第3話 自殺現場へ
一体どこまで行くというのだろうか?
先ほどの騒動が起きた事は連中にとっても想定外だったと思うので、異常な程の駆け足で移動が為されている。
それにしてもいつに時代になっても使われ、自分が使うことはないと思っていた、
”今時の若い世代は”という言葉を贈りたい。
微かに人と違う行動を起こしただけで、忽ちに小さなマスコミが彼方此方に現れ、異端審問官に掛けられる魔女のような気分にさせられる。
スマートフォンの普及は人類に利便さの隆盛を極めたと言っても良いだろうが、同時にまるで一昔前のナチスの様にお互いを監視する世界が遂に完成形を成したとみて良いだろう。
許可も取らずに写真や動画をSNSに上げられ、一方的に悪者にされている。
自分を正義のヒーローだと勘違いしているのだろうか?
旧大日本帝国の様な間違ったヒロイズムが繰り返されているようで、ただただ気持ちが悪い。
その一方で心配しているであろう人達は恐らく110番に掛けているのだろう。
連中が本当に自分達自身の殺害予告を実行するテロリストならば本来の計画よりも急いで行動しなければ、止められてしまう事だろう。
今更ながら学生達の集団だと思っていたが、よく観察すると年代はバラバラなようだ。
何処かの掲示板などで募ったのだろう。
大体の掲示板は健康者が自分よりも報われない人達を見て安心するための、偽の集団自殺願望をつらつらと書いているだけだ。
或いは人と違う感性を持つ自分に酔っているのだろうか?
生き急いでいる様な行軍は人をふるい落としに掛けている。
目の前で少し丸みを帯びたシルエットの学生が倒れている。
前を行く人は後ろを一目見るが、何も言わずに上官の後ろをついて行く。
何か言えるような立場でも無いのだろうし、そもそも自分がついて行くのに必死なのだろう。
或いは自分が人を救えるだけの何かを持っていない事を自覚しているのだろうか?
「おえっ!」丸みを帯びた男は嘔吐いている。
後ろから背中を摩りながら「大丈夫か?」と尋ねる。
ビクッと男は一瞬、跳ねるとこちらも見ずに答える。
「ありがとう、、、大丈夫、、、やっと終われるんだ。こんなのは苦しくないよ」
そう言いながらも足は軽く痙攣を起こしている。
「君も死にたいのか?」
そんなつもりを出そうとは思わなかったが同情の声を含んでいた。
「ここに居るのはそんな人しか居ないよ。そういうサイトがあるんだ。僕はずっと待っていたんだ今日という日をだから」
そう言うと足を痙攣させながらも立ち上がり走り出す。
「僕は遅れてもいいから行くよ。いつもそうだったから。貴方もせっかくのチャンスを無駄にしないで。僕に構わないで」
逡巡した後、声を掛けるのを辞めた。
もし良かったら話を聞くよ、なんて言葉は自殺志願者に何の意味も持たない。
彼にとっての希望は今は同じような志を持った仲間たちの言葉だ。私が同情しても彼にとっては辛い過去が戻ってくるだけだ。
「とりあえず前に追いつこう」そう言い終えると丸みを帯びた男はこちらを見て少し笑った。
かに見えた。
一瞬の変化なので分からなかったが、こちらの顔を見て、嫌なものを見たような顔をして大きな体を弾ませながら逃げていく。
私は狐につままれたように呆然としていたが意識を狐から奪い取り、見失わないように後をつける。
考えてみれば私のせいでこの行軍は始まっているのだ。彼にとっては憎しみの対象である。
更には「俺はただ自分の存在が最初から無かったかのようにただ消えたいだけなのか」という気味が悪い言葉が彼には関わりたくない人間だと思われても仕方がない。
彼は振り返って初めて顔を見たときに、(うわ!コイツかよ!追いかけてきたのか!)と思ったに違いない。
更に言えば私は止めようとしている人間であるから、彼にとっての絶好のチャンスを潰す人間だと思われているのだろう。
「俺はただ自分の存在が最初から無かったかのようにただ消えたいだけなのか」その言葉を思い出したせいで、私の心は暴れ、私の体を悶えさせる。
いつものように体に爪を立て、血が出るまで押し込む。
昔、私の事を知った気になった先生が
「君は自分は駄目な人間だから罰せられなければならないと思い自分を傷つけているのかもしれない。自己肯定感が低いからね。今までちゃんと自傷行為をする意味を考えなかっただろう?はっきり言って罰する事も罰せられ事も人間には出来ないんだよ。誰も正しくは無いのだから。だからその行為は自分を罰するのではなく、ただ傷を付けているだけだ。」と言っていた。
人の気持ちは理解できない。私が自分を傷つけていたのは、自分みたいな人間なんかという、人様の前に立てられる訳ないという気持ちは確かにある。
でもそれ以上に、良い事も、悪い事も最終的に何かより強い感情に塗りつぶされて
違う感情の中に混ざっていくのだ。
良い事にはより気持ち良い記憶に!悪い事にはより辛い記憶に!だからより強い感情や痛みを与え、気持ちを曖昧な物にすることで生きていけるのだ。
全てを正しく記憶する様な能力があればそれ以上の地獄はない。
余計な事を考えすぎた。今度こそは成し遂げて見せる。
・・・自分は何かを大切なことを忘れているように思える。何を?
もう一度爪を立てると記憶を曖昧にし、遅れを取り戻すために、全力で走り出す。
全力で走ることは気持ちが良い。余計な不安を置き去りにして学生達を視界に捉える。
目的地についたのだろうか?
そこはかって病院だったものなのだろう。
それにしても、自殺するために必死に追いかけて、最後の時を病院で迎えるのはこの上ない皮肉だと思えた。
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