第23話 気楽ちゃん⑤
妹は私だったし私は妹だった。
妹は私と全く同じ運命を辿っていた。こんな事が有り得るのだろうか。
私は今は小学校に通い、夢だった姉とショッピングにも行く事が出来ている。病気の事も段々と過去の話になりつつあった。
客観的に私と同じような症状を持つ人を見る事でどれ程に悲惨なモノなのかを初めて理解した。
管に繋がれた無菌室の赤子をガラス張りの外から眺める。あそこに居るのはもう一人の私なのだ。
助かって欲しい。私は生き残る事が出来た。次は貴方の番だ。
それは妹を案じている事でもあったが同時に私の事も暗示している気がしてならなかった。
あの子が死ねば、私も同じ様に死ぬのかもしれない。
医者からまた記録と検査の提案があった。
両親はしばし黙った後に首を縦には振らなかった。
「ここでそれを許可してしまうとフェアじゃないと思う」
至極真っ当な答えを返す父。
「何でこんな事に。やっともう辛い事は見なくてもいいと思ったのに。私達が何か悪い事をしたんですか神様」
母は数奇な運命を呪っている。
「お気持ちは分かりました。ただこれから先どうなるか分かりません。姉妹共々気を付けて見なければなりません。どんな些細な事でも良いので報告して下さい。お互 いの生死を分けることになりますから」
もし私の時にこの提案を受けていたら私達の人生は違っていたのかもしれない。それはあったかもしれない世界の話。
妹もこれから私と同じ様に寝る前の恐怖に怯えるのだろう。痛みの理不尽さに自己を呪うのだろう。
見たくなかった。家族の誰よりもそんな姿を見たくない。
東京の学校で私は誰よりも授業に取り組んだ。学べる事に、動ける身体に感謝した。
年齢は9歳になっていた。
サッカーの授業中に一人の男の子が転んだ。胸がギュッと痛む。血が出ているのだ。
心臓が早鐘を打つ。
嫌な記憶が蘇ってくる。私がケガをした場合は血がなかなか止まらず大量の血で気を失いそうになる。
「いってー」
「何やってんだよー保健室行ってくればー」
「嫌だよ。こんなの唾つけとけば治るよ」
ぺっぺと雑に傷に塗り込んでいる。
その姿を羨ましく思いながら転んだ子に呼びかける。
「これ。使いなよ」
デカイ上に密着して真空になり剥がれにくい絆創膏を渡す。
「何これでっけー。こんなのいつ使うんだよ」
言われて少し恥ずかしかった。無視すれば良かった。
「でもサンキュウな。お前のお陰でサッカー続けられるよ」
「あ」
半ば強引に掌から奪われる絆創膏。無視しなくて良かった。
少し気になっていた男の子だった。私とは反対の性格で明るい男の子だった。
傷が出来ても直ぐには治らずに雑菌が入って破傷風にかもしれないし、私みたいに血が止まらなくなるかもしれない。
だから治せる傷はさっさと治すべきなのだ。余計な事は考えずに。
学校から帰る途中に妹がいる病院がある。姉と一緒に見舞いに行く。
相変わらず泣いている。赤ん坊が泣くのは当たり前の事だが、この子は痛みと闘っているのだ。
私はこの子が少し大きくなったら、今まで姉が私にしてくれたようにこの子の脚になってあげたい。
二人三脚で生き抜くんだ。独りでは辛い道も二人なら超えられるかもしれない。
だから今は頑張れ。一緒に生きよう。
そう約束して家路につく。
母がご飯を作り、父が帰って来る。
何の関係もなく私と姉にプレゼントを買ってくる。母が怒る。
今日あった事や授業の事を話す。姉と一緒に欲しい服の話をする。宿題をする。今日のサッカーの授業を思い出し笑う。
一緒に寝る準備をする。同じベッドで欲しいペットの話をする。母が早く寝なさいと叱る。
返事をして寝る。寝る・・・
突然だった。何の前触れもなく私の中に眠る悪魔が目を覚ます。
忘れられない痛みが身体の苦しさが2年越しでも容赦なく襲い掛かる。
「ああああがぁぁぁぁ」声にならない叫びを上げる。
隣に居た。姉はキョトンとしている。何が起こったか理解出来ていない。
「痛い。痛い。痛い。」
身体を掻きむしる。
血が出て止まらなくなる。
それでも傷の上から掻きむしる。
痛みを塗り替えたい程の痛みなのだ。大量の血を見て姉が叫び出す。
直ぐに両親が駆けつける。
この時の家族の顔を私は一生忘れられない。
父は獰猛なゴリラの様に荒れ狂い雄たけびを上げている。
母は狂ったように泣き、そして笑っている。
姉はただ泣く事しか出来ずぬいぐるみをギュッと握りしめた。
緊急搬送された。すぐさま手術に入る。内臓がボロボロだった。
死んでいてもおかしくない様な状態だった。胆嚢壊死、腎不全、心臓肥大、肺葉切除、脳梗塞・・・
私の症状が少し明るみになってきた。私の身体は細胞が少しずつ死んでいく病気。
それは場所に関係無く因果もなく次に何処が選ばれるのかは分からない。死神が私で楽しんでいるのだ。一つずつ持って行って私が絶望する様を。
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