4章 3人目 引きこもり女は来ない明日を夢見る

第31話 幕間②

望み過ぎるなよ


いつだって人間は


愛する人さえいれば、愛する人さえいなければ


お金さえあれば、お金さえなければ


親さえいれば、親さえいなければ


あの人がいれば、あの人がいなければ、、、って思うもの




死にたい人が居て良かった?


どういうつもりだ。この場の動揺の波がこちらにも伝わって来る。


この女が犯人なのか。そうだとしたらこの発言はマズい。


もう手当たり次第殺そうという事か。見誤った。


押さえつけるしかないか。


「ウチはこの場で死んで正解って事だよねぇ」


あれだけの話をしたのに気楽そうに話す。見た目で人は本当に分からない。


多分ではあるが、話に出てきた義姉を慕っているのだろうという事は分かる。


「あっそのあの、ち、違います」


さっきはハッキリ話していたはずだが様子がおかしい。


「さ、最初に私の事を話します」


早口で力なく話すせいで最初の方が聞き取り辛い。


「私は選択制緘黙せんたくせいかんもくという障害を持っています。ですから・・・」


周りを見た陰気な女はハァハァと息遣いがこちらに聞こえ、顔は赤くなり、額からは汗が垂れ、胸を押さえ目を大きく開き緊張している。


「ひ、人から注目されていたり、アドリブで意見を求められたりすると話が出来ません。克服しようとしていないだけではありません。本当に出来ないのですっ。ずっとずっと。」言葉を途切れさせる。


聞きたい事はそうでは無いのだがその障害は私も知っている。フォローに入ろう。この女性に人は殺せない。


場面緘黙症ばめんかんもくしょうという名前で昔は呼ばれていた。文字の通り特定の場面、学校や職場、面接、多人数等では話す事が出来なくなる。多くは社会不安障害を併発しており、、、ああ社会不安障害とは人前での注目を浴びたりする事を極端に避ける傾向にあるものだ。俗的に言えば対人恐怖症と言うもので発達障害では決してないので話す知力が低いという事ではない。先程はハッキリと言えたのに今は人が変わった様に話し辛いのは変な発言をして動揺している訳では無い。落ち着ける場であったりストレスが低い場だと流暢に話せるのだ。それ故誤解される事が多い人生だ。皆さん彼女から目線を外して頂けないか」


全員が彼女を見ない様にしている。


「あ、ありがとうございます。私の事を知って下さる人が居て本当に助かりました。」


赤面は引いて顔は穏やかになる。


「私が言いたかったのは貴方は臓器があれば助かるという事ですよね。だったら私が死んだらその臓器を使えば貴方は生き残れるという事です。だから貴方は死ぬ必要がありません。」


「ハァッ!何を言ってんねん!」


目線を彼女に向ける。


「ヒィエエエエエエ」


漫画の様に分かりやすく吹き出しが付きそうな悲鳴を上げている。


「ウチの話聞いとったかぁ?生かされている人生が嫌なんや。だから義姉ちゃんが起きた事でまた私の為に死のうとする。それを阻止する為にここに連れてこられたんや」


連れてこられた?


「だからアンタの臓器は受け取らんで絶対に」


”臓器移植”が心のトリガーなのかもしれない。若しくは生かそうとする言葉自体が。


再びこの世の終わりのような顔をした陰気な女は赤面しながら


「で、で、でも貴方は間違いなくあ、愛されている。こここ、こんな事は何回も言われてると思うけど、わ、私は死んで欲しくない」


「愛されているから辛いんだ!優しい感情が伝わっても私は、、、ウチは何も返せへん。奪うだけや。アンタの事は何も知らん。知らんのにウチはいつもみたいにただ生かされろと言うのか?私にだって死を選択する事は出来る。」



「二人とも落ち着けよ」


意外にも金髪が仲裁に入る。


気楽女はキッと睨みつける。陰気女は金髪に見られた恐怖で気絶しそうになっている。


「貴方の意見は分かります。生かされる事が嫌なのがボクにも感じ取れました。ただ此処は自分の最後の気持ちを、本当の気持ちを告げる一種の懺悔の場でもあるのです。」


赤目の言葉に気楽女はたじろぐ。懺悔の場という言葉に反応したのだろう。


かつては信仰していたのだろうから。


「どうか先ずはこの人の意見を聞いては見ませんか。障害を持ちながらこの場に来て、それでも話す彼女の意志はとても崇高なモノにボクは感じられます。」


気楽女に告げ、陰気女の胸元を見ながら


「貴方が今ここで話そうとしている事に大きな意義を感じます。死ぬほど辛い人前で話しているのですから。ボクは貴方の口から障害や貴方自身の事が知りたいです。良かったら教えて頂けませんか?」


赤目女は学生に見えない人身掌握術を持っている。


この女にとって話が聞きたいと言われる事は本当に嬉しい事だろう。


分かりやすくウキウキな彼女は


「私は学校も働いたことも無い所謂、引きこもりです」


重い空気が場を支配する。なるほど、人間大小はあれど場の空気で何も発せなくなるものだ。

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