2章 1人目 虐待された母に復讐する男
第6話 不運君
自分の中に毒を持たない人はつまらない。毒を持たないということは、より一般化された個性であるし、そもそもそれは作られた個性で個性ともお世辞には言えないモノであり、一体何が楽しくてキレイな人間になろうとするのだろう。
完璧な人間などいないから、完璧という言葉が存在するのに、、、
今日の僕はラッキーだったのかもしれない。僕は今までに3回自殺未遂をしている。
今回で4回目の自殺は自分の中に諦念があればそのまま受け入れて死ねるかもしれない。
ここに居るメンバーの事は全くと言って良いほど知らない。いつものようにフラッと自分と同じように死にたい気持ちを抱えている人を探そうと、インターネットで掲示板を見ていた。
ここに居る人種は死にたい理由が異なるが、死ぬ事も出来ない自分に嫌気がさしながらも、自分が生きている証を残したくて、同じような人間を見て安心したくて、どうして良いか分からなくてここに吹き溜まっている人間達だ。
心が安定している人達が見たら、ここに居る人たちは可哀そうだと体裁の為に言うだろう。僕だってそうだった。
いつからか自分の人生が雁字搦めだなんて、自分で生きにくくしているくせに、何度も同じ問題を間違えるように失敗を繰り返す人生を送って、ただ歳を重ねた僕は理想の自分に辿り着けないまま、”くらくら”と落ちていく。
僕の人生史がもし臨終に貰えるなら、どれほどの絶望が重なっている事だろう。それくらいに僕は運が無い。
だからもう疲れた・・・起き上がりも小法師も八転びを超えると身体が壊れてもう起き上がれないよ。
だからこんな危ない集まりでも・・・もう何でも良かった。『ヒトの終着駅』というサイトを見つけた時はもう自分について縋ったり、希望を持つことをしないと決めていた。何も考えたくない。
ここに居るメンバーの名前は一人も知らない。中にはお互いについて話している人も居たが、僕はどうでも良かった。
今日終わるのだ。
「皆さん今日はお集り頂き誠に感謝致します」
赤目の女が唐突に喋ると皆の注目が集まる。
僕達は廃病院の4階(5階)に集まっている。死を連想させないような配慮は日本人らしさがある。
「ヒトの終着駅、、、サイトの管理人をやらせてもらっていたものです。私は・・・名前など此処では何の意味も持ちませんでしたね。適当に呼んでもらって結構です」
一室で円状にベッドを配置し、真ん中に空いたスペースで赤目が話している。赤目はバランスよく皆の顔を見ている。
まるでその人間を観察するように。
「ベッドの配置ありがとうございました。ここに10個のベッドが、ボク達の最後の睡眠を取る場所が設けられました」
全く大変な作業だった。何でただ死ぬだけなのにこんなに様式を気にしているのか?
そもそも病院の入口まではたくさん居たはずなのに今は6人しかいない。全く自殺志願者はやる気が無い。
赤目女がこちらを見ながら
「今、現在ここには私を含めて6人しか居ません。最後まで迷う時間や赦される時間は必要です」
見透かしたように話し掛けてくる。一人で死ねないような人間達の集まりだ、今更引き返そうとする人間も居るだろう。
道など無いのに。
「10個で良いのか?数を数えてはいないが、もっと居たように思えたが」
「ええ。10個で良いのですよ」
そう笑顔で赤目は返してくる。
「あれぇ?ウチ、やっちゃったかぁ」
全員の視線が扉に集まる。
「おしっこに行ってましたー 死ぬ間際に尿意を気にしながら死にたくないよね?」
まるで1個しかない間違い探しの様に、分かりやすい間違い。ここに似つかわしくない程に屈託のない気楽な笑顔だった。
「これで7人」
赤目が呟くと気楽女はベッドに飛び込んではしゃいでいる。
「病院のベッドってやっぱり弾まないよね」と呑気に隣の陰気女に一方的に話し掛けている。
陰気女は「あぅ・・・んん・・・」としどろもどろになっている。
気楽女の手にはどこで買ったのか500mlペットボトルの水を手にしている。
(水飲んだら結局尿意を催すだろう・・・何だコイツ)
「もうさっさと始めちまおう」
此処にはプロポーズにも使われるような綺麗な月光しかないので、瞬間的に光の明暗が異なる。
そう言いながら大柄の金髪が影から現れる。いつ入ってきたのかも分からない。
最初は暗がりで分からなかったが、スポットライトの様に照らされると、金髪が良く映えて、綺麗だった。しかし肩に何かを担いでいる。
人間だった。
全く動いていないように見える。
僕は反射的に身構えた。勝手な印象で申し訳ないが、僕は絶対に自分自身を金髪に染めようとは思わない。
僕は身長が170cmを超えているが、見上げる程にデカイこの男は少なくとも185cm以上は有りそうだ。それだけでも威圧的なのに、髪の色も、俺はお前らとは違うのだと威嚇している獅子に見える。
さっきの気楽女もそうだが、この男もこの場に居て違和感しかないのだ。とてもこれから自殺をするとは思えない。
ピリッと身動き出来ないような場の空気が流れている。時が止まる。
「うぐっふっ」
金髪の肩から鳴き声が聞こえた。
「もういい降ろしてよー!降ろして―」
「ちっ」
そう言いながら雑に金髪は男を落とす。
「あ!いたーい」
男は潰れたカエルが這いつくばっているのを連想させるように着地に失敗している。
「耳元でうるせぇんだよお前は」
「き、君が無理矢理連れてくるから、俺は抗議してたんだ。俺は悪くない」
着地に失敗した男は涙と鼻水で顔は泥やゴミだらけになっている。
「あんな所でピーチクパーチク泣いても仕方ねえだろうがよぉ。何しに来たんだお前は」
金髪はイライラを隠さずに噛みついている。
「だって・・・だって最後の時をこれから迎えるんだよ 不安にもなるじゃないか元々俺は病院が大嫌いだしそんな所で」
「言いたい事はそれで終わりか?俺がお前を殺してやろうか?」
何か言おうとした自分よりも早く目の前を何かが通った。後にはラベンダーの香りだけが残る。
ラベンダーは好きだ。寝れない時に愛用している。
「面白いやり取りですが、ここに集まった意味を考えて下さい」
金髪は何かを言いたそうにしているが赤目が耳元で「貴方はこの会がちゃんと終わらないと困るのでは?」
と告げると、金髪は、一瞬はっとしたが、近くにあったベッドを蹴飛ばしてその上に胡坐をかいて座っている。
「殺されるー助けてぇー」
まるで小説を書く際に簡単にキャラ付けしようとしたみたいにオーバーリアクション気味に、泣き叫んで背を向けて頭を抱えている。
「もう大丈夫です」
そう言い泣き虫を起こし抱えると
「ボクは貴方の選択を尊重します。私達は変わりたいと誰もが望んで要るくせに、変わらない日々に安心している臆病者達です。それでも貴方は泣きながらでも此処に参加してくれた。ボクは貴方に会えて嬉しいです」
泣き虫に同情するつもりは無かったが心が痛かった。赤目が言った事はその通りだから。
「俺は人よりも考えてしまうんだ。それに俺はパニック障害を抱えていて、それで」
「もう大丈夫です。それに皆さんも金髪さんをそう邪険にしないで下さい。本当に人を殺そうと思ったり、どうでもいいと思っている人は人に関ろうとはしないですから」
全員が金髪を見る。金髪はバツが悪そうにベッドを殴っている。
「実は集まって貰ってすぐに集団自殺しようとは考えてはないのですよ」
その言葉を聞いて何人かは安堵している。何人かは焦っている。
「此処に集まって貰った9人。同じ答えに行き着いた9人。ボクは自分が死ぬ最後の瞬間をちゃんと自覚して、納得して死にたい。そして貴方達はどんな理由で死のうとしているのかを知りたい。そうボクは知りたいのです」
「10人だ」
でかいたんこぶを抑えながらまた一人現れた。
赤目の目はより赤く煌めいた。
今回も俺は不運なのかもしれないな。簡単に死ねなさそうだ。
「何で・・・」。と誰かが不意に漏らし、スマートフォンを落とした。
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