第47話 被虐君③
野球は好きだったし、漫画の世界でも頑張り続ければ報われるモノだと教わった事を信じて疑わなかった。
余りにも幼く現実を受け止め切れない人間の特徴として決断と判断が遅い事が挙げられる。
常に考えるべきなのはリスクなのだ。
リターンには目が眩むし、夢は辛い過去を消してくれるかもしれないし、生きる理由にもなる。
だが為し得なかった時に残るものは本当に辛いんだ。いつかは何者にも成れない自分と向き合わないといけないから。
それをどう誤魔化すか、それ次第では人生は楽しく過ごすことが出来る。自分をどう誤魔化すか・・・
僕は相変わらず嫌がらせを受けていたが、最終的に僕が勝てば良いのだと思う事にした。
元々お世辞にも上手くは無かったが、誰よりも野球が好きで仕方が無かったのだろう。努力すれば必ず最後は報われる。
自分が今ここに居るのは努力が足りていないからだ。僕は誰よりも投げ込んだし、誰よりも走り込む。
100球、200球、300球、1球毎にちゃんと溜めを作り時間を掛けて投球練習の壁当てをする。
今の野球を習っている人間なら信じられないだろう。今はピッチャーが一人で全部投げるなんてほとんど無いから。
身体が頑丈なのが取り柄だと思っていた。
ボールを投げる途中で、指からボールがすっぽ抜ける。
「あれ?どうしたんだろう」
ボールが握れなく、肘の内側の軟骨の痺れが取れない。
いつも投げ込むと少しは痺れたり、痛む事は有った。でもそういうもんだと思っていたし、それを乗り越えた先に居るのがプロの人間達だと信じている。
僕はその日は休んだが、その後も毎日練習を続けた。僕はいつか見返してやるんだと盲目的に行進する。
爆弾が地中に埋まっているとは考えもせずに。
いつもの守備練習中にそれは起きた。
ボールを投げた僕は左肘の痛みが投げる度に大きくなり、終いには投げる事も出来なくなっていた。
「どうした○○?」監督がノックの手を止める。
「すいません。肘が痛いです」
「投げられ無さそうなら外れろ。後は一応病院で診てもらえ」
僕はそそくさと練習から外れ、病院へと向かう事にした。
結果は・・・
「肘の内側の軟骨が剥がれています。指の筋肉とこの軟骨は繋がっているので、物を握ったり、腕の筋肉を長い事使う事は避けて下さい」
淡々と告げられた。
「少し休めば、また投げられるようになりますか?」
練習は遅れるが走り込んでスタミナと足腰を強くしよう。
「2度とボールを投げないで下さい。腕を長時間酷使する事も避けて下さい」
「えっ?」
一度の失敗で終わりなのか?このまま日の目も、やり返す事も叶わず、努力も報われず、ただ終わるのか・・・
「”野球肘”と私達は呼んでいますが、正直に言うとリハビリしても100%前の様にはなりません。そもそもこれから先、一生貴方はこの痛みと付き合っていく事になります。」
「そんな事が、、、でもプロの人でも故障しても這い上がったり手術したり、、、そうだ手術とかは出来ないんですか?」
時間が無いんだ。少しでも引き離されたくない。
「貴方の歳で手術するのは身体への負担が大きいので出来ません。それにこれから先を考えたら酷使すればもっと悪くなるかもしれません。物も持てなくなるかもしれませんよ」
僕は先生の言う事を聞かなかった。
誰にも知られずに、筋肉トレーニングに明け暮れた。プロの人間も騙し騙しやっている。病院の先生は最後にそう付け加えていた。
だったら僕も、僕にもその道は在るのかもしれない。
投げなければ良い。筋肉を付けて肘だけに負担を与えるのではなく、肩や手首に分散させれば或いは、、、
痛みが増す。痺れは四六時中起きている。握力が出たり出なかったりする。
限界だった。リハビリは続けていたが、この左腕は常人よりもまともに動かない。
挫けている場合じゃない!
左腕が駄目なら右腕がある。
僕は懲りずに、いや寧ろより苛烈に投げ込んだ。
負けたくない。アイツらにも、人生にも。
利き手でも無い腕は僕の指揮には付いて来れず、再び僕にあの悪夢を思い出させる。
「症状は軽いですが、”野球肘”の兆候が出ています」
右腕も動かない。
「今日の試合お前活躍したなー」
「お前が打ってくれたからだよ」
「いや、それより何より、コイツが抑えたからだよな。流石はエースだよ」
笑顔を振り撒く。僕に向けて一層笑みを強くする。
「おいスコアラー今日の成績教えてくれよ」
僕の事だ。レギュラーで僕が打ちまくって活躍していた頃は誰もが僕の事を褒め称えた。でも今は馬鹿にした様な態度を取ってくる。
「7回までで、安打2本、失点1、三振が6」僕は業務的に告げる。
「スコアラーも板に付いて来たんじゃないか?良いスコアラーだ」
「スコアラーに良いも悪いもあるかよ」
それでも僕は野球が好きで諦められなかった。小学校を卒業し、中学校で野球部に入部する。
「それで、、、」丸い男は頭を強く掻き身体を震わせている。
辛い過去を思い出す時に人間は何かしらの表現を出す。私の場合は爪を自分の肌に突き立てるように。
これからが本番なのだろうな・・・
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