第32話 陰気ちゃん
例えどんなに過去が辛くても 人といがみ合っていても
思い通りにいかなかったとしても
今いるこの場所が楽しいだけで
救われた気持ちになれる
私は千葉県で生まれた。
千葉は有名なネズミが居る魔法の国だ。私には一生縁が無い場所だったが。
小さい頃の話をしても良いが、私の人生は端的に話せば
私の人生に何があったのかと人は尋ねるが、結論から言うとと何も無かった。それが悔しくて恥ずかしくてたまらない。
でもせっかくこういう場を設けて頂いたので一から話をさせて欲しい。
ある貧しい家庭に私は生を受けた。
母の方が父よりも10歳以上離れている特殊な家庭である。
母はパートで働いていて週に6日は働いていたと思う。
働いている所を見た事が無いのでこういう言い方しか出来ないし、引きこもりにとっては曜日感覚など必要無いから数える事は無い。
父はずっと家に居た。お菓子を食べながらTVを見たり、ふらっと外に出てはパチンコの景品を嬉しそうに母に自慢している。
私が父に思う事は同族嫌悪しかない。生理的に無理だった。
保育園には行けず、子ども園児(昔で言う幼稚園児の事、現在は保育児と幼稚園児を同施設で扱い、まとめて子ども園児と言う。但し年齢に応じてちゃんと保育園児と幼稚園児に分けられている)になってからも私は人と接する事が苦手だった。
何故か人前では金縛りにあったように身体が動いてくれない。
こども園時代は一番物事を考えずに失敗を経験する年齢であると後々学ぶ。
私の知識はインターネットだけで完結しているので正直間違っている事の方が多いと分かってはいるが私にとってそこが私の世界の全てだ。
エリクソンと言う心理学者が居る。
彼は0-1歳の心理的課題を基本的信頼とし、それを得られなかった場合の事を心理的危機と言う。心理的危機に不信を挙げているが、これは母から授乳と言う形でクリアしているので問題は無い。
1-3歳に於いては自律性を得る事を課題とし、心理的危機として恥や疑惑が挙げられている。私に自律性というモノはあったと信じたいが、父の日常や言動により、父親を認識したくなかったり、家にずっと居ても日常は送れるモノなのだと夢見ていた。
今思えば此処からもうおかしかったのかもしれない。
3-6歳、これが問題だった。課題としては積極性を課題として学ぶ年齢だが、私はどうしても沢山の人前で話すことが出来なかった。
話したくても話す事が出来ず、不貞腐れたように見える私の姿を幼い子供達は良く思わないだろう。
また幼稚園の先生が(ややこしいが保育の資格と幼稚園教諭は違う資格の為に先生が異なる)私に
「〇〇ちゃんは自分から話す事が苦手な性格なの。そういう人も居るのだから自分から話し掛けてあげてね」
止めてくれ・・・私に周りの視線が一斉に突き刺さる。
クラクラし赤面し汗が垂れる。
「じ、自分で話すのは苦手なの。でででもお喋りが嫌いじゃないよ」
本心だった。確かにその通りだ。でも
それに応じて私に話し掛けてくれる人は増えた。
一人ずつであれば私は何のストッパーも無く気軽に話せる自分が居た。
私はただ恥ずかしがり屋で先生の言葉で一歩を踏み出すことが出来たのだと勘違いした。
しかしさっきまで話していた子に別の子が加わり3人、4人となると私は口を開くことが出来ない。
「何してるのー?」
「今ねー砂のお城作ろうって話してたのー」
「私も作るー」
「私もー」
一緒に作ろうって言うんだ。何してるんだ早く!
せっかく私と話してくれているんだ。
「・・・」
「ねえねえ、なんで何も言ってくれないのー?」
「私と一緒が嫌なのー?」
そうじゃない。そうじゃあ無いんだ。首を振るんだ。早く。手遅れになる前に!
「もういい。あっちで作ろう」
「そうだね作ろうー」
「あ!待って私も行くー」
私の前には誰も居ない。震えは止まり一人寂しくぐちゃぐちゃなお城を作り、壊す。
小さな小さなお城に川もトンネルも何一つない。
さっきの子達の声が聞こえる。
「さっき私と居る時は普通に話してたんだよー」
「ええじゃあ私が嫌だったのかなー」
「話したい人としか話さないのかなー」
「やーねぇ、もうワガママぁ」
笑っている。残酷な事をしてくるが罪悪感は無いのだろう。タチが悪い。
帰りの時間。
いつも母は最後に迎えに来る。きっと忙しいのだ。
他の園児が無邪気な笑顔で手を繋ぎ歩いている。
「ママ―あの子ね。自分から話す事が出来ないんだって。先生が言ってた。喋る時も”じ、自分で話すのは苦手なの。でででもお喋りが嫌いじゃないよ”って言ってた」
物真似が上手くて腹が立つ。
「うーん吃音なのかしら?でもそういう人も居るんだから馬鹿にしたら駄目よ」
母が来た。
母は化粧っ気一つもなく他のお母さんよりもとても老けて見える。それが少し嫌だった。
汗だくで迎えに来た母に手を繋ぐこともせずに帰る。
「今日は楽しかったかい」
母がおばあちゃんの様に優しく尋ねる。
「うん。砂の城作った。」
「そうかい。良かった、良かった。」
「お母さんあのね?」
「何だい?」
「吃音って何?」
母親は一瞬ピタッと身体を止めたがすぐに動き出し
「可愛くて恥ずかしがり屋な子の事を言うんだよ。」
私は少し嬉しくなり、母の手を繋いでぴょんぴょん飛び跳ねながら家を目指す。
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