第34話 陰気ちゃん③
父は相変わらず殆ど家に居て毎日TVを見ていた。
私は明日から小学生になる。
相変わらず人と話すのは苦手だった。1対1だったり、落ち着ける環境なら言葉が勝手にスラスラと出てくる。
母は私に「小さい頃は誰でも恥ずかしがり屋さんなのよ」と言ってくれたが、違和感は感じていた。
人に見られると、頭がぐわんぐわんと変な音が鳴り、何も考えられなくなる。
呼吸も出来ずに身体が動かないこの状態は恥ずかしがり屋の一言では解決できない。
それにこども園にも同じ様に恥ずかしがり屋はいた。その子と自分は同じだと思っていた。
1対1でしか話せない。人の目が、自分をどう思っているかがどうしても気になってしまう。
その子といつも一緒に居た。同じ人種なら身を寄せ合うように二人で時間が過ぎるのを待てばいいと思っていたから。
でもその子は他の子に誘われたら相手が3人でも4人でも輪には入っていた。
確かに殆ど喋ってはいなかったが、仲間外れになるような事は見た限り一度も無かったし、楽しそうに笑っていた。
羨ましかった。あそこに居るのが私だったら、もっとこういう風に話すのに。
歌を聴いてほしい。毎日練習しているのだ。
踊りは苦手だからアドバイスが欲しい。どうしてもドタバタしてしまうのだ。
彼女が居なくなると私は30人の中で1人だ。いやもしかしたらこの世界でも一人きりかもしれない。
誰もこの気持ちは分かってくれないだろう。
先生に言っても母に言っても「今は環境に慣れてないだけだから、いつか絶対に皆と話せるようになるよ」としか言われない。
小学校は同じ年齢の子供が300人は集まる。
今の10倍の人数の中の孤独に私は耐えられるのだろうか?
きっと。きっとその300人の中に1人位は私と同じ人間が居てくれる。
それにもしかしたらもう少し大人になればこの枷は外れるのではないか。
住めば都と言う諺がある。
母と先生を信じて私は死ぬ気で努力した。
「よよよ良かったら私と、い、一緒に遊ばない?」下を向き相手を見ない様にし、2人組に話し掛ける。
これが私に出来る精一杯だ。
「うん?いいよー何するー?」
「その、、、砂のお城を作りたい」
一緒に作ってみたかった。
「ええそれならいつも作ってるから違う事しようよー」
それもそうだ。私位だろう拘ってしまっているのは。
「そそそ、ハァハァ、そうだね。おお、おままごとする?」
「やりたーい!じゃあいつもやってる役でやろうね。私達がお父さんとお母さん。○○ちゃんは子供役ねー」
「あっ。その」
お母さん役になりたかった。
「ん?どうしたの?」
「う、うん。よろしくね」
何でもいいから今は頑張るんだ。少しでも外れない様に、嫌いな自分を壊す為に。
「あーもう嫌になっちゃうわー洗濯物が多すぎてー。〇〇ちゃんも手伝ってー」
「うん。お母さんは好きだから頑張って手伝うよ」
淀みない会話だった。
「ありがとー私も好きよ。私の大好きな○○ちゃん」
抱き締められる。身体だけでなく、心までもが、欲して止まなかったものが此処に在った。
「ただいまーマイハニー&愛するベイビー」
父役の子が仕事から帰って来た様な素振りを見せる。私はポカンとしていた。
「ああ今日も君は綺麗だ!僕の愛する妻よ。そして僕の愛するマイベイビー」
私の知らない父がそこに居る。父はずっと家に居て、母に悪態を突くだけのナマケモノ。
抱き締められる。こんな事を父はしない。されたくないあんな男に。
「おえっ!」
吐瀉物を撒き散らす。
「きゃあああああ」
二人に謝らないと!早く!顔を挙げて二人を見る・・・
二人は汚いモノを見るような目で私を見ている。目が合う。頭に飛行機が近くを通ったような音がこだまする。
どうすればどうすればどうすればどうすればどう、、、
泣いている。二人とも。
周りが私を見ている。観ている。
「アイツゲロ吐いてる汚ねえなー」、「あそこの二人泣いてない?」、「可哀想ー」、「誰か先生呼ぼうよー」、「何かされたのかな、」、「汚っ」、「気持ち悪い」、「臭くね?」、「ヤバイ奴」、「キモイ」、「母ちゃん可哀想」、「大丈夫かあれ」「」・・・
先生が来て私の服と吐瀉物を拭き、泣いている二人に「どうしたの?」って尋ねている。
「おままごとしてたら急に。急に」
泣いている。
もう嫌だ。頑張れば頑張る程に崖から落ちていく。
誰か私を好きになって。一人にしないで。
小学校に一縷の望みを賭け、校門を通る。
此処は私にとって大きすぎて嫌な予感がした。何か取り返しがつかない事が起きるような。
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