第46話 被虐君②

野球が大好きで、僕はとことんやる側の人間だったので人の何倍も身体を動かした。


左利きだと余程上手くない限りはファーストか外野の何処かを任される。他のポジションは左利きだとどうしてもワンステップ増えてしまうのでボールを投げるのに不利なのだ。


その代わり打者としての左打は有利で輝ける。


打った後にファーストに走るのだが、右打ちよりもスタートが近いからで、僕は自分自身の長所を生かす事を考えた。


守備が普通だった自分はバッティングにとにかく心血を注ぐ事にする。


チームの誰よりも打率が良かった。全試合を通して5割を超えていたし、打撃センスに光るモノがあると監督達が話しているのを聞くと僕は嬉しくて夜遅くまでバットを振り回していた。


更に良い話が来た。左投げのピッチャーが居た方が良いという理由で僕が抜擢される。


勿論エースなんかじゃないが僕は嬉しかった。


投手はハッキリ言って野球の花形だ。両親にも自慢気に話す。


野球の練習はポジション毎に練習する事が多い。僕は今まで投手の同期とは話した事は有るが、先輩とは話した事も無かったので初めて話すことになる。


第一印象としては投手を任されている人種はプライドが異常に高い人達ばかりで、最初から自分が来る事をあまり良くは思われていないようだ。


コーチや監督から教えてあげてくれと言われたから渋々教えてくれているのが丸分かりだが、それでも僕は腐らずに頑張ったし、皆が帰った後でも自分一人で練習して少しでもチームに貢献したかった。



初めて投手としてマウンドに登板した、その結果は・・・


完全試合、誰にもヒットを打たせずに試合を終える事で、僕のデビューは幸先が良く将来を有望される。


その結果が良くなかった。人の活躍を面白く思わない人間は絶対にどの集団の中にもいるのだ。


「これから先、アイツがエースになる事も有るかもな」


そんな風に言う監督の狙いは僕達を競わせようとしたのかもしれない。



階段の昇り降りをして足腰を鍛えている最中に


「おい何やってんだお前。ちゃんとやってねえじゃねえか。やり直せ」


自分だけが先輩に狙われていた。同期も仲が良かったのに先輩に付いている。


「すいません。やり直します」


二人は休みながらにやにやと笑っている。


規定数を達したはずの身体はフラフラしていたがちゃんとやり直す。


階段の踊り場で休んでいる二人の前を通り過ぎようとした時に足を掛けられた僕は真っ逆さまに階段から転げ落ちる。


「おい大丈夫かぁ?足腰がなってないから転げ落ちるんだよ」


「そんなんで良く俺達のポジションを奪おうとしてたな」


「球も遅いし、才能もないだけの運だけの野郎がよ」


二人はゲラゲラ笑いながら違う練習場に行く。


僕は口内を切り血を吐きながら、初めて自分に悪意が向けられた恐怖に泣き出してしまった。


僕はただチームに貢献して勝ちたかっただけなのに。


あの二人にとっては自分が気持ち良くなる為だけの手段に過ぎないのだろう。だとしてもこんな事を躊躇なくやるとは。


漠然と野球が楽しいだけの少年はただただ怖かった。こんな人間も居るのだと初めて理解した。


泣きながら練習場に戻った僕を見て監督は


「駄目だコリャ。根性ないやつだな」


と言って僕を次の練習から外した。


僕が練習がキツくて泣き出したとでも思っているのだろう。


でもあの二人が見ていたし、僕は怖くて泣く事しか出来なかった。

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