第16話 不運君⑪

一挙手一投足も見逃せないはずだった。


思わず母のように腰が抜け掛けたが、足を包丁で刺して何とか堪えた。


「その子は私がその人との間にできた子よ。だからお前の妹でもあるわ」


ゆっくりと立ち上がり、助けを求めるように懺悔を告白している。


聞きたくないが可能性は最初見た時から感じていた。だからこそ関心を向けないようにしていた。どうか関係のない連れ子であってくれと素知らぬ振りをした。


「母さんは・・・」「お母さん」同時に僕と少女が母に語り出す。


「お母さん助けて」


何だよそれ。僕が悪者なのか。そりゃそうか。ここに居る血の繋がった妹は僕の事を何も知らないのだろう。


僕は妹達が15歳になったら高校に行けるように、自分が働いて全部お金を出すつもりでいた。自分に望みが無いから、妹達の喜ぶ顔が見たかった。それだけで十分だと思えたからだ。


「この子は・・・この子が君の子なのか」


血に染まったスーツを払いながら、僕の顔を初めてみる。そして頷居く。


「よく似ているな。君に。激しさも衝動的な所も」


「勝手に分かった気になるなよ!」


僕は泣きそうな顔で


「僕の事なんか一つも知らないくせに、妹達の事も何も知らないくせに」


「すまなかった」


「何で謝ってるんだ」


「君達の気持ちを考えなかったからこそ今があるんだ」


「今すぐこの子を殺してやろうか」


スーツを直しながら


「君にそれは出来ないだろう。包丁がさっきの俺のように震えて、握っている感覚も無いんじゃないか?」


見透かされていた。包丁は妹の方にはもう向いていない。右手はもう言う事を聞いてくれない。


「今更、遅いんだよ。もう何もかも全部アンタのせいだ」


僕は今までこねれなかった駄々をしているのだろうか。ここに居る少女よりも幼い。


「ごめんなさい」


頭を下げた母が、一番見たくなかった光景が目の前にある。


お前が悪じゃなかったらどうなる。僕の生きる目的は。意味は。


「貴方達には本当に謝ってもどうしようもない事ばかりをしてきた。本当にごめんなさい」


「僕は、僕達は」


「お・・・兄ちゃん?」


不意に呼びかけられこの子の顔を見てしまった。


僕たち家族は皆、鼻が少し高い。妹にそっくりだった。


「あ、あぁ・・・」




僕は飛び出した。


耐えられなかった。


走った。走った。


取り敢えず動けなくなるまで走りたかった。


僕を見て人々は奇妙がっている。僕は気にも留めずに叫び出す。


今まで抑えていた感情が容赦なく僕を切りつける。僕は自分の腹にも包丁を突き立てる。


痛みと何か大切なモノが自分から無くなっていくのを感じながら全く動けなくなる感覚があった。今回はちゃんと死ねそうだ。


今まで何だかんだ生きていた自分に少しだけ期待していたのかもしれない。これから先はもしかしたら良い事が有るのかも、妹達にも幸せってやつがようやく訪れるんじゃないかって。今まで不幸だった分、これからは幸せが舞い降りるんじゃないのかって。


僕は同じ血を分けた妹に酷いトラウマを植え付けてしまった。僕も加害者なのだ。過ちを犯してしまった。


こんな汚い自分はもう死ぬしかない。死んで詫びるしかない。


ああそれにしても、人間は腹に包丁が刺さっただけで身体一つ動かせないんだな。

さようなら自分・・・さようなら〇・・・



映像がグラグラと揺れている。気持ち悪い。


多分これは夢なんだともう分かっている。前に自殺した時もこんな経験があったからだ。


夢の中は自分の気持ちを表しているのだろうか。


だとしたら我ながらこの夢は酷いものだ。


僕が妹達を包丁で刺し、母親と一緒に笑いながら過ごしている。潜在意識だとしても見たくは無かったし意識化もしたくなかった。


夢を見ているという事はまた死ねなかったんだな。今回は本当に死ねなかった事に後悔した。


白い部屋でまた目を覚ます。


そしてそこには母親の姿。同じ場所で同じような記憶。


嫌でも向き合わないといけない。話さないといけない。逃げ出す事もできない。本当に死ねたら良かったのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る