第14話 筋肉
「うぅ。体中が痛い……それと頭も……」
山での修行二日目。
ルナちゃんがヒナと契約を結んだ昨日から一夜明け、朝ご飯を食べた僕達は早速二日目の訓練に移ろうとしていた。
「筋肉痛みたいなものだよ。昨日は身体が魔力を吸収した傍からすぐに使っていたからね。身体中の細胞が悲鳴を上げてるんだ。頭は……僕も知らないけど」
昨日お酒を飲むなり突然眠り込んでしまったルナちゃんだったが、今日は元気よく起きてきた。
しかし……どうやらお酒を飲んだ記憶が無いらしい。
僕らが昨日の話をしても嘘だと断じて信じようとせず、むしろきっとあたしはお酒に強いと朝っぱらからお酒を飲もうとし始める始末。
だから僕達は昨日の話をするのをやめた。
またお酒を飲んで倒れられても困るからね。
「悲鳴を上げてるなら……今日は休み?」
「そんなはずないだろう? 大丈夫。むしろその痛みは身体が魔法を使いまくっても大丈夫なように成長している証だよ」
体中の痛みに関しては、僕も昔よく悩まされた。
身体を動かす時と魔力を使う時は少し辛いが、まぁじきに慣れる。
むしろその痛みを当たり前のモノとして受け入れられるくらい努力しなければ、
ルナちゃんには是非この成長痛を快感と思えるくらい貪欲に成長を望んで欲しいものだ。
「シャキッとしなさい、シャキッと! 訓練はここからが本番なんだからね?」
「ルナちゃん頑張って~。あ、それはそうと、風の魔力食べさせてもらっても良いかしら~?」
フーコとヒナが心配そうにルナちゃんの身体をぺたぺた触るがあれはあれで痛そう。
にしてもヒナ。痛いって言ってるのに、それでも尚魔力を要求するとはなかなか図太いな。
僕はそんな三人を眺めながら、パチンと手を叩き言った。
「ルナとヒナの連携は昨日の時点で既に及第点だ。という訳で、今日は別メニューを行う。ヒナはフーコを指導員として、単独で魔法を発動する特訓。ルナは僕の下で座学だ!」
~~~~~~
「まず最初に聞いておきたいんだけど、ルナ。自分の魔力量が少しだけ上がっているのに気付いてる?」
「え? そうなの?」
僕とルナちゃんは二人地面に座り、向かい合って話をしていた。
ルナちゃんは恐らく、最初に理屈を叩きこんでから実践に入った方が呑み込みが早いタイプだ。
だからまずは簡単な座学で魔法理論を頭に叩き込む。
「大気中に薄く漂う魔力。それを吸収することで人の体内魔力は回復する。ここまではいいね?」
「うん。学校でもそう教えられてるし、基礎中の基礎だからあたしも覚えてる」
「問題はここからだ。人によって貯蓄できる魔力量は大きく異なるけど、多少はそれも変動する。さて、どうやって僕はルナの魔力量を向上させたと思う?」
僕の問いを受け、ルナちゃんは顎に手をあて考える。
「うーーん……改造手術?」
「僕がいつ君を改造したんだよ……」
「もしや、あたしの飲み物にイケナイ薬でも混ぜ込んで……?」
「そんな危なそうな薬を教え子に飲ませるわけないだろ?」
精霊二人に続いてルナちゃんまでそんな事を言うのか。
もう少し僕を信用してもらいたい。
昨日、美少女と同じ部屋で寝たのに、一切手を出さなかった紳士だぞ?
「それもそうか。先生ならそんな薬を入れるくらいだったら、媚薬とか睡眠薬でも飲ませるはずだしね」
「一体この教え子は先生の事を何だと思ってるんだ……」
まだまだ子供の癖に、耳年増が過ぎるよ。
心の中で弁明させてもらうと、僕はちゃんと了承済みのノーマルなシチュエーションが好みなのだ。間違ってもそんな無理矢理な展開は求めていない。
エロというのは、女の子の恥じらいがあって初めて本物のエロとして成り立つのである。
だから僕は、そんな嗜虐心や征服欲を性欲と履き違えたようなアブノーマルをエロとは認めない。
充分時間を取り、ルナちゃんが答えに辿り着けそうも無い事を確認した僕は答えを口にする。
「はい時間切れ。正解は、筋肉量の減少だ」
「筋肉量の減少?」
「魔力は人の細胞一つ一つに少しずつ溜まっていくものなんだ。でも、筋肉は脂肪に比べてその貯められる魔力量が極端に少ない。さらに魔力の循環を阻害する働きもあるから害ですらある」
「初耳なんだけど……。それも上級貴族が秘匿している情報?」
「そうだよ」
「そうだよ、じゃないそうだよじゃ! 当たり前みたいな顔してあたしにそんな情報を教えるなぁー!」
今更だと思うけどね。
普通は少しでも知ってしまったら処刑なのだ。
ならば、いっそのこと全てを知って強くなった方がお得である。
「魔法使いにとって筋肉は邪魔でしかない。だからこそ、筋肉の付きやすい男は魔法使いに不向きとされているんだ」
この世界において、魔法と剣の両立は不可能というのが常識である。
その理由がこれ。
剣士として強くなるには肉体を鍛え上げる必要があるが、そうすると体内魔力が減って魔力の巡りも悪くなる。これでは魔法使いとして大成するのは困難だ。
その逆もまた然り。
だからこそ、ほとんどの男は魔法を諦め剣士となり、ほとんどの女は剣を諦め魔法使いとなる。
上手い具合に役割が分かれているのだ。
勿論、僕みたいに真逆の道を選択する者も中にはいるけどね。
「そうだったんだ。それであたし、入学してから成績が落ちていったのかな」
「だと思うよ? 強くなろうとトレーニングを頑張っていたんだと思うけど、魔法使いとしては逆効果だ」
恐らく入学試験の時は筋トレをしていなかったのだろう。だからこそ、ちゃんと実力を発揮できてAクラスに配属された。
でも入学して多少筋肉を付けたことで、体内魔力量が減少し成績もそれに連動するように落ちていったのだ。
元来ルナちゃんの魔力はかなり少ない。そのことが影響して、筋トレのマイナス効果が大きく現れてしまったのだろう。
「先生、細胞に魔力が貯まるってことはもしかして太った方が良いの?」
「いやそうでもない。脂肪もありすぎると、体内魔力を引き出すのに手間取るようになるからね。理想は標準的な体型だ」
「そうなんだ」
魔法学校の訓練場を使ったここ一週間の訓練は、筋肉を落としたことにより変化していく体内魔力に慣れさせるためのものだったのだ。
体内魔力の急激な変化にもある程度慣れておかないと、魔法の制御を誤ったり誤爆したりする恐れがあるからね。
と、そこで僕はある事を思い出した。
来週のテストに向けて万全を期すため、これは言っておいた方が良いだろう。
「そう言えばルナ。君最近痩せて来てるよ? バストとウエストが一センチずつとヒップが二センチ。筋肉量が減ってるのは素晴らしいけど、魔法使いとしては今が理想的な体型なん――――」
ドスンッ
僕が言葉を言い終わる前に、ルナちゃんは僕のお腹にそれはもう美しい正拳突きを決めた。
ぼ、僕が多少とは言えダメージを受けただと……!?
ルナちゃんは顔を真っ赤にしながらぷるぷると震え、そして口を開く。
「なんでそんな詳細なデータを知ってるの!?」
「ほら、よく近距離戦の練習で組手やるだろ? あの時にこっそりと<身体測定>の魔法を流してたんだ。勿論、ルナにバレないよう細心の注意を払ってね」
「無駄に高い高等技術をそんな事に使うなぁー!」
無駄とは失礼な。
こうして教え子の成長ぶりを具体的な数字で確かめられるのは家庭教師として非常に有用な事なんだよ?
この魔法を使わなかったら、ルナちゃんが魔法使いとして禁忌である筋トレをしている事にも気付けなかった訳だし。
それに――――
「もう少し食べないと、胸の方にまで栄養がいかないよ?」
僕のその言葉を聞き、ルナちゃんは自身の胸を抱くように腕を組み隠す。
そして少し頬を赤らめながら呟く。
「せ、先生の、バカァ……!」
僕は本日二発目の正拳突きをくらった。
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