第11話 不運君⑥
新しい施設は相変わらず地獄だった。
よりマシな地獄というだけで、ただ時間が過ぎるのを待っている。身体を大きくし、強くし、誰よりも強くなる必要があった。
一つだけ幸福な点がある。信頼できる職員が出来た事だった。
児童養護施設の職員は3つのタイプがある。それは、就業条件の資格が関係しているのかもしれない。
教員免許を持っている者、保育士の資格を持っている者、心理認定士の資格を持っている者だ。分かりやすい位にそれぞれの性格が違う。
教員タイプは厳しいが、より教育的な生活をこなさせる。社会で生きていく上で必要なルールを覚えさせてくれる。
保育タイプは本当に優しい人が多かった。ただ事勿れ主義の人が多い。良くも悪くも争い事は苦手なようだ。
そして心理タイプの人は本当に特殊だった。元々施設に心理士というのは存在する。いつでも入所者が相談できるように、そしてフラッシュバックする記憶や精神的障害に対してケアする為に。
僕は初めて、来たばかりの心理タイプの人間に惹かれた。陰のある人だった。変な人間だった。
僕は自分が良かれと思ってやった事も職員に怒られてからは見つからない様にやる事にしていた。
その先生に僕は見られてしまった。
僕は宿題もしていないのに外に出て、花に水をやっていた。僕はまずいと思いながら、その場を去ろうとする。
「花に水をやる時に君は何を思っているんだい」
この短い言葉に簡単に核心を突かれてしまった。
「こんな日陰じゃ日向の花達には敵わない。同じ花なのに場所が違うだけで人知れず枯れていくのは嫌だ」
「君はアイデンティティ・・・いや自分をしっかり持っているようだ。それは生きていく上で本当に大切なものだ」
こんな事は言われたことが無かった。
「宿題を今すぐやります。先生ごめんなさい」
僕は小さいながらに身に着けた処世術で便宜を図る。
先生は笑いながら「それも良いけど、先ずは自分の気持ちを優先させてもいいんだよ。宿題は後でもいい」
僕はまだ疑う。試しているのかが分からない。
「あれ?こんな所で何しているんですか?」
違う部屋の職員が訝し気に、そして確認するように先生に尋ねている。
手を繋いだ先にはこども園の年長くらいの両親が居ない孤独な女の子がこっちをじっと見ている。
「ああどうも。いえ僕が水やりをしているのをこの子は何をしているのかと思って付いて来ただけですよ」
職員は僕を見ている。僕から情報を得ようとしているのかもしれない。
「そちらは散歩ですか?○○ちゃん今日は先生と一緒で楽しかったかい?」
女の子はただ頭をこくんと頷いている。
「〇〇ちゃんは本当に可愛いねー」いい気になった職員が、先生と2、3話した後に去っていく。
「先生、何で嘘をついたの?」
「君がどういうつもりで水をやっているのか。それは簡単に広めるような話ではないし、知られたくないような事も有るだろう」
「そうなのかな。先生が嘘を付いてくれるといいなって思っていた」
「良かったな先生が人の気持ちを読める妖怪で」
「先生は妖怪なの?」
「これも内緒な?人間にバレると面倒臭いから」
「ははっ!何それ。バカみたい」
「ははっ!妖怪は流石に変か」
この人は人の気持ちを優先させる。
分かり切った道徳を頭ごなしに説き伏せる監視ロボットじゃない。
こんな人間もいるのか。僕は知らない事がまだまだ多いし、先生と話してみたくなった。
僕は先生と二人の時に自分の身の上の全てを話した。
「妹二人がうざいんだ。兄ちゃん。兄ちゃんって」
「どうしてそう思うんだい?」
「あの二人は僕にばっかり頼ってくる。殴られても僕は助けられない」
「そうか。辛いな。・・・今はそれでいい。人間なんて皆、好きな所や嫌いな所なんて幾らでもあるものだ。」
「お兄ちゃんなのにそれでいいの?」
「お兄ちゃんも同じ人間さ。しなければならない事など無いよ」
「そうなのかな」
「でも、好きな所もあるんだろ?」
「うん。ここに居る間は3人共本音を出さないけど、一緒に居る時は話すんだよ。上の妹は正義感が強い。下の妹は純粋だ。上の妹の部屋、、、まあここも全員おかしいやつしか居ないけど、先輩に理不尽な事をされた時に包丁を持って暴れたんだって」
「凄いな。それ程に譲れないものがあったんだろう。」
「うん。僕もそう思うよ。下の妹は僕の事が大好きなんだ。僕が母親代わりだったから」
「良かったな。料理を作るのも上手いに越したことはない。一人で暮らすと嫌でも作ることになる。そういう意味では他の小学生よりアドバンテージがあるよ」
「先生は僕にも嫌いな所あるの?」
「そりゃあ、あるよ朝に全然起きなくて俺が作った目玉焼きを食べてくれなかったり、歯磨きを適当にして口が臭かったりしたり、歯が虫歯だらけで抜けてったら女の子にモテないぞ。嫌だろ若いのに隣で上下合わせて3本しかなくて、レストランに行こうとしても肉も食べられません。野菜もめちゃくちゃ食べるの遅い。笑うと息が漏れてヒューヒュー鳴ってたら」
「それはずるいよ。僕だって嫌だよそれは・・・僕は無いな、先生の嫌いな所」
「それは嬉しいけど、先生は決して良い人間じゃないよ。完璧な人間なんて居ないさ。だから助け合って何とか生きている」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます