第12話 不運君⑦
先生は他の子供が暴れているのを止めに呼ばれた。
帰ってきた先生にはひっかき傷と噛み付かれた痕が生々しく残っている。
先生は何故こんな仕事を続けていけるのだろう。僕だったら嫌だ。
僕は先生に続きを話した。
味噌汁を零したら落ちたモノを全部食べないと何も食べさせてくれなかった事、言う事を聞かなかったら熱湯を掛け続けられたり、首輪をつけられ家の中の犬小屋に鎖で繋がれ、喋る事を許されずにドッグフードを食べさせられていた事。
たまに連れてくる男が僕を散々に罵っても一緒に笑っている事。
学校でお前は親が近くに居なくて良かったなと言われて悲しんだ事。施設は皆のお金を使っているから、お前は俺達のお陰で生きていられると笑われた事。
上の妹が辛い事が転々としている為に性格がおかしくなっていて
下の妹が母に会いたがって泣いている事・・・
幾らでも話したい事はあったし、先生の答えは僕の心を溶かして、本当に楽になった。
でも先生は居なくなってしまった。違う施設に行ってしまったのだ。先生は他の職員から評判が良くなかった。
子供達からの評判は最高だった。
いつもそうだ、いい先生から居なくなってしまう。
福祉司も学校の先生も僕が前と変わって、良く話してくれる事を喜んでいた。すべて先生の仕業だった。
僕の心はまた閉じていく。
答えが見つからない。それが真綿で締めるように僕の脳を少しずつ蝕んでいく。道が示されず、本当につまらない。
くだらない人間達とくだらないロボット達と暮らす最高にくだらない毎日。
母親が施設に面会に来た。下の妹だけを引き取りたいそうだ。僕と上の妹は家族じゃないのか。
良くそんな事を言いに来れたものだ。僕と妹を壊しに来たのか?
まだ幼い子供と一緒なら、まだ物心ついてない、自分がした事を覚えていないのなら新しい男と一緒に幸せの過程を築けると思ったのか。
妹はさんざんばら泣いて完全な人格障害を引き起こしていた。自分が誰かも分かっていない。
僕は何も感じなかった。期待すればする程に失敗に終わった時に苦しさも耐えがたいモノになると分かってからは悪い事ばかり想定していた。
気が付けば僕はまた死ぬ事ばかり考えていた。
どうすればなるべく苦しまずに死ねるのか、自分勝手に死ぬくせに痛いのは苦しいのは嫌だった。
施設の中は相変わらず監視が厳しい。
そもそも施設の中で死にたいとはその頃は思っても居なかった。ここで死んでも僕の心は浄化されない気がしたし、看取られたい人も居ない。
妹達に余計な傷も付けたくない。
もう外でしか死ねない、場所を選ぶ事は元々出来ない事実に思わず笑みが浮かぶ。
ふと交差点で走り出した。嫌な事から翔け出す様に、どこか違う場所に向かえるように。
髪の毛の左側が揺れているなと思った次の瞬間にはピストルの弾の様にくるくる回りながら吹き飛んでいた。
どこか遠くにそのまま飛んで行けると思える程高く舞い上がっていた。一緒に上がったランドセルは遥か空に逃げていく。
僕も一緒に連れて行ってくれ。
意識が遠のく・・・事も無く膝と肘を擦りむいた程度だった。車の運転手は怒号を散らしながらスピードを上げて走り出す。
この日の出来事は誰にも話していないし、僕には何も得られなかった。
死ねなかった事も、死ぬ気持ちを緩和する為の飴も与えられていない。ただ死ねなかっただけだ。
だが生きていた。何か意味はあるのかもしれない。でないと僕の人生は巣から落ちたけど、不運にも助かり、死ぬ事も出来ずに地面で来る事は無い親鳥を健気に待つ愛々しい雛になってしまう。
必ずお前は殺してやる。僕が自分を愛せないのは愛し方を教えてくれなかった母のせいだ。
そしてきっとこれから先も知らずに生きていくだろう。
ずっと辛いだけなのだ。或いは同じ痛みを持つ人が居てくれれば少しは紛れるのだろうか。今は復讐する事だけを糧に生きてやる。必ず、かの邪智暴虐の母を除かなければならぬと決意した。
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