第20話 気楽ちゃん②
向けられるのはいつもの憐憫の視線、そして私の身体のどこが悪いのかと無意識的に見ようとしてくる。それは此処でも同じだった。
恐らくは私の人生からは無くなる事は無いだろう。ふと帽子の女を見る。私の事を見ないのはこの人だけだった。
この人は多分こっち側の人間だと私には分かっていた。
執拗に知ろうとしてくる視線が嫌になる事がある。
分かってほしい気持ちはあっても見ないで欲しいのだ。私は同じ人間なんだ。私も一緒に何の気兼ねなく話をさせて欲しい。
トンネルを抜けた先も前も雪が降り積もる雪国で、ごくごく平凡な家庭に暑苦しい父と病弱な母の家庭の次女として生まれた。
お姉さんが居て、下に歳の離れた妹がいる。生まれた時から身体が弱かった。
弱かったという表現をすると幅が有るし、イメージが付かないと思うので、ハッキリと言うと私は生まれた時にはもう死にかけていた。
心臓の成長が遅く、動悸や血圧異常で常に気持ち悪い。肺の筋肉が少なくて息が吸えず、全身の筋肉量は3分の1しか無かった。血液の血小板が人より少なく血が出たら特別な薬が必要だから文字通り致命傷となり得るし、免疫機能もほとんど無いので風邪一つで命がけだった。
私は生まれた時に祝福の声をあげられるのではなく、祈りや神頼みに近い奇跡を望まれる人間だった。
完全無菌室で泣くこともせず、笑う事もせず、身体も動かない、適切な排泄も出来ない私に生きる価値はあるのか?
生きているのではなく生かされている。そうとしか思えなかった。
(既に周りからすすり泣く声が聞こえる。いつものように無視をして、続ける。)
自分の病気は当時は全く分からなかったが、今でも分からない状態らしい。
あまりにも悲惨な症状と前例の無さに担当医は私の日常を細かく記録し学会に発表したいと両親に話していた。
両親は泣きながら断っていた。
父は「あの子は医学の発展の為に生まれた訳ではない。そんなのはあんまりだ。なぁ先生」と言い母は「あの子は特別な人間じゃない。普通の女の子なんです」と言い医者がこれから先の不幸を失くすためだと慎重かつ語気を強めて語るが、両親の答えは常にNOだった。
この国には指定難病の数が300を超えているが、私の症状に当てはまるものは無かった。
それは私の命がいつ終わるのか、そしてこれから先もこの辛さが死ぬまで続く事を示していた。
2歳を迎える頃、私は相変わらず植物のように動く事も出来ず、この部屋から一度も出る事も出来ず、冬でも額に汗を溢れさせて生命維持装置や私の身体の面倒を見る医者達の姿があった。
動けない人間にとって危険な事の一つに
栄養状態が悪かったり、血流が悪い事が原因になる事が多いが、私にとってはさらに最悪だった。
体位変換と呼ばれる体の向きを変えたり、動かして血の巡りを良くする事を普通は2時間おきに繰り返すが、私の場合は1時間おきに繰り返す必要があったり、場合によっては更に早くする必要があった。
私の症状に前例がない理由は、症状が変わる事である。
そんな事が起こり得るのかと医者も気が気では無かっただろう。
ある日は身体を少しでも動かすことが出来るが、ある日は全く動かない上に異常に身体が腫れ上がったり、内臓の動きが悪くなり、尿が出ず、食物から栄養を取らずに吐き出すことを一日繰り返す。高熱が出たかと思うと、異常な程に体温が低下する。
何時間おきに心肺が停止し、懸命な措置によって生き返される。
かと思えば3歳を迎えた時に身体を微かにでも動かすことが出来るようになった。
医者は何度も経過を見るように家族を説得したが、家庭で一緒に暮らしたいと願っていた。
痛く苦しいながらもいつも僅かに動く目を動かし、ガラス張りの先に私を見る家族の目。あれが私のお父さんとお母さんなんだ。それにぬいぐるみを持った少女が一人。
どんな人達なんだろう。
病気の少女は部屋から出る事に成功した。
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