第24話 気楽ちゃん⑥

あれから10日が経っていた。


私はどうなったのだろうか?


久しぶりの生体活動に目に入ってくる光は刺激が強すぎて、目を開けては閉じ、慣れたかと思い開くとまだ眩しくて目を閉じてしまう。


身体は動かないし感覚もない。頭は靄が掛かっているようで自分が今どういう状況なのかが掴めない。


何でここに居るんだっけ。


自分の言葉に理解が考えがまとまらない。


悪い事が起きたのか。


それとも妹の容態が変わったのか。


ああそうだ妹は大変なんだ。昔の私みたいに朝起きて今日も一日生きてやると思って過ごし、一日の終わりにこんな事がずっと続くのかと弱気になる毎日。積み重ねてきたここまでの9年間。


支えてあげるんだ。死が二人を分かつまで。私はお姉ちゃんなんだから。


「良かった。もう起きないんじゃないかと思った。」


不意に抱きしめられる。泣きじゃくる姉は幼女の様に誰にも気にせずに泣き叫ぶ。


「お、ね、え、ちゃ、ん」


言葉が出づらい。なぜ?昨日まではそんな事が無かったのに。


「ありがとう起きてくれて。生きててくれてありがとう」


姉は私に鼻水やら涙やら涎やら滅茶苦茶に引っ付けてくる。


「〇〇!起きたのね!良かった。良かった!」


母も私に抱きついてくる。


何故今日はこんなにも泣かれるのか。そもそもなぜ私には何も感覚が無いのか。


交通事故に遭ったのか?


「い、も、う、と、は」


「妹の事は今は良いのよ。自分の事を今は考えて」


先程から気になっていた。なぜ生きててくれてありがとうと感謝されるのか。


「大丈夫?ちょっと疲れたかな。ああそうだったあの人に電話しないと」


母は電話を掛けている。


「何かしたい事ある?」


姉が尋ねてくる。


「お、な、か、す、い、た」


イライラする。何故ちゃんと話せないんだ。


「〇〇の好きなご飯持ってきたの。ほらこれ」


とても柔らかいご飯の上に良く煮てある鳥そぼろ。(少しコゲている)皮と骨が無い白身魚。塩胡椒が付いた半熟卵。


箸で持つと崩れそうな位に良く煮られた野菜。ほうれん草、かぶ、南瓜、にんじん、ブロッコリー。


どれも私の好きな食べ物だった。


「あ、り、が、と、う」


自分で箸を持とうと思うが身体が動かない。頭に来る。この時点で多分もう気づいていた。私の身体は・・・


見かねた姉と母が口に食材を運んでくれる。良く煮られた野菜。


「や、わ、ら、か、く、て、お、い、し、い」


「良かった!ちゃんと出来てるか心配だったから」


いつも作っている料理が心配?


塩胡椒のスパイスが効いた半熟卵。卵には醤油ではない。


「こ、しょ、う、が、き、い、て、る」


「塩胡椒好きだもんね」


好きだった。


皮が無い白身魚。何故だろう?


「た、べ、や、す、い」


「良かった。味はちょっと、いつもより大分薄めだと思うけど」


消化に良いモノばかり。皮は好きだった。


コゲた鳥そぼろとご飯。


「ちょっと失敗しちゃって。お母さんに頼んだの。私に作らせて欲しいって。苦かっ

 たらごめんね」


「に、が、い、け、ど、お、い、し、い」


苦味なんてしなかった。それどころか味もしない。全部私が付いた嘘だ。


何となく察して合わせた付け焼刃の嘘。気づかれなかったのは幸か不幸か。


その日から味覚と触覚が身体から抜け落ちていた。



医者が大きな音を立てて部屋に入ってくる。


「良かった。目を覚ましたんだね。ああお姉さんもあまり動かないでね。今、自分が

 置かれている状態が分かるかい?」


理解したくは無いが頭を縦に振る。


「良かった。他の患者を診たらまた戻って来るよ」


出る時は音もなくスマートに出ていく。



手術の事を聞かされる。胆嚢を摘出し消化に悪いモノや脂質が多い物をあまり食べない方が良い事。心臓を手術の影響で身体をあまり動かしてはいけない事。肺の一部分を切除し、呼吸がしづらい事。脳梗塞で倒れて五感に影響が出るかもしれない事。(無いと答える)。


そして、腎臓が駄目になったので、姉の腎臓が移植された事。



私は大馬鹿者だ。生きたいなんてエゴのせいで、姉にまで辛い思いを。


助けを借りずに自分の力だけで周りには絶対に迷惑を掛けたくは無かった。


「〇〇の力になれて良かった。お父さんとお母さんは身体が大きくて駄目だったみたい。私が〇〇の身体を助けるよ」


背中の傷を見て罪悪感が確かになる。ハッキリとした強固なモノが。


「ご、め、ん、な、さ、い」


壊れたテープレコーダの様に無機質に繰り返す。


「ううん。私が選んだ事だから気にしないで。いつか言ってたでしょ。〇〇は新しくできた妹を守るんだって。私だってそうだよ。お姉ちゃんなんだから、〇〇を絶対に守るんだ。これから先何があっても絶対に」


「し、て」


「え?何?」


「殺して」


ハッキリと強く言えた。


「・・・」


「もうこれ以上生きたくない。誰かを犠牲にしてまで生きたくないよ私」


「・・・」


「そこに線があるの。ソレを抜いてどっかに行って。」


「お母さん遅いね。どこまで行ったんだろう。良くなったらさ庭に行こうよ。ここ凄いんだよ。色んな花があって」


「自分じゃ死ぬ事も出来ないの。抜いて」


「花ってさ凄いんだよ。アスファルトの上に咲く花もあるんだ。〇〇はその花の種だよ、、、花は咲くためには何かを養分にしないといけないんだ。だから種のまま死なないで。死にたいなんて言わないでお願い」


震える声で涙を見せまいと後ろを見る姉。


自分一人の力では生きる事も出来ない人間に何かを為し得るのか。そんな人生に花など咲くのだろうか。


泣きじゃくる姉を見て私はそれ以上何も言えなかった。

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