第13話 不運君⑧
時が欠けていく。
僕は多分2回目の自殺未遂の時に何か大切なモノが壊れたのだろう。何も感じなくなっていた。感情も、時間も意味を持たない。気が付けば僕は15歳になっていた。
施設は15歳で高校生にならなかった場合に場所によっては家に戻される事が有る。
高校生になれば18歳まで居られるが此処にいる必要はない。
身体は大きく膨れたが、中身は限りくなく空虚で、死んでいる。
それでもずっと鍛え続けてきた。この身体は鉄で出来ている。血も通わぬただの人の形をした何か。
僕は迷わずに施設を出た。送別会があったはずだが何も覚えていない。
僕にはもう職員の顔も妹達の顔も人の形をした別の生き物にしか見えない。
母親はあれ以来一度も施設に面会に来ない。流石の母も失言だったと思う気持ちぐらいはあったのだろうか。
祖母の家に帰る事になった。
母は少し前から消息が掴めないと祖母が言っていた。僕は「そうですか」と文字を発した。
僕は祖母の家で暮らしながら、貯めてきた児童手当とお小遣いを使い探偵に母の行方を探してもらうように依頼した。
施設の外も社会のルールも知らないが、とりあえず働く事にした。
ペットボトルを成形する工場の求人があったのでそこに行くことにした。とても古い工場だった。オートメーション化されてもいない、手作業で一つずつペットボトルを作る。
そこだけ時間が止まっている様な今時珍しい場所には年季の入った男しか居なかった。
そこに15歳の新しい部品が入って来る。部品は違和感もなくただ回っている。
それを誰もおかしいとも思わず、ただペットボトルを作る。別に好きな訳でもないのに。
薄っぺらいプラスチックの大きな一枚に16個の容器が出来る場所がプリントされてあり、それを治具と呼ばれる、簡単に言えばプラスチックを毎回所定の位置にするストッパーの役目をしたモノの上に置いてプレス機を上から押すと熱によって容器の半分の形になる。
プレス機を上から下に押して成形するまでの間、少し時間がある為、空いた時間で容器の内側に霧吹きで何かの液体を吹きかける。
一日の仕事はこれだけ。これを7時間45分365日ただひたすらやっていた。
祖母はある日、僕の顔を見て急に泣き出した。
「何故泣くのですか?」
「お前は身体も大きくなったし、声も変わったし、敬語も話せるようになった」
「そうですね。大きくなりました」
感情の無い声が響く。
「仕事も真面目にやるし、無駄遣いもしない」
嗚咽の声が大きくなる。
「そうですね。他にやりたい事も欲しい物もありませんから」
黒く濁った眼が瞬きもせずに祖母の方を向いている。
「友達も、恋人も居ないし作ろうともしない」
「必要ありませんから」
「あたしはアンタが恐ろしいよ。ああ本当に恐ろしい。悲しむ事も笑う事も無い。お前は本当に生きているのかい?」
「生きています」
「恐ろしい、、、でもそれ以上に可哀そうだお前は。身体だけ成長して、心はずっと止まっている。お前は愛を知らないんだろう。だから人にどう接して良いかが分からない。お前がどう思って日々を生きようがここはお前の場所だ。いつまでも居てくれてもいいし、好きに出て行ってもいい。」
本心か分からないが追い出される訳では無さそうだ。
「ありがとうございます」
「ただ」
年の割に深い皺をさらに寄せて、今にも死にそうな声で続ける
「母を探すのはもう辞めなさい」
濁った眼に少しだけ光が戻る。
「それはできません」
身体が異常な程に震えている。何を考えているかは分からない。
「母はもう居ない。もし仮に会えたとしてもお前の人生には必ず破滅をもたらす事になる」
「それでもです。僕は会わないといけない。あの日の弱い自分はもう居ない。」
言葉に詰まっている。感情は無い訳では無かった。暗く冷たい青い炎が燃えている。
「会ってどうするんだい?」
震えは止まった。
「分かりませんか?殺すんです。間違った親鳥は殺さないといけない」
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