第10話 不運君⑤
間違っていたのか。雛はもう声を上げることもしない。
1つの命を壊してしまった。
それこそ自分のエゴで、助けられたはずの命を。
自然界の掟は幼い私には理解が出来ない。こんな場面は学校でも、絵本でも必ず最後に何かが助けに来るのだ。
それは体のいいストーリーで、そんな事は都合よく起きる筈が無いのだ。
その真理を理解するのにはあまりに心が切れる出来事だった。
僕は雛だったモノと隣の木で楽しそうに談笑している雛がもう同じ生き物に見えなくて、何故こんなに近くに居るのに助けもしないのかを理解できなかった。
<廃病院視点>
話を聞いている自殺志願者達は、興味本位で聞いていた事に後悔した。
人一人の人生がこれから終わろうとしているのだ。
そこには確かに得も言わぬ生々しさがあった。辛い事も、悲しい事も知りたい事も知りたくない事も同時に入ってくる。
それは僕達に虐待の恐ろしさと、人間の残酷さを再確認する、兜の緒を締めるような、武士の決意を想起させる。
確固たる意志を持って自分を殺すのだと、戦国時代の切腹も、もしかしたらこんな風に何かに憤怒しながら死んでいったのかかもしれない。この男は武士だ。
この男は無口で覇気も無いし、感情が無いのだと思っていた。だがそうではない、誰よりも崇高で純白な心を持ち合わせているのだ。
その眩い潔癖症は清濁併せ呑む事をどうしても出来ずに、心がどんどん擦り減ってその度に何とか形を成そうとしていた。
歪な形ではあるが僕には理解出来てしまう。この男は確かに絶望している、だがそれ以上にこの世の中に怒りに身を震わせているのだろう。
迫力に圧倒されている中、一人の女が「その雛鳥ってもしかして・・・」声は消え入る。
施設に帰る途中、焦った職員が僕を探していた。
間違いなく、職員会議にも朝礼にも挙がるような出来事だっただろう
。
僕は糾弾されるように問い詰められたし(僕は間違っていない)、部屋の先輩からは生意気な奴だと夜中に職員も分からない様に寝室で何度も殴られた。
それでも僕はあの雛が頭に住み込んでいた。
大人は皆言っていた。「命に違いはない。等しいものだ」と、僕は人を殺した。
嫌いだった母親の行動と同じ事をした。助けを求めても助ける事をせずに、僕はのうのうと違う親の下で餌を与えられている。
母親は3カ月を過ぎる頃には、少しずつ手が出るようになっていた。
最初は祖母が居ない所で、最後は居ようが居まいが、祖母さえも殴り倒していた。
僕は自分から福祉司に電話して、3人を親達から避難させる事を選んだ。
あの人は多分病気なんだ。情緒が不安定過ぎて、子供達が親に気を使っている。
或いは母もそういう人生を送ってきたのだろう。祖母も激しい人間だったから。
躾とはそういうものだと思い込んでいるのかもしれないが、その時感じた自分の気持ちに心を通わせるべきだ。
痛めつけられたものなら、尚更に誰よりも優しく在らねばならない。
弱い人間が、楽な方に逃げて、子供みたいな癇癪でより弱い者を挫く。
そんな事を一生続けていくつもりなのか?
一つだけ本当に危惧していた事が有った。
「いつか成るのさ。お前も私みたいな化け物に。お前達は私の子供だから」
そんな呪いの言葉が消えない。僕が、妹達が家庭を為したら同じ悲劇が繰り返されるのだろうか。
それだけは阻止しなければならない。僕が過ちを犯した場合は、自分を、妹たちが過ちを起こした場合は彼女らを僕は殺さなければならない。
この連鎖を終わらせなければ、間違えた親鳥は殺さなければならない。
その頃から僕は力で勝てるようになったら、親に復讐する事だけを考えていた。
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