第7話 不運君②
この世で一番大切なものはタイミングだろう。
だがこれは、学校では教えてくれないし、人に聞いてもバラバラで当てにならない。
結局、自分でタイミングを考えるが、今この場面の最善ではあるかもしれないが、最高では決してない。
だからこそ人は「あの時」や「その時」、「この時」に囚われる。
「僕から話そう」。不運な男は誰よりも早く口に出した。僕の気持ちはしっかりと死に傾いている。
なら僕が一番適任だろう。それに他の人の人生をちゃんと聞いた事が無い。
掲示板でも死にたいという言葉は聞いても何故死にたいかを皆、断片的にしか話さないからだ。興味は少しあった。
自分の生い立ちを整理する意味も含めて僕は自分が覚えている一番古い記憶から語る事にした。
****
僕は東京で生まれた。東京と言っても僕の住んでいる場所は畑や山があるような田舎っぽい所だった。
隣町にはある大物シンガーが上京して住んでいた事で有名だった。
誰もが知っているような人だよ。俳優もやってて、それでいて歌も上手い。イニシャルだけ伝えておくとM・Hさん。まあそれぐらいしか有名な所が無いね。
でも僕が住んで居る所は土地代が本当に安い所だった。
そこで僕は家族と暮らしていた。家族構成は父親が居なくて、母親が一人で頑張っていたんだと思う。何をしていたのか、仕事までは知らないけどね。
僕が長男で妹が二人いた。僕が小学生の時から思っていたのは母親らしい事をしてくれない人だった。
僕が洗濯をして、僕が妹二人のご飯を作り、下の子のおむつも変えていた。
子供ながらに思ったよ。何で小学生の僕が家事を全部して、学校に行って汚いおむつを替えて母親代わりをしないといけないのか?
母親は僕達に興味が無かったし、僕が長男だからという理由で僕に全てを任していた。僕だって遊びたいのにご飯を作ったり、掃除をしたり、果ては保護者印が必要なプリントでさえ僕が全部書いたよ。
もちろん上手く事が進む訳もない。家の中はぐちゃぐちゃだったし、洗濯も要領が分からないから変な匂いがしていた。
妹二人もいつも泣いていた。僕は妹二人が殺したい位に嫌いだった。僕だって泣いて解決したかった。
母親はたまに帰って来て、良く知らない男を連れてくる。その度に僕の名字が変わっていった。最終的に4回変わったよ。
母親は僕よりも下の妹だけを気にしていた。
それは上の妹も僕も理解していた。下の妹には僕達にしてこなかったようなスキンシップを取っているからだ。
それでも僕達は文句が言えなかった。母親は普段は優しいが、怒ると怖かった。躾というよりも暴走に近かった。
殴るのも一度ではない。何度も、何度も叩くのだ。僕は耳の鼓膜が破れるまで殴られた事がある。
上の妹には言う事を聞かなかっただけで、包丁を突き付けて脅していた。ただ側にいて欲しかったのと、下の妹にするようなスキンシップを求めただけなのに。
赤の他人の男の方が止めに来ていた。
そんな生活が続いていたが、最低限のお金は稼いでいたので学校には通えていた。
僕の家は近所でも有名なゴミ屋敷になっていたし、回覧板を回さない事で噂になっていた。
おかげさまで僕達は児童相談所や虐待防止センターに何度も通報され、最終的には民間の孤児院・・・今で言う児童養護施設に連れていかれた。
ここで民間の施設と言ったのは、児童養護施設には2つあって、僕達が最初に行った民間の児童養護施設とそこでは扱えないとされた問題児達が集まる社会福祉法人の児童養護施設の2つが有るからだ。
民間施設は本当に楽だった。僕は多大なる義務から解放され、親のネグレクトからも解放された。
妹2人も楽しそうにしていた。
僕は本当に無気力だった。小学生にして、何もしたくなかった。当時の職員は本当に大変だっただろうね、僕は朝も起きず、ご飯も食べず、勉強も何もしなかった。
妹2人は初めて自分を出せる場所に有頂天だった。
上の妹はままごとをしていて、子供役が愚図ったら本物の包丁で脅し、何度も殴った。下の妹は3歳になっても話すことが出来ず、ハイハイすらできなかったので言語障害と発達障害があった。僕達の普通は皆の普通ではない。
ご飯は素手で食べるし、歯磨きすらやったことが無い。親から習うであろう事は何一つ知らないからだ。
妹2人は男の職員との距離があまりにも近かった。
それは性の距離を知らないというのもあったが明らかに触れ合いを求めていた。
民間の施設は自分達の手に負えなかったり、他の入所者が安心できないと感じると施設内会議で社会福祉法人へと委託することになる。
僕達は直ぐに社会福祉法人に連れていかれた。その間に名字が変わっていたので違う父親がまた増えたと分かった。
社会福祉法人は本当に地獄だった。問題児達は怖い人しか居なかったし、自由の制限も多かった。
問題児も怖かったが、それよりも中の職員の方が怖かった。ここに来る人間はほぼ全員が何かしらの親からの虐待を受けている。
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