第25話 気楽ちゃん⑦

姉は私に2つしかない腎臓の内1つを分け与えた。


腎臓は特殊な器官で普通に生活していく上では一つあれば十分という器官である。


例えそうだとしても妹の為に一生モノの傷を背負いながら2つしか無いモノの1つを分け与える。感謝しかなかった。


約束通りに気分が優れた時に姉と一緒に庭に向かった。


簡易的な庭だったが花の種類は比較的多かった。ちょっとした植物園くらいはあるのかもしれない。実際に行った事は無いが。


外に出るのは辛かった。体力的な問題もあったが、フェンスの外には学校の校庭が見える立地のお陰で、壁一つを隔てて境界線が引かれている。あっち側とこっち側。一時は手が届きそうな所まで近づいていた。


学校のクラスメイトは一度は先生引率の下に、皆で寄せ書きと花を持って義務と道徳の授業の延長でやって来た。


嬉しさもあったが複雑だった。弱くもがいている自分を見られるのは醜いアヒルの子が白鳥になりたいとも無我夢中の様を見られたくないのと同じだ。


その後の見舞いは一度だけ仲が良かった友達が訪問するだけで終わった。その中に絆創膏を渡した子が居てくれたのは本当に嬉しかった。少しだけでも頭の片隅に残れたのなら悔いは無い。私の恋はスタートだけで終わった。


仕方ないんだきっと。きっと・・・



前に私を治してくれた宗教の代表と呼ばれていた人がまた訪ねてきた。


母がもう一度奇跡を間近に見るパウロの様な面持ちで代表を見ている。


パウロは最初キリスト教を迫害していたが、イエスのゴルゴダの丘、約束の地エルサレムにて磔刑の後の復活を見て使徒となった人物だ。私自身一度奇跡を受けた身だ、信じるしかなかった。神様もう一度慈悲をアガペーを私にお恵み下さい。


奇跡は二度は起きなかった。イエス・キリストが二度目の復活を一部の物の目の前でしか起きなかったのと同様に奇跡はもう起きなかった。神に見放されたのだ。



2年前まで一緒に過ごしていた、終末医療を待つ子供達は寝たきりで動けなかった子が亡くなっていた。


最後まで自分の脚で歩きたいと懇願していた女の子だった。


こんな簡単に説明できるような話ではないんだ。


人一人の人生がこんなに簡単に説明できて良い訳が無い。


仲間が一人死んでいたが他の仲間にとってはありきたりの日常になっていた。


ここに居るものはいつ死ぬか誰も分からない。それは自分も同じなのだ。だから必要以上に仲が良くなる事に怯えていた。


私はそれが嫌だった。離れていた2年間の間に仲間が一人土に還り、もっとその子と一緒にしてきた事が、思い出が無い事を後悔していた。


人はいつか死ぬ。でもその時は今ではない。


誰かを支える事も無く、誰の記憶にも残らない様な生き方を、誰かの事を忘れてしまうような人生を、私が生きた証を残せない様な人生を許したくない。それこそが死そのものだ。


人はいつ死ぬか?


人に忘れられた時が死だ。傷ついて、傷ついた先にやっと見えるものが有る筈だ。そうでなくては救われない。


私はここに居る全ての人を忘れない。


防護服の少年が周りが止めても日の光を浴びたかった事も、毛が無い少女が誰よりもオシャレな帽子を被ってた事も、やせ細った少年が自分を変えたいと身体を鍛えようとした事も。他にも仲間は数えられないくらいに居たし皆、生きていた。


私は感情を殺してほしくは無くて、皆の事を知りたくて暗黙の了解をぶち壊した。


病気の事を、辛い事を、今の気持ちを、自分がもうすぐ死ぬ事を全て聞いたし、話した。

自分の暗い気持ちに気付きたくない人間からは何度も罵声を浴びた。


「そんな事を話してどうなる」「お前に何が分かる」「自分が天使になったつもりか偽善者が」「話したくないお前なんか死んでしまえ」(ふざけんなお前が死ね)それでも負けなかった。


そんな事より辛い事を日々受けているのだ。このままただ死の恐怖に怯える毎日なのか?


ここに居る人間は神に見放された人間だ。ならば同じ人間が見放すのはおかしい。


徐々に集まる人は増えたし、聞いてくれる人も話してくれる人も増えた。何よりも嬉しかったのが罵声を浴びせた人間が謝り参加してくれた事だった。




皆の感情は無い訳では無い。押さえつけられて、仕方ないという言葉に甘えていたが、本当はこんな事がしたかったんだ。


将来生きてたらこんな仕事に就きたいんだ。こんな夢があるんだ。お嫁さんになりたい。パン屋さんでパンを焼く。医者になって君達を治す。強い男になりたい。保育士になって子供達と過ごしたい。支えてくれた家族に全てを返したい。メイクをして可愛い服を着て外を歩いて、芸能事務所にスカウトされたい。痛みが不安が消えて欲しい。僕の事を好きになって欲しい。もっと生きたい。死にたくない。



一人また一人と集まって話していた。一人また一人と減っていく。

10人・・・ありがとうと言われた。9人・・・もっと生きたかったと笑顔で。


8人・・・痛い怖いどうか手を離さないで。7人・・・先に行ってるよ。また話そうね。


6人・・・何も見えない。皆は居るの?私は一人じゃないの。5人・・・いつかこんな日が来るのは分かっていた。でも悪くない気持ちだありがとう君は天使だった。


4人・・・俺はこんな所で死ねない皆を治すんだ。3人・・・いつか君に死ねなんて言ってしまった事を本当に悔いている。僕達は一人では生きられない。なら皆で支えあって生きれば良かったんだ最初から。


2人・・・君の事が好きだった。そんな男が居た事だけ覚えていてくれ。1人・・・最後の一人は私にとっても特別な人だった。


私は12歳になった。

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