第109話 帝国軍 vs 奴隷軍団
執務室の椅子に座り、机の上に置かれた書類を皇帝カルロ2世は眺めた。
既に処理方法は決めていたが、今更こんな上奏をしてくるのか?
愚か者どもめ!
もっと早くこのような動きをすれば多くの命が救えたものを!
そこで皇帝は俯いた。
世も同じだ。
結局ランポと言う愚か者を野放しにした。
ロードリー3世を死なせロードリー公爵領が滅んでから、事ある毎に皇帝は自責の念に駆られた。
ふと前を向いた。
いや、元公爵領の隠密から言われたでは無いか。
今は下を向く時では無い。
これ以上ランポを放置すれば帝国は崩壊すると。
皇帝は書類を手に取ると内容を読み出した。
トンタテイーノは元老院の緊急会合が開かれてから数日後、初めて事態を知った。
これは一体何事?
何故このような事に?
いや・・・ランポ伯爵か!
してやられた!
不味いどうする?
帝都屋敷からの早飛竜で、奴隷兵を放置して掠奪をさせてしまった事が問題になったと知り、すぐにでも申し開きに行こうとした。
しかし、家臣達に止められた。
「領主様!行ってはなりません!ランポ伯爵の思うツボです!」
「領主様!」
「領主様!」
「領主様!」
「ええいお前たち!今行かずにいつ釈明に赴けと言うのか!そこを退け!」
「退きませぬ!行かれてはダメです!」
「領主様!」
「領主様!」
「領主様!」
家臣達は必死に止めた。
実は本気で領主の事を思って引き留めているのでは無いのだ。
トンタテイーノが逃亡して、自分達を見捨てるのでは無いかと恐れているのだ。
家臣達は代々侯爵家に仕えた家の者達であったが、代が変わるにつれ、甘い汁を吸うだけの存在に成り下がっていた。
それでも中にはほんの僅かに先祖の名にかけて家臣としての矜持を持っていた者はいたが、殆どの家臣は腐った小根を持っていた。
元老院の多くの日和見主義者達と同じなのだ。
更に公爵領屋敷襲撃事件の前までは侯爵領は豊かであったが、襲撃事件で多くの金を使い、またランポからの言いがかりに近い要求でこれまた多くの金を支出したため、財政は火の車だった。
何しろ、千人ほどの領地騎士団すら再建出来ない程に困窮しているのだ。
事態を更に悪化させてしまっているのが役立たずの多くの家臣だ。
彼らは人目も憚らず高額な贈り物をあちこちに送り、そしてその多くは侯爵領の物を横流しする事で得た利益から行ったもので、財政の悪化に拍車をかけていた。
領主も領主なら家臣も家臣である。
ランポに狙われずとも早晩領地は破綻の道を辿っていた。
どうしたらいい?
かと言って妙案は無い。
釈明に赴こうとすると家臣に止められる始末。
前にも後ろにも行けない。
そんな時、思いついた事があった。
そうだ、奴隷兵の指揮権はランポの直接命令がない場合は自分にあると、早飛竜の報告にあったっけ?
小心者日和見主義者の筆頭は、俗物の安易な策に走った。
「お前たち!奴隷兵に命じよ!掠奪を止めるようにと!またランポの命令がない時は世に従えと!」
「・・・・・」
「どうした?」
「命令は聞きませぬよ、領主様。」
「な、何故だ?」
「昨日ランポ伯爵殿から命令権の剥奪の通知がありました。そして掠奪は止まっています。」
「!!!」
トンタテイーノは自らの愚かさを家臣に示してしまった。
それから一週間後。
エスパード侯爵はトンタテイーノ侯爵領を占拠するために帝国軍を率いて、トンタテイーノ領へ向かった。
エスパードは何とも言えない皮肉を感じていた。
以前はランポの監視役のような役割と難民引き取りの為にロードリー公爵領へ出撃し、今回はトンタテイーノを捕らえるために出撃する。
ランポは滅茶苦茶な理屈でロードリー公爵領へ奴隷兵を送ったが、今回は自分が皇帝の正式な命令で同じような事をしに行く。
しかもかつて手を取ってしまった愚か者を。
気が乗らないまま進軍していると、偵察に出した早飛竜が戻って来た。
「軍団長大変です!」
「どうした?」
「街が!トンタテイーノ侯爵領の城下街が燃えています!」
「なんだと!?」
エスパードは直ぐに全軍へ命令を下した。
「全軍全速でトンタテイーノ侯爵領へ向かえ!飛竜隊と飛竜艇艦隊は先行しろ!自分も飛竜艇で先行する!」
今回は公爵領の時と違い、飛竜艇はそれ程多く連れて来なかった。
それでも100隻程の飛竜艇を引き連れていた。
相手が公爵領の騎士団ではない事と、トンタテイーノ侯爵の騎士団は再建されていない事、だが奴隷兵の動きが読めなかった事などから、多くは無いが、それなりに強い兵力で進撃したのだ。
それにしても街が燃えているとは何事か?
エスパードは嫌な予感がした。
帝国軍の飛竜隊と飛竜艦隊がトンタテイーノ侯爵領の城下街に着くと辺り一面は火の海だった。
消化出来る云々のレベルでは無く、街全体が燃え上がっていた。
何故こうなったのか?
軍団長のエスパードをはじめ、帝国軍の兵士達は唖然としてその様子を見ていた。
街ばかりかトンタテイーノの居城まで燃えている。
奴がやぶれかぶれで火を放ったのか?
「軍団長!如何致しますか?」
「生存者だ!生存者を探せ!」
生存者を探して話を聞かなければならない。
あの小者のトンタティーノがこのような事をしでかすとは思えない。
「はッ!では早速・・・」
「待て!捜索隊は三つに分けろ!まずは街の者だ。街の生存者を探して何があったのかを聞き出せ!次に城だ!城で生きている者を探して、そいつらからも情報を得ろ!それから奴隷兵達の行方を探せ!ただし奴隷兵は見つけても手出しはするな。様子だけこちらに報告しろ!いいな!」
「はッ!では早速ご命令通りに!」
そう言うと、部下は伝令兵達に伝え、捜査班を編成してそれぞれの方角へ向かわせた。
エスパードは眼下に見える火の海原を見て眉を顰めた。
何という愚かな事を・・・鉱物と畜産で豊かっだ領地だったのに・・・。
とにかく情報を集めねば・・・。
1時間程して、エスパードのところに情報が集まり出した。
どうやらトンタテイーノと奴隷兵が衝突したらしい。
奴隷兵達は再び掠奪を行った後、街中に火をつけ逃げ去った。
逃げた先はアストット子爵領のようだ。
ここからアストット子爵までは通常の地上部隊であれば移動に丸二日かかる筈だ。
飛竜隊と飛竜艦隊であればまだ追いつけるだろう。
恐らくだが、連中は奴隷達を無理矢理走らせ時間の短縮を図るであろう。
体力を消耗して相当弱っている筈だ。
今なら叩ける。
「一部の者は引き続き生存者を探せ!そして何よりトンタテイーノ侯爵の行方を探し捕らえろ!地上部隊が到着したら、街の消火と難民の保護をさせろ。残りは私と共に来い!奴隷兵達を叩き潰す!」
「はッ!ご命令通りに!」
部下は内心思った。
エスパードは的確に命令を出して軍を動かす。
ランポ派の貴族に帝国軍が乗っ取られ無くて良かったと。
エスパードは飛竜艇で奴隷兵達の後を追った。
3時間ほど経った時、偵察から報告があった。
「西北西の方角に奴隷兵達と思われる土煙が!」
「よく見つけた!更に接近して様子を報告しろ!艇長!飛竜艇を西北西に向けろ!」
飛竜艇を西北西に向け更に追っていると、エスパードは地上に横たわる人影に気付いた。
ポツリ、ポツリとまるで行き倒れのように人が倒れている。
それも多くの足跡と思しきものの上に。
倒れているのは奴隷兵だった。
上空からでは生死は確認できないが、恐らく無理矢理走らされ、途中から付いて行けず倒れたのだろう。
それが奴隷兵達が向かったと思われる方角に点在している。
相変わらず、奴隷兵は消耗品としか扱われていない。
元は囚人奴隷とは言え、悲惨な光景だった。
それでも叩かなければならないのか?
エスパードは、公爵領騎士団が味わった心の葛藤を図らずも味わう事になった。
トンタテイーノは居城の地下の隠し部屋で震えながら隠れていた。
家臣団と対応策を検討している時だった、突然奴隷兵達が城に責めて来た。
領地騎士団は再建されていない。
僅かに生き残った騎士はいたが、戦力とは呼べなかった。
城は大混乱となり、更に城に火がつけられた。
家臣達は領主を置いて我先にと逃げ出し、しかも城の飛竜を奪って逃げ出す始末だ。
一部の良識ある家臣だけが、勇敢にも立ち塞がって逃す時間を作ってくれたが、別れ際にこう言われた。
「あなたのような愚かな領主を守るために命を捨てたくはありません。私は私の先祖の名誉を守る為に死にます。あなたが生き残ろうと死のうと、どうぞご勝手に!」
そう言って彼は自分の下僕達を引き連れて奴隷兵達に突っ込んで行った。
自分は情け無い領主だと罵られたのだ。
だがトンタテイーノはその言葉を聞いても怒りより恐怖心が優っていたため、直ぐに息子と共に地下へ向かった。
乏しい灯の中、トンタテイーノは息子と二人で震えていた。
自分は侯爵なのに!
侯爵なのに!
侯爵なのに!
気がつくと、奴隷兵達の声が聞こえ無くなり、辺りは静まりかえった。
それでも外に出る勇気はなく、息子と二人でずっと隠し部屋に篭っていた。
「父上・・・静かになりました。少し外の様子を確認してみましょうか?」
「いや!まだだ!まだだ!」
水滴の落ちる音が聞こえる。
それ以外は静かだった。
時間が過ぎって行った。
どれほどの時間が経ったのか、長かったのか、短かったのか、突然部屋の外側が騒がしくなった。
「!!!」
奴隷兵達が戻って来た!?
トンタテイーノはそう思った。
「そっちはどうだ?」
「ダメだ!見つからない。」
「逃げたのか?」
「いや生き残ったアホ達の話だと逃げ切れなかったようだぞ?」
「おっ死んだか?」
「あのおバカが直ぐに死ぬか?案外どっかの隠し部屋で震えてるんじゃね?」
「そうかもなw、あはは・・・ってアレ?」
城の中で冗談を言いながら探索を行なっていた帝国軍の兵士は、寄っかかった壁が突然動いたのに気づいた。
そっと壁を押してみると、忍者の隠し扉のように動き、中から光が漏れた。
帝国兵達は一斉に剣を抜き、壁を押して扉を開いた。
「ヒッ!殺さないで!殺さないでください!お願い!殺さないで!」
トンタテイーノ侯爵は情け無さ丸出しで、必死に帝国兵達へ命乞いをした。
エスパードは奴隷軍団を平原で捕捉すると、飛竜隊に一斉攻撃を命じた。
飛竜隊は編隊を組んで奴隷軍団へ襲いかかり、飛竜からブレスを吐き出させた。
あちこちで爆発が起きた。
奴隷兵達が逃げ惑う。
公爵領騎士団のような爆弾による爆発では無いが、それでもドラゴンファイターを落とせるだけの破壊力はある。
それが100匹もいるとなれば、破壊力は凄まじかった。
加えて、奴隷兵達はずっと走らされて来たこともあり疲労して抵抗が出来る状態では無く、ただ殺られるだけで被害は甚大だった。
「焼き払ったところに飛竜艇を下ろし、橋頭堡を作れ!飛竜は引き続き奴隷兵達を攻撃しろ!それから監視役を捕らえろ!抵抗したら殺しても構わん!ただし何名かは絶対に生捕りにしろ!」
「御意!」
部下は返事をすると伝令兵達を使って兵を動かした。
飛竜艇は敵兵がいなくなった場所に次々と着陸し、中から歩兵が飛び出す。
地球でいうところのヘリボーンだ。
歩兵達は弓兵と魔道士それに槍兵からなり、魔道士が弓兵と槍兵にバフをかけ能力を上げ、弓兵は後方から弓を放ち、槍兵が前方に突進するという戦法だった。
良く訓練された帝国軍に対して、走らせ続けられて体力を消耗し、素人同然の指揮官の元で戦っている奴隷軍団はひとたまりも無かった。
エスパードは上空から戦いの様子を茶を飲みながら見ていた。
その様子は映画「地獄の黙示◯」に出て来るキルゴア中佐のようで・・・・・。
暫く攻撃していると奴隷軍団は嘘のように呆気なく崩壊した。
トンタティーノ侯爵領に駐屯していた奴隷軍団は、公爵領を攻撃したロークリオの奴隷軍団のように飛竜や飛竜艇を大量に持っている訳では無かった。
また、愚か者だったとは言え、ロークリオのような指揮官もいなかった。
そしてノブリやタントのような優秀な現場指揮官もいなかった。
指揮命令系統が無茶苦茶で火力もない状態で、しかも疲労困憊の奴隷兵では、正規軍のまじめとも思えるほどの真っ当な攻撃をかけられれば崩壊してしまうのは自明の理であった。
奴隷兵達の反撃が無くなったところで、エスパードは乗っていた飛竜艇を着陸させた。
エスパードは飛竜艇から出て地面に降り立ち周りを見回した。
地面はところどころ飛竜によるブレスで抉られ、草原の一部は焦げている。
ところどころで奴隷兵の遺体が無造作に転がっていた。
味方の被害は軽微だったが、負傷した兵士が魔道士による治療を受けていた。
「捕まえた監視役を飛竜艇に詰めろ。他の奴隷兵で生き残った者は縄で縛っておけ。後で地上兵をここに呼ぶのでそれまで見張っておけ。」
エスパードは部下に指示すると、一旦息を大きく吸い宣言した。
「我々の勝利だ!勝鬨をあげよ!」
ウォーという声が辺り一帯を埋め、戦いは終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます