第一七話 銀色の帰国子女(リターナー)

「私……おうち帰ってケーキ食べたかったんですけど……」


 今私はKoRJの司令室のソファーに座っている……いや正確に言うのであれば、放課後にいきなり青山さんに捕まってリムジンに押し込められ、簡単な説明一つでここまで連れてこられたのである。青山さんの説明が無かったら、拉致にしか見えないそんな状況下だ。

 不満そうにソファーへと座る私を見て、八王子さんが少し困った顔で語りかける。

「灯くん、一応正式な仕事だからね? ケーキと引き換えにするような物じゃないからね?」


「わかってます、仕事はサボりませんけど……私ケーキ食べたかったんです」

 少し頬を膨らませ、そっぽを向いて精一杯の抗議をしてみる私。

 今日私は、ターくんにメッセージアプリでお願いして買っておいてもらったコッシー・カブラヅカの特製ケーキが食べたかったのだ。放っておいたらお父様が勝手に食べてしまうであろう、そんな予想ができる。

 昔お父様に買い置きのケーキを食べられて以来、私はお父様がいつ私のケーキを食べてしまうのか、不安で仕方がない……女子高生の家庭事情は、いつだってとても複雑なのだ。


「全く……うちの娘と同じだな」

 八王子さんが聞こえないようにボソッと呟くが、私の聴覚は鋭いので普通に聞こえてしまう……八王子さんって娘さんがいるのか。

 そういえば私はKoRJの職員とか八王子さんの家庭環境などは全く知らないし、聞いたことがないから家族構成とかわからないんだよな。

 ふと、八王子さんが同じだと宣うその娘さんってどんな感じなんだろう? と思って聞いてみることにした。

「八王子さん、娘さんいらっしゃるんですか?」


「……聞こえたのか……今年で一五歳になる」

 ほー、ほー、私と二歳違いの娘さんがいる家庭なのね……それは確かに面倒なのかもしれない。私はこんな特殊な女子高生なので、普通のご家庭の少女がどんな状況なのかというのはよくわかっていないのだけど、ミカちゃんから伝え聞くところによるとなかなかお父さんとの関係値は難しいものらしい。

『パパと同じ洗濯物が入ったまま下着を洗われたのよ! もう最低ッ!』

 当時のミカちゃんですらそんな感じだったので、八王子さんの娘さんも色々と難しい年頃なんだろうなあ、と男性目線で私は考えてしまう。


 ぶっちゃけ八王子さんは前世が男性だった私から見ても、さらには現世の女性の目から見てもダンディで相当に良い男なので、その娘さんなら相当可愛いのだろうと予想できる。

 ってことはいつもクールに振る舞っている八王子さんでも、娘さんには手をこまねいているって可能性もあるわけだ。

『お父さん! 私の洗濯物と一緒にお父さんのパンツ洗わないでって言ったでしょ?!』

『そんなこと言われても……お母さんにいってくれ……』

『もう! お父さんってサイテー!』

 そう考えると……なんか可愛いな、この辺りのセリフは完全に私の想像でしかないが、絶対そんな感じだろう。

「八王子さん、ちょっとだけ可愛いですね」


「え? 可愛い? ってまあ……娘は私の目から見ても十分可愛いがね……いいかな?」

 くすくす笑う私を見て八王子さんは少し複雑そうな顔をしていたものの、こちらの機嫌が治ったと判断したのか続けて良いか尋ねてきた。そうだな……私もこれ以上ガタガタいう気はなかったので黙って頷く。

 私の同意八王子さんはモニターに監視カメラの映像だろうか、少しだけ解像度の高くない映像を表示する。

「今回はこれだ。国立博物館で明日まで開催されていた木乃伊ミイラ展の展示物だった木乃伊ミイラが動き出し……警備員を殺害した」


 サブウィンドウが開きモニターで撮影された映像が流れる。

 棺に収められていたはずの巨軀の木乃伊ミイラが動き出し、驚き固まる初老の警備員の頭をこともなげに叩き潰す映像だ。目の前で何度も人の死を見て来た私だが、こういうシーンを改めて見せられると少し嫌な気分になってモニターから目を背ける。

 そして、この木乃伊ミイラ……は八王子さんは気がついていないようだけども、前世でいうところの呪屍人マミーというやつだ。この世界の木乃伊ミイラは転生を信じた王族が自らの死体を人為的加工ないし自然条件によって乾燥させ、長期間原型を留めている状態を指すのだが、前世の呪屍人マミーはそれとは趣が違う。


 不死の王ノーライフキング死を司る邪神デス・ゴッドの眷属として、王の身辺を警護する永遠の護衛エターナルガードとして作られる不死者アンデッドの一つだ。

 正直接近戦の破壊力だけで言えば吸血鬼ヴァンパイアよりも強烈で火に弱いと言う残念な特徴があるものの、その弱点を補うだけの超戦闘能力を獲得している厄介な敵なのだ。

 そして呪屍人マミーの一番面倒な部分、それは呪屍人マミーとなる条件を満たすのは高位の闇司祭ダークプリースト達が多い、という点だ。


 闇司祭ダークプリースト死を司る邪神デス・ゴッドなど邪神を崇める集団に属する司祭プリーストたちで、神から与えられた神力を行使することができる存在だ。

 魔法と神力は魔素の行使をする点は一緒なのだが、発動において経由するものが違うらしく色々差異が生まれるのだ、と前世のパーティメンバーだった『大司祭ハイプリースト』アナ・コレーアから教えてもらった記憶がある。

 正直いえば私から見たらどちらも同じ魔法、だと思っているので魔法として考えるのだが。

 しかも強烈な高位の魔法を扱える物だけが呪屍人マミーの条件を満たすとか何とかそんな話だったな。

 まあこの世界は魔素が少ないので、どこまで効果を発揮するのかは分からないのだが、それでもただの死体ではないのだ。


 そして今回の不確定要素としては、今までこの世界で魔法を使う敵などいなかった、という事実だ。

 敵の魔法がどの程度の威力を発揮するのか、どう言った魔法が使えるのか全く事前に調べられない点……これは非常にまずい。

 前世つまり剣聖ソードマスターノエルの時代、私は敵のことを徹底的に調べ上げてから戦うことを重視していた。魔物であれば生態から癖なども把握し、その情報をもとに戦っていた。

 対人戦もそうだ、相手のことを知り尽くし徹底的に弱みなどを握ってそれを生かして戦い、そして勝利していた。


 セコい? そんなことは無い、情報は全てにおいて勝る価値だ。そして私が現世において今まで戦った降魔デーモンは前世での経験どおりの動きだったので対処が簡単なだけだった。確かに前世の呪屍人マミーの情報はある程度記憶にはあるので対応は可能だと思うが……。

 しかし唯一の例外、魔法。これがどう転ぶか分からない。不安すぎる……特に私は前世でも魔法を使うことはしていなかったので、知識としては知っていても具体的にどういう働きをするのか、どうやって発動しているのか? など魔法使いであれば基礎として理解している知識が不足している。


 前世では勇者パーティに魔法使いとしてエリーゼ・ストローヴという女性が所属しており、ノエルに不足していた魔法の知識をサポートしてくれていた。

 ちなみに彼女は見た目はちんちくりんの少女だが、年齢はそれなりに行っておりノエルは彼女の幼児体型をダシに弄ることが日課で、怒り狂ったエリーゼから散々に攻撃魔法をぶち込まれるという実に最悪な記憶も存在している。


『いつも私をちんちくりんだの、まな板とか馬鹿にしやがって! お仕置きだ!』

『ぎゃああああああああ! 雷撃ライトニングを本気で撃つな! 俺が死ぬぞ!』

『お前みたいなやつは殺した方が世のためだ! マジで死ね!』

『ヘルプ! まじヘルプ! すいません、もうロリまな板とか言いません!』


 あれ? 私の前世結構人間性がひどくない? 黒歴史をほじくり返した私は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「新居くん、どうしたの? 気分でも悪いのか?」

 モニターを見つめなが顰めっ面をしている私を見て、八王子さんは少し不思議そうな顔をしている。あ、そうか。普段の私はこんな顔で依頼の話を聞いたことがない。

「あ、いえ。なんでもありません」


 私は普段のポーカーフェイスに表情を戻す。くっ……情報が欲しい。でもこのまま放置していたら、更なる犠牲が出てしまうだろう。それと呪屍人マミーを持ち込んだ奴が出てくるかもしれない。それもまた今回のイレギュラーだ。

 あー、もう色々考えると糖分が欲しくなる。目の前の机にあったクッキーをボリボリ食べてとりあえず思考を回し、コーヒーを飲み始める私。


「それと、今回もペアで行動してもらう。そろそろくるはずだが」

 その時ドアが開き……一人の男性が入ってきた。不思議な外見だった、銀色の髪、榛色の目。どことなく……中性的なイメージがあるが、日本人の顔立ちなのにこの異様な外見のおかげで全く日本人に見えない。

 年齢は20代そこそこだろうか? 身長は一七〇センチメートル程度、私より低い……というかこの支部の男性はみんな背が高いから、かなり小柄に見えてしまう。服装はシャツにジーンズという比較的ラフな格好だ。


「こんにちは、僕の名前は狛江こまえ・アーネスト・志狼しろうと言います。アーネストはミドルネームなんで、狛江とでも呼んでください」

 銀髪の彼の名前は狛江さんか……私は椅子から立ち上がって、にっこり笑って挨拶をする。

「初めまして狛江さん、私は新居 灯です」


 握手のために手をスッと出すと、狛江さんは驚いたように両手で私の手を握ってぶんぶんと上下に動かす。おいおい、と思ったが現世の私はかなりの美女だからな……緊張しているのかもしれない。そしてなんか年上なのに可愛い感じのする表情というか顔立ちをしている男性だった。

「あ、新居さん、初めまして。お噂はかねがね」

 狛江さんは少し緊張した面持ちだったが、八王子さんの咳払いでバツが悪そうに、しっかりと握っていた私の手を離すとソファーに座った。


「この後新居くんと狛江くんの二名で博物館の木乃伊ミイラに対処してもらう。バックアップに墨田くんを呼んでいるが、合流に時間がかかるそうだ」

 うげっ……あのセクハラ悠人さんが来るのか……。露骨に嫌な顔をした私を見て、八王子さんが苦笑している。悠人さんのセクハラは結構この支部では有名なので、私が困っていることも八王子さんは知っているのだろう。というか知ってるならなんとかしろよと思うのだが。


「狛江くんは、KoRのイギリス支部からの転属で初めての仕事だ、緊張をしているだろうが頑張ってほしい」

 イギリス支部……帰国子女ってやつなのかな? この世界では大きな戦争がかなり昔に行われて……そこから一応世界は平和を享受しているという。

 過去の自分に見せてやりたいくらい、現世は平和で安心して暮らせる世界だ……ミカちゃんもいるしね。


 前世の世界は常に世界崩壊の危機にさらされていた……魔王ハイロードが人を滅ぼそうとしていた危険極まりない異世界。生と死は隣り合わせで命がものすごく安かった。

 でも現世の世界は命の危険も日常では感じない、スイーツも好きなだけ食べられる。

 だからこそこんな平和な世界を脅かす降魔デーモン……これは確実に退治をしていかなければいけないのだ。そして好きなだけスイーツを食べるのだ。


「では悠人さんが来る前に……博物館の降魔デーモンを退治してしまいましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る