第35話 陰気ちゃん④

「起立!礼!おはようございます」


将来に優秀な歯車を作り出す人生の試験は此処から始まっている。


合わない歯車は弾かれる。それは無機物でも有機物でも変わらないのだ。


やけに派手な化粧をした女教師が皺一つないピシッとしたスーツを身に纏う。


皺一つ許されないからだ。


「皆さん。おはようございます。貴方達の担当になる○○です。今日は本当におめでたい日です。これからの未来を担う新しい芽達の門出の日なのですから。ここから皆さんは新しい人達と新しい暮らしが待っています。」


そんな難しい言葉を理解できる小学一年生は居ない。


私は道端に置かれた石の様に動かなかった。周りの人達は楽しそうに話している。


考えてもみなかった。同じ年齢の子供達は同じ子ども園から来る事が多い。


このクラスにも見た顔が沢山居た。私の痛い過去をやらかした事を誤解している人間しか居ないのだ。


何が新しい人達と新しい生活が始まるだ・・・


初日から頭の中にあのゲロ事件の事が頭を離れない。あの目が忘れられないのだ。


皆が私の事を指さして非難して笑っている様に見える。人の目が怖い。


社会は残酷なのだ。合わない人間は淘汰される。それが当たり前の正義だと信じて疑わない。


誰だって弱者になりたくないのに、弱者に生まれたものに一体どうしろと言うのだ。


隣の席はゲロを被った女の子だった。目も合わせてくれない。


私にどうしろと言うのだ。



授業と授業の合間に休み時間なるものが設定されているが私にとっては辛い時間だった。


周りの人間はこれ見よがしに仲が良いのをアピールして来る。


私達は幸せだとアピールする為にワザと大きな声で笑ったり驚いたりしてるんじゃないか?


これは寂しく過ごす私のようなモノを攻撃してるのではないか?


早く終わって欲しい。


次の授業が始まり、また辛い時間が来る。授業が始まりまた・・・


そして給食の時間が訪れる。給食の時間は嫌でも席を向かい合わせにして6、7人のグループを作らされる。


誰がこの制度を作ったんだ?


少なくともこれは私の様な人間は想定されいていない。向かい合わせの少女は私を睨む。


無理矢理にでも罪と向き合わせられる。異端審問の時間は私の心を弱い毒で嬲る様に少しずつ殺そうとしてくる。


皆が楽しそうに話している。私以外は。


さっさと食べ終えた私はやる事が無いのでただ時が過ぎるのを座して待つ。


「お前食うの速っ!」


隣の男の子が話し掛けて来た。


「めえええ!?」


咄嗟に話されたので素っ頓狂な声を挙げる。


「なんだお前ヤギなのか?んめぇえええって鳴いてるのか」


「ちちち違うよ。急に話されたから、は、話されたから、びっくりしただけ」


「お前面白いやつだな!俺と飯食い勝負しようぜ。おかわりバトルだ!」


変な事に巻き込まれたが嬉しかった。彼は私の過去を知らない。


この人とだったら仲良くなれるかもしれない。


私は持てる力を総動員した。胃袋の白旗を無視して120%の力を叩き出した私は見事に勝った。


男子から歓声が上がる。さん付けされるようになった。


「皆でドッジボールやる事になったんだ。〇〇さんお前も来いよ。」


給食終わりに話し掛けられた。断る理由は無い。私は大食いというアイデンティティで生き残るしかない。


「痛ってー」


「俺ばっかり狙いすぎだろ」


「助けてー」


楽しかった。このゲームはお互いに話す必要が無いし、皆ドッジボールの球を見ているから視線も感じない。


目の前で誰かが当てられて、ボールが転がっている。


私はそのボールを取る。


周りから「当てろー〇〇さん!」という声が聞こえる。


私は思い切り振り被り、身体が1回転する勢いでボールを投げつける。


ボールは・・・


1年生にしてはデカイ男の子の真正面だ。マズい!


ニヤリと笑ってボールを取ろうとする少年だったが、私の全てが掛かった一撃だ。重みが違う。


ボールを受けた衝撃に驚き、ボールを弾いてしまう。


慌てた男は弾いたボールを取ろうと飛び込む。


飛び込み、、、指先が届く。






しかし指先に当たってボールはさらに遠くに弾かれる。


「〇〇さんの大回転魔球が炸裂だー!」


皆からの目線が集まる。


止めてくれ・・・




そう思ったが身体は動く。もしかしてこういう事なのか。


私自身が殻を作っていたのかもしれない。


「油断しないで」


私は屈強な男たちの中心にいるジャンヌ・ダルクの様に号令を挙げる。


小学生になれて良かった。私の人生は此処から始まるんだ。




「良くあんなゲロ女が触った球に触れるね」


悪意のナイフが突き付けられる。

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