第13話 酒盛り
訓練が終わり、夕食も食べ終えた深夜。
僕とフーコの二人は、こっそり酒盛りを楽しもうとしていた。
「ふっふっふ。これからは大人の時間だよ」
「さっすがワタシのご主人様ね! ちゃんとお酒を持ってきていただなんて!」
こうして人里離れた自然溢れる空間にやって来ると、何故だが無性にお酒が飲みたくなる。
僕もフーコもお酒好きという訳ではないが、こういった時はいつも二人でお酒を楽しむのが常だ。
リュックの中からお酒の入った瓶とおつまみを取り出す。
ルナとヒナの契約儀式に使ったお酒も高かったが、これもなかなかに悪くないお酒である。
おつまみはフーコの大好きなチーズ。
訓練に疲れたルナちゃんは夕食を食べるなりすぐに寝てしまったし、その相棒であるヒナも一緒に布団の中。
もはや僕達のお楽しみを邪魔する者などどこにもいない!
「ご主人様早く早く! ワタシのおちょこにお酒を注いで頂戴!」
「分かってるって。……明日も訓練なんだから二日酔いにはならないでよ?」
僕はフーコ用に持ってきた小さなおちょこにお酒を注ぐ。
そしてチーズを小指の爪くらいのサイズに切り落とし、そのおちょこの隣りの皿に置く。
「大丈夫よ! もし二日酔いになっても、一旦実体化を解けば完全回復するから!」
「何その裏技! 僕初耳だよ!?」
「あれ? 言ってなかったっけ? まぁいいじゃん! うぅ~、美味しい~!!」
フーコはおちょこに入ったお酒を一気に飲み干し、満足気だ。
いつも思うけど、飲んでる量と身体のサイズが噛み合ってないと思うんだよね。絶対に胃袋の大きさ以上のお酒を飲んでるよ。物理法則を完全に無視している。
たった今知った衝撃の裏技と言い、やはり精霊は人間と身体の仕組みからしてまるで違うらしい。
果たして彼女の飲んだお酒はどこに消えているのか。
「あれ、このチーズ。普段買ってるどのお店のやつでもないでしょ? これはもしや……キトン商店の?」
「なんで分かるんだよ! 怖いよ!! プロでも食べて分かるのは生産地だからね? どうやって販売店を見抜いたのさ!」
買い物に行く時もいつも一緒に居るとは言え、僕はフーコのためにしょっちゅう色んな店でチーズを買っているのだ。
これがどの店で買ったチーズかなんて分かるはずがない。
やれやれ、フーコのチーズ好きも筋金入りだな。……これをチーズ好きと一括りにしてもいいのかは少し疑問だが。
「あー! 先生お酒飲んでる!!」
「本当ね~。わたし達に黙ってるなんて、酷いわ~!」
何故この二人がここに!?
酒盛りを始める前に、二人がちゃんと眠っているのは確認してきたのに!
「ルナもヒナも寝ていたはずじゃ……?」
「たまたまトイレに起きたの。そしたら先生とフーコ先輩が楽しそうにしてる声が聞こえて来て……」
「あれ? じゃあヒナは何で起きてるの? 精霊はトイレ行かないよね?」
精霊は、願望だとか幻想だとかではなく、本当にトイレへ行かない。
僕もフーコに最初にそう言われた時はそんなまさかと半信半疑だったが、一緒に暮らしてみてそれが真実であると実感した。
奴らは食べるし飲むが、出さない。
本当に不思議な生き物だ。
「それは~、ルナちゃんが一人でトイレに行くのが怖い~って言うから~」
「ちょっヒナ! しー、しーー」
必死になって口止めしようとするが、もう手遅れだ。
僕もフーコもルナちゃんが一人でトイレに行けない子だと知ってしまった。
そうか、ルナちゃんは意外と怖がりなのか。
「コホン。という事で、あたしも混ぜてもらうからね先生。あたしもお酒飲んでみたかったんだ♪」
「わたしも飲んでみたい~」
ちくしょう、こうなるって分かっていたから二人には内緒にしていたのに。
山を登るという関係上、今回僕はそこまで多くのお酒とおつまみを持ってきていない。
人数が増えたらすぐにそれが無くなってしまうだろう。
「ルナ。明日も訓練だけど、お酒なんて飲んで大丈夫?」
僕は自分とフーコの事を棚に上げ、ルナに訊ねる。
「だ、大丈夫なんじゃない? 知らないけど……」
帝国において成人とは、十五才以上の者を指す。
お酒を飲めるようになるのもその年齢だ。
だからキッチリ十五歳であるルナちゃんはお酒を飲んでも何ら問題無いが、せっかくの山修行を二日酔いで無駄にされても困る。
どうやらお酒を飲んだことが無いらしいし、初めてのお酒を味わうのは帝都に帰ってからにしてくれないかな。
「新入り! お酒は新入りみたいなおこちゃまじゃ、美味しくないと思うよ? 今日は素直に寝ておいた方が良いって!」
フーコも自分の飲む酒とチーズを死守するために必死だ。
何とかしてルナちゃんを酒から遠ざけようとする。
「おこちゃまじゃないもん。あたしだってお酒飲めるんだから!」
「「「あっ」」」
しかし説得の甲斐もむなしく、ルナちゃんは僕のコップを手に取りそれを一気に飲み干した。
ぼ、僕のお酒が……。
「ふぅーん? なんか、変な味? でも思ったよりもアルコールってキツくなー―」
バタン
「「「ルナ(ちゃん・新入り)ーーーッ!!」」」
ルナちゃんは笑顔を張り付かせたまま、後ろ向きに突然倒れた。
ヒナとルナは驚くと同時に一目散にルナちゃんの所に飛んで行き、容体を確かめる。
「先生さん、もしやあなた……盛りました~?」
「盛ってないよ!」
ヒナが僕を凄く疑わしい目で見てくるが、僕はお酒に何も混ぜ込んだりしていない。
そもそも、そのお酒は僕が飲む予定だったのだ。
ルナちゃんがそれを手に取り、よもや一気飲みをするなど思いもよらなかった。
「ご主人様、遂に、やっちゃったのね……!」
「遂にって何、遂にって!? 前々から疑われてたの僕!?」
まさか相棒であるフーコにまで盛っちゃってもおかしくないと思われていたとは……。
結構ショックだ。
「大丈夫だからね、ご主人様! たとえ監獄行きになっても、ワタシが付いて行ってあげるから!」
凄い、まるで僕の無実を信じていない。
既に監獄に行った後の心配をし始めてるぞ、この精霊。
「……あ、ルナちゃんただ眠ってるだけだったわ~」
するとルナちゃんの身体を触りながら色々調べていたヒナがホッと安堵しながらそう言う。
未だかつて立ったまま眠り、そして倒れ込んでも起きない人間には出会ったことが無かったが……人って立ちながらでも眠れるんだね。
もしかしたら訓練で疲れきっていた所にアルコールを摂取したからそれで眠っちゃったのかもしれない。
だが無事なら良かった。安心したよ。
僕は一安心してため息を吐く。
そして視線をフーコに向けた。
よくもまぁ僕を犯罪者扱いしてくれたね。
フーコはだらだらと冷や汗を流しながら白々しく口を開いた。
「ワ、ワタシは信じてたよご主人様!」
僕はおつまみとして持って来たチーズを全て一人で食べた。
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