第33話 陰気ちゃん②

父は家でご飯を作る事も無くTVを見ていた。


「遅えぞー。もう腹ペコペコだよー。早く飯を作ってくれ」


青カビのような無精髭、風呂も全然入っていないので髪の毛が油でワックスを付けたように湿ってヌメヌメとしている。


だらしなく伸びた服。毎日同じものを着ている。ずっと片肘をついて寝転りながら一日を過ごしているせいで肘の部分は赤味が帯びて


色素が沈着している。今日も汚い。


第一この男が私を迎えに来れば母はわざわざ大変な思いをせずに仕事場から直帰出来る筈なのだ。


この男に迎えに来られたら吐き気を催すが、母の負担が無くなるならそれでも良い。


「あら。ごめんなさいね。今作るわ。○○ちゃんは手を洗って待っててね。あ、待ってうがいもするのよー」


私は手洗いうがいを済まし、そそくさと自分の部屋に入っていく。同じ部屋に居たくなかった。


絵を描く。


中心に居るのは囚われのお姫様の私。魔女から声を奪われ何も話せないまま深い森の奥深くに塔に幽閉されている。


その塔に閉じ込められているのが分かっているのに無視する付近の村人。


一人の老婆だけが私を気遣い毎日、私を塞ぐ鉄格子の扉越しに食べ物を分け与えてくれる。


一人の汚い男が、、、


黒いクレヨンだけはもう無くなりかけていた。


何度も何度も人の形を作ってから塗り潰す。グルグルと小さな円から紙の端まで届くように線を描く。


縦にも広がりそれはやがて今まで描いた魔女も、森も、塔も、村人も、老婆も、扉も、まだ見ぬ王子様も、日本も、地球さえも黒いカビが塗り潰す。


囚われの姫も塗り潰す。足からどんどん黒くなるそれは下腹部、胸部、そして喉を塗りつぶし・・・姫は汚い男を塗りつぶす


壊されない為に、浸食されない為に、どんなに醜くとも生きる為に



「○○ちゃーんご飯よ」


「はーい」


部屋から出る。後には黒く塗りつぶされただけの絵が暗い部屋で月明かりの光に照らされ輝いている。



「今日のご飯は皆大好きハンバーグよ」


母は本当に明るくて優しい。父に嫌な事を言われても全く気にしない。


「お!やっと出来たか飯だ飯。おっと今日の野球はどうだかなー」


「何やってんだ〇本!そんなヘボピッチャーの球ぐらい俺でも打てるし、次カーブ来るの位は俺でも読めたぞ。駄目だコイツ2軍からやり直せ。そう思うだろ」


母に問いかける。


「野球の事は何も分かりませんから、詳しいあなたが言うならそうなんでしょうね。でも頑張ってますよ」


ニコニコしながら答える。


興味もない野球を延々と見させられている。周りが話している魔法少女だったり小さなモンスターを捕まえるアニメを私も見てみたい。


「まあ俺ぐらいになれば分かっちゃうんだよなぁ。ただ最後のだけは余計だ。頑張っても結果を出さないと意味ねーんだよ。お前のそう言う所が嫌いなんだよなぁ。女は黙って3歩後ろを付いてくればいいんだよ。おい〇部!お前も何やってんだよー」


「それはごめんなさいね。失礼しました」


何も悪い事をしていないのに謝っている。何故母が悪者なのだ?


「〇〇ちゃんご飯おいしい?」


「うん。私お母さんのハンバーグが世界で一番好きだよ」


「ケッ!お前は社会に出た事が無いもんな。世の中にはもっと美味いハンバーグなんて幾らでもあるんだよ」


ビールをぐいぐい飲み


「げぇえええええ」


げっぷをしながら答える。


この男は社会に出た事があるのだろうか。


世の男は女に楽をさせる為に身を犠牲にして馬車馬のように働いているというのに。


「じゃあ今度、皆で美味しいハンバーグ屋さんに行きましょう。うんきっと楽しいわぁ。あなた美味しい所に連れて行ってね」


母は嬉しそうに父を見ている。


「まぁ仕方ねえなぁー。俺の時間が合えば連れて行ってやるよ」


何故にお前のご機嫌取りをしないといけないのだ。


晩御飯を食べ終えると私は部屋に戻り歌の練習をする。


母が部屋に入ってきて私の歌を聞いて、観客の様に拍手をしてくれる。


「今日はサービスよ」


そう言って私はもう一曲歌いながらドタバタとダンスを踊る。


隣の部屋からTVの音が大きくなる。


母が拍手しながら


「〇〇ちゃんは歌と踊りの才能があるわー将来はアイドルね」


と言って笑う。


隣から


「うるせえぞ!人様の迷惑を考えろ!あとお前はこっちに来てビールを持ってこい。無くなっちまったぞ!」


と怒鳴り声が聞こえる。


母は「ごめんね〇〇ちゃん。また後でね」と言い部屋から出ていく。


隣から怒号が聞こえるが母はいなしている。


母をこんな幼女に取られた嫉妬で怒る。アイツにとっても母親代わりなのだろうか。


そりゃあ社会に出られない訳だ。


私は明日の準備をしながらこども園も家もどっちも心が休まらないと感じていた。

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