第八話 念動力(サイコキネシス)
「パフェ〜♪ パフェ〜♪ 早く〜」
風にたなびく長い黒髪、その輝きは夜の闇を凝縮したような漆黒。一七〇センチメートルを超える日本人女性としては平均を大きく超える身長。そして豊満なバスト、歩くたびに少し揺れている。揺れに合わせて彼女を見つめる男子生徒の顔も上下に動く。スカートから覗く白い素足。機嫌がいいのか、普段の彼女ではなかなか見れない笑顔を浮かべる。そう、新居 灯が下校中の生徒に混じって歩いている……明らかに他の生徒とは距離があるのだが、本人は気がついていない。
私はミカちゃんとパフェを食べにいく約束がある。待ち合わせ場所は校門の前だ。ミカちゃんは掃除があるので、私は校門で先に待つことにしたのだ。楽しみすぎて今日のシロップは何を選ぼうか、などとひたすらにパフェのことだけを考えている。わざわざ私は昼ごはんを少し残したくらいだ。しかし、その希望は脆くも崩れ去ることになる。
「新居さん……すいません。部長が緊急依頼だ、とのことで」
「ふぎゃああっ!」
音もなく近寄ってきた青山さんから話しかけられ、完全に油断しまくっていた私は思わず声をあげてしまう。あ、青山さん……私の感覚に引っかからないなんて……少し驚いた私は青山さんの顔を見つめる。青山さんは相変わらずの疲れた笑顔を浮かべており、私の視線を受けて少し困ったような顔をしている。
「そ、そんなに驚かれなくても……」
「……完全に油断していました、申し訳ありません」
浮かれて周りを気にしていなかった私は、流石に恥ずかしくなって赤面しながら青山さんに頭を下げる。
しかし……油断していたとはいえ、私の感覚はそれなりに感知能力が高い。普通の人間の気配ならいくらさっきのように考え事をしていても察知できるくらいの鋭さはあるのだ。その感覚ですら接近に気がつかなかった……青山さん何者なの……?
下手をすると私は今死んでいる可能性すらある、と思うと流石に背筋が寒くなる。しかし……そんなことを考えているとは思わないであろう青山さんが、車の方向へ誘導する。
「ではこちらへ、リムジンを止めております」
「青山さん待ってください、私今日は友達と約束があって……今連絡入れて予定を空けますね」
思うところはあるものの、今はミカちゃんに謝らなければ。
鞄からミカちゃんと一緒にデコレーションした、キーホルダーだらけのスマホを取り出し、メッセージアプリを立ち上げるとミカちゃんにメッセージを送る。
『ごめん、バイト先から呼び出しくらった、パフェはまた今度』……ミカちゃん仕込みの入力速度でメッセージをタイプし、送信する。最後にお気に入りのキャラスタンプで『ごめんね』を送る。
速攻で既読が付き、すぐに『大丈夫!』のキャラスタンプが受信される。ありがとうミカちゃん、今度お詫びをしないとな。
「お待たせしました、行きましょう」
私は青山さんに用事が終わった旨を伝えると、彼について歩き出した。
私を乗せたKoRJのリムジンは都内の混雑した道路を進んでいく。ふと走る方向を見ていて気がついた。KoRJに向かうコースではなく、別の方向だったため私は気になって質問をしてみた。
「青山さん、今日はどこかに寄るのですか?」
「あ、はい。人を迎えに行ってから支部へ向かいますので」
青山さんは前を向いたまま答える。ルームミラーには青山さんの疲れた笑顔が見えている。人を迎えにいく……ということは今回の仕事もペアになるようだ。
と言うか一人で仕事を遂行することは案外珍しい……ここ最近だと
悠人さんが来たら……とあのセクハラを受け続けるのかと辟易する。せめて他の人であってほしい……そうこうしている間にリムジンがとある高校の前で停車する。
この高校は……。私がその高校の校舎の外見を見てあれ? という顔をしている時に、重めの音を立ててドアが開いて学生服の男性が車内に入ってくる。
「失礼しまー……あ、今回の仕事は新居さんと一緒なのか」
彼の名前は
「先輩、お久しぶりです」
「二週間ぶり? かな。元気だった?」
青梅先輩……私はこの人を先輩と呼んでいる……は人懐っこい笑みを浮かべて話しかけてくる。黒髪、黒い目……は日本人なので仕方ないとして、ナチュラルマッシュに整えた髪型で、ぱっと見はアイドルのような整った顔をしている。
背は私とあまり変わらないくらい……少しだけ高いかな。細身で……学生服がとてもよく似合うスタイルの良い体型をしている。ま、単純にいえば絵に描いたようなイケメン高校生だ。
過去にはメンズ系のファッション誌に読者モデルとして登場したこともあるとかで、彼のことは私の通っている青葉根高等学園の生徒でも知っていた。下手にバイト仲間です、と知られると面倒そうなので基本的には黙っているのだけど。
「はい、元気です。先輩もお元気そうで何よりです」
ニコニコ笑いながら先輩が私と向かい合うように座ると、彼は鞄から小さなダンベルを取り出して指を使って器用にくるくると回す。
その動作だけでも常人のそれではないのだが……次第にダンベルがふわりと浮き上がると、横回転をしていたダンベルが縦回転……そしてまるで生きているかのように静止する。
そう、先輩の能力は『
「先輩、それは能力の練習ですか?」
「うん、細かいコントロールを身につけるためにね。油断するとどこかへ飛んでいっちゃうし……」
先輩の
本人曰く、コントロールがかなり大雑把で投げつけた場所にピンポイントでコントロールするなどの細かい動作が難しいらしい……のだそうだ。
初めて能力を使った時は、投げつけた石が明後日の方向へと飛んでいって、人の家のガラスを割ってしまったのだとか。それから先輩は細かいコントロールを身につけるべく、日々努力をしているのだと。
今ではかなり精密なコントロールが可能になっており、ほぼ狙いを付けた場所に着弾できる、と話していた。
私がこの先輩のことを敬称で呼んで尊敬しているのは、腐らずに努力をし続ける姿を見ているからだ。
派手な能力を行使する能力者は努力をしない傾向も強いのだが、地味ではあるがKoRJの主戦力として活動できるだけの努力を欠かさない、実にアニメの主人公っぽい性格ではないか。
前世で似たような能力を魔法で再現しているケースがあったが、攻撃魔法などの影に隠れていてそれを攻撃に応用する、などという発想をした魔道士はいなかったな……。
「学校で練習したいんだけど、こんなのを見られたら騒がれちゃうからね」
笑顔でダンベルを自由自在に動かす笑顔の先輩を見て、私もなんとなく嬉しくなって釣られて笑顔になる。その笑顔に気がついた先輩は、急に力のコントロールを乱してダンベルを落とし、恥ずかしそうな顔で赤面したまま私から視線を外す。
「ご、ごめん……ちょっと驚いてしまって……」
どうやら照れたらしい……そうだった私の笑顔は男性にとっては、結構破壊力が強いものだった。だめだぞ先輩、私はそういう対象ではないからな。表情を殺してダンベルを拾って……はい、とバツが悪そうに頬を掻いている先輩に手渡す。
その時私のお腹がタイミング悪く『きゅるるるる』と車内に響くくらい……とても大きな音で鳴った。
あ、ミカちゃんと一緒にパフェ食べるつもりでお昼少なくしてたんだっけ。
これは恥ずかしい……今度は私が赤面する番だった。先輩は音を聞いてクスッと笑うと、手元の鞄から封を開けていないブロックタイプの栄養補助食品を取り出し、私に手渡す。
「まだ開けてないやつだから、大丈夫。食べて」
「す、すいません……ありがとう……ございます……」
食品を受け取ってもそもそと食べ始める私。
乙女の腹の音など同年代の男性に聞かせてしまったという失態と、先輩がとても爽やかに笑う様子を見てちょっとだけ恥ずかしさを感じて頬が熱くなる。
くそう、剣聖だった私が何故にこんな恥ずかしい思いをしてしまうのだ。そんな私を笑顔で眺めながら、先輩は再びダンベルをコントロールし始めた。
そんな様子を見て、青山さんが心の中で『青春だなあ……』というとても哀愁のこもった表情をしているのだった。
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