てる……そんな私の気持ちを理解したのか彼も笑って親指を立てると、お互い分かれて歩き出す。


 私は博物館の階段を上がり、二階の展示室へと侵入する。入り口の横に、警備員の頭を潰された死体が転がっている。死後少し時間が経過しているか……あたりに飛び散った血は乾き始めている。顔も知らない警備員だが、この人にも生活や人生があったろう。降魔被害デーモンインシデントは一般的には表沙汰になっていない、この人の死は……事故として処理されるだろう。

 ご冥福を……私は軽く警備員の死体へと頭を下げると、そのまま奥へと歩いていく。


「見ぃ〜つけた……」

 私の視線の先には全身に包帯を巻いた巨体が立っている……まあ予想通りの呪屍人マミーだ。

 顔に巻かれていた包帯は既に破られ、乾燥しきった屍人の顔が、眼球すらない眼窩の窪みが覗く……その奥に、赤い光が宿っている。その右手が赤く染まっている、おそらく警備員を殺した時の血痕がそのまま付いているのだろう。

 私はゆっくりと距離を測りながら呪屍人マミーへと近づいていく。近づいてくる私に気がついた呪屍人マミーは、その乾燥しきってボロボロの顔を歪めて、この世のものとは思えない不気味な声で話し始める。

「エクレヴィタヴォ……デュラデュイプ……イェクェスピシブ」


「あなたが何言ってるのかわからない、日本語で喋りなさい」

 発音もこの世界の言葉ではないな……かといって前世の言葉だったかな? まあ、今の私が前世の言葉を聞いても理解できないだろうな。転生前の言葉は私の中で日本語に完全に変換されてしまっていて、昔の知り合いの記憶が全て日本語で喋っている状態なのだ。

 記憶の中の言葉って結構都合が良くできているんだよね。

「ドゥピリス……ムスタス……ドミヒュプ」


「だから……話している意味が分からないわッ!」

 私は一気に距離を詰めるように突進すると、居合イアイ……ミカガミ流、閃光センコウ呪屍人マミーに攻撃を仕掛ける。

 が、とても死体とは思えない速度で、呪屍人マミーは斬撃を回避する。呪屍人マミーはゆらり、と腕を振りかぶると、凄まじい速度で振り下ろしてきた。この攻撃にモロに当たったら死ぬなあ……と考えながら私は剛腕を飛んで躱し、距離を取る。呪屍人マミーの攻撃は近くにあった美術品を粉微塵に破壊する。


 あーあ、一応二階にあった美術品はそれなりに価値のあったものなんだけど……これ後で八王子さんに怒られるパターンだろうか。

 私は日本刀を片手で構え腰を軽く落とすと、いつでも飛び出せるような体勢をとる。

「ピズドトゥポェメウズロティムス……デュプティプ……イリドゥォ……オゥルモーフィジプドゥシーレス」


 歯が剥き出しになった口元を歪め、腕を振り上げて呪屍人マミーが再び前進する。よく喋る死体だ……軽い違和感……呪屍人マミーの攻撃が単調な気がする。が、考える余裕はなさそうだ。

 迫る腕を体を回転させて避け、横凪に日本刀を振るう……鷲獅子グリフォンの時に使ったミカガミ流の幻影ゲンエイだ。

 タイミングはバッチリ、確実にこのまま相手の体を両断してやる。


 日本刀が呪屍人マミーの胴体に食い込む……寸前で金属音を立てて表面を滑っていく。腕に凄まじい抵抗感を感じ、慌てて握る力を緩めて流すように滑らせる。

 ステップで距離を取り、日本刀を左手に持ち替えて痺れる右手のグローブを軽く外してみる……手のひらが赤く、軽く腫れているのが見える。


 間違いない、呪屍人マミーの表面に何らかの形で防御結界が展開されていて、手に感じた抵抗感はそれに日本刀がぶつかった感触だった。

 私の持つ日本刀を確認するが、刃こぼれを起こしていないことに少しだけ安堵する。

 違和感に気がついてすぐに力を抜いたのがよかったな、あのまま振り切ったら折れていた可能性すらあるだろう。

 この世界におけるイレギュラー魔法か……私は黙ってグローブを元に戻すと再び日本刀を構える。


 敵は防御結界を体表に展開して物理攻撃を防御している。どの程度強固なのか、は分からないので対処方法は限られてくる。前世の知識で考えると、防御結界を打ち破る方法は三つある。


 一つ目……結界の耐えられる衝撃以上の攻撃で無理矢理破壊する、いわゆるレベルを上げて物理で殴るってやつ。

 二つ目……魔法を消滅させるために解除系の魔法を結界にぶつけて対消滅アナイアレイションさせる。

 三つ目……使い手本人を脅したり、納得させて解除させる。


 三番目は無理だな、二番目については解除系の魔法なんて私は使えない、魔法の知識なんてものは剣の修行の邪魔だったからな……簡単なものすら使ったことがない。

 そしてこの世界で魔法が使えるなんて想像すらしていなかった。


「フィデュドイィス……レプトゥレフィズゥ」

 呪屍人マミーが不思議な言葉を唱えると、私の周囲に殺気が漲る……あ、これはまずい……。

 私は咄嗟に腕を前に交差して防御体制を取ると魔素が弾けるように爆散し、目に見えない力が頬、腕、足を切り裂いて私の皮膚に傷を作っていく。


「あぐ……ッ!」

 私は体を包む鋭い痛みに耐えかねて蹈鞴を踏んで後退する……戦闘服が切り裂かれ、傷から軽く血が流れ出す。

 これは……闇司祭ダークプリースト達が相手を拷問したり、傷つけて戦意を奪うときに使う魔法切断ウーンズに非常に似ている。

 鎧や服も簡単に切り裂いて肉体に直接切り傷を作っていくので、前世でもかなり厄介な攻撃方法だった……ちなみに前世では悪の組織に捕らえられた美姫を拷問しているやつとかがこの魔法に精通していて、いわゆる女性を剥くのによく使われていた記憶がある。

 まあ……趣味の悪い魔法だよ、ほんと。


「オゥルゥフェス……デュプメプェセペプ……リィヒィドイソイィ……」

 そして予想通りに、この呪屍人マミー闇司祭ダークプリーストをベースに作られている。奴は顎に手を当てて、楽しそうな表情を浮かべている。死体の顔だが、口元が大きく歪んで笑みを作っていて乾燥した皮膚がパリパリと剥がれ落ちていくのが見える……私のことを完全に舐めているな、こいつは。

 生前は相当にサディスティックな性格だったのだろう、そんな性格の悪さが滲み出ている表情を浮かべているのだ。

「もう死んでるくせに……よく喋る死体だわ」


 私は頬の血を軽く拭うと、日本刀を構え……呪屍人マミーへと対峙する。

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