第4話 建物内へ
天気予報は見たことが無い。当たっても当たらなくても自分にはどうでも良いからだ。日が当たっていても、日が当たらなくても、雨が降っていても、何も変わらないと思ってしまう。
このどこまでも卑屈な表現を辞め、日が当たることを幸せだと思える多幸感があれば、どんな小さな事にも幸せを感じることが出来れば、私の人生は同じ空を見ても全く違う言葉が出てきただろうに・・・
先頭を走っていた赤目と金髪は何も言わずに建物の中に入る。私は後ろから志願者達を観察してみた。
辺りには息を整えようとしている人やスマートフォンをいじっている人、身体中の汗を拭いている人、仲良く話している人、おえっと嘔吐している人もいる。
他には表情一つ変えない人や今にも死にそうな苦しそうな人、何ともないと強がっている人がいる。
集団の顔を今初めて見たが、思っていた以上に人が居て驚いた。
自分を除いてちょうど10人、男女比も5:5でバランスが良い。いや自分を入れたら男が一人多くなるな。
そういう意味でも自分は異分子で人によっては自分の存在は気持ちが悪いと思われているだろう。私に対して話しかけようとしてくる人は誰も居ない。
さっきまでは晴れだったのに、狐の嫁入りの様ににわか雨が降りだすと、どんどん雨脚が強くなっていく。
建物に一人、また一人と入っていく。
先程から彼らはコミュニケーションを取っていないように思えるが、一つに纏まっている。
超個体と言う言葉が頭に浮かぶ。それは各個人は全く違う人間であるのに、同じ目的のために一つの個体であるかのように行動が出来るという事である。
この場合は、自殺の目的の為に、人に居ない所を見つけ、素早く中に入り、一緒に死ねる場所をコミュニケーション無しで探すことだろう。
超個体はハチやアリ等が例に挙げられることが多く、女王バチの様な特殊なフェロモンとでも言うのだろうか?
より強い個体に惹かれた者たちが、ただひと時の寵愛を賜る為だけに、死をも厭わない献身的な歓喜の労働に震えている。
この場合の女王バチは多分赤目の女なのだろうと予測がつく。ただゆらゆらと浮かんでいる魂達が、ギラギラと燃える大きな炎に近づきたい、または焼べる事で少しでも役に立ったのだと思い込みたいのだろう。
ハチに例えてはみたが、ヒトだって変わらない。
より偉い人に従順に不平等を受け入れて、何かの為に、その何かを理解してる人は全体の5割もいないと思うが、若しくはその何かを得るために身体を奮わせている。
少なくとも自分は未だに分かっていない。自分の人生の目標も、大切な物の為に自分の命を捧げられるような敬虔な気持ちも・・・本当にそんな人間がいるのだろうか?
まるでドラマのような恋、戦いのシチュエーション、逆転劇、命よりも大切な事、そんなモノがほとんどない空虚な世界で目を背けずに、それでいて腐らずに働くという苦痛をちゃんと仕事として受け入れている人を。
言うまでもないが、私は努力した。誇張せずに2倍以上は練習していた。結婚もしていたし、その妻を生きる目標にしようと何度も心に刻み込んだ。
無理やりにでもそれが真実になるように、ただ駄目なのだ。私は、私は、、、
心を一度切り離す。これ以上考えることは身体が反射的に拒絶していた。右手の甲からは血が流れている。
目の前には動かなくなった人間が倒れている。頭が割れるように痛み、目の前が真っ暗になる。
私は重なるように倒れこむ。消えゆく意識の中、懐かしい声が聞こえた気がした。
私の中に厳重に封印された扉がある。
人は辛すぎたり悲し過ぎる過去があると、自分の記憶を改竄し少しでも認知を歪めて、心が耐えられるレベルまでに下げたいのだ。
私は過去に、、、何人も殺している。なのに何故か記憶が抜けている。すぐそこに自分が望む答えがあるはずなのに。
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