第17話 不運君ー終

「何で来たんだよ。」


こちらから話した。弱い自分はもう居ない。母に見せびらかしたいように。


「ごめんなさい。」


少し待って出た声が思い出させるような謝罪だった。


「もう関係ないだろ。お前は幸せを手にしたんだから過去の亡霊に付き合う必要はない」


ムキになる。


「ごめんなさい。」


「もう謝るなよ!謝ってほしい訳じゃないんだ」


「・・・」


「今更なんだよ。お前はいつも勝手だ。期待しても全部裏切る。期待したくもないのに」


ちらと見る。今にも死にそうな顔をして、宙を舞う埃を見つめている。


「僕が、僕達がどれだけ辛い思いをしたか」


「ええ。私が一番分かっているわ」


「じゃあ何故僕達を捨てたんだ!」


「捨てた訳じゃない。私は自分が化け物だって分かっている。ずっと前からこの身に染みている」


「話を逸らすなよ。化け物なのは知ってるんだよ。だから殺しに来たんだ」


怒りに我を忘れるのは初めてだった。


「私は弱い自分を許せた事は無い。力が無かった自分も、繰り返してしまう自分も」


「お前が過去に何が遭ったのかなんてどうでもいい。僕達はお前しか頼れないんだから」


「その通りね、、、私は弱い自分を許したかった。そして私がした事は許されない」


「そうだよ。僕達はお前を許さない。一生それを忘れずに生きていけ」


「そうね・・・目が覚めて良かったわ。私は戻るわ。」


「またそうやって逃げるのか。見たく無いモノを無いモノにするのか。」


「そうね・・・私はそうしないと生きていけないから・・・ごめんなさい」


母は蝸牛のようにのろのろと部屋から出ていく。背中には重い家庭がのしかかっているんだろうか。


「さよなら・・・」


か細い声でそう聞こえた気がした。


僕は再び眠りについた。ぐっすりと眠れた。


僕の初めての反抗心は最悪の結果を招く事になる。




2週間ほど病院に居た。その間は妹達が見舞いに来たり、祖母が好きな物を買って来たり、辞めた職場の人が来て話をしてくれた。


母は二度目は来なかった。


僕は初めて人に囲まれたので借りてきた猫の様に頷く事しか出来なかった。少しだけ嬉しかった。


母ともう一度話してみたいと思っていた。過去を知り、何を考え、何が好きなのか。


僕達はお互いに好きな食べ物も知らない。


もうすぐ退院出来る様だ。病院は僕のメンタル状態から精神的ケアもしてくれた様だが、僕は正常だ。そんなものは要らない。



嫌な予感が頭から離れない。母は最後に「さよなら」。と言っていた。


祖母が懺悔していた母と全く同じ顔で入ってくる。


「〇〇がお前の母さんが死んでしまった。」


何でそうなるんだ。結局向き合う事もせずに終わるのかよ。僕は独りよがりの監督が描いた最悪な映画のエンディングを見た後のようなどうしようもない気持ち悪さに吐いた。


これからの希望もちょっとした罪悪感も達成した虚しさも全部一緒に吐いた。


これからの事は思い出したくもない。


そして今ここに居る。




「これが僕の死ぬ理由です」


誰の顔も見ずに、ただ埃を見つめている男は一挙に話し終えると「ふぅ」と一度大きく息を吐いた。


大変だったね、なんて誰も口に出せない。本当に不運な男だし、周りにも恵まれなかった。


誰もが顔を落としている。下を向けば失くした顔が見つかるとでも思っているのかもしれない。


「ありがとうございました」


赤目が言う。


「あぁ」


不運な男が言う。


「貴方は本当に運が無かったのだと思います。欲しかったものが最初から与えてこられなかった。」


全員が同調している。


私は考えていた。倒れていた理由もそうだが、彼が殺人鬼なのか。


母を殺そうとした事や衝動的に生きる彼は誰かに殺してくれと言われたら殺してしまうような危うさがあった。


私が彼らに殺人鬼が居る事を話さなかったのには理由がある。


必ず捕まえたいのだその鬼を。


話を聞いていく内に鬼は分かるだろう。嘘を付いている奴が犯人なのだから。


此処には死にたい人が10人居る。(元々は11人だったが)死にたい気持ちが鏡を見るように分かってしまう。


僕達は常に死に囚われていて誰もが抜け出せずにもがいているからだ。


それとは異質なモノは必ず分かる。魂が違うのだ。


「ボクは貴方の選択を肯定します。今まで本当にお疲れ様でした。」


聞こえは良いが、これで良いのだろうか?いや良くはない。



「それで終わって良いのだろうか?」


私の一言を赤目が妖しく観察している。

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