第107話 自業自得
最近トンタテイーノ侯爵は、ランポ派から何とか逃れられ無いかと画策し始めていた。
奴隷兵は相変わらず侯爵領に駐屯しているばかりか、侯爵を監視させているようでもあり、領地を乗っ取られるのでは無いかと恐れていた。
しかも領地騎士団を復活させようとすると、ランポから借金の返済を暗に迫られ再建は暗礁に乗り上げ、軍事力を使っての対抗は不可能であった。
もはや侯爵領は実質的にランポの奴隷兵に占領されているも同然であった。
奴隷兵を率いる監視役は侯爵に対して横柄な態度であるばかりか、領民をも威嚇し時には言いがかりをつけて掠奪まで行っていた。
誰かに助けを求めたかったが、ランポの悪い噂と共にトンタテイーノ自身もそれに手を貸し不敬にも公爵領へ濡れ衣を着せたと噂された。
それが庶民レベルでも広まり、元老院ではトンタテイーノの権威は急速に落ちた。
殆どの元老院の議員はとばっちりを避けたいが為に彼を見捨てた。
トンタテイーノはもはや死に体も同然の状態であった。
「領主様!このままではあの男に領地を乗っ取られます!」
「領主様!領民の不満が高まっています!」
「領主様!」
「領主様!」
「領主様!」
「ええい!黙れ黙れ!分かっておる!分かっておるのだ!だがどうしようも無いのだ!文句を言う前に何か妙案を持ってくるのじゃ!でなければ些細な問題は捨ておけ!」
領主の情け無い姿を見て、家臣達は言葉を失った。
爵位が高い筈の侯爵が爵位の低い伯爵に良いように翻弄されているのだ。
これでは侯爵は単なる名前に過ぎず、全く意味を成さない。
「父上!こうなったら帝国軍に助けを求めましょう!このままではジリ貧です!」
「それを行ったら、降格させられるかも知れんぞ!それだけならまだ良い。下手したら領地召し上げになるかも知れんぞ!それでも良いのか?」
「しかし、このままでは領民の不平不満が高まります!」
「放っておけ。今の我々では打つ手は全く無い。耐えるしか手はない!」
「サモン侯爵へ助けを求めては?」
「そんなこと出来るか!我々が彼を元老院から追い出したのだぞ!助けてくれるとは思えん。」
身から出た錆。
自業自得。
自縄自縛。
その他全ての類義語を当てはめても足らない愚かさだった。
家臣達はと言うと、小田原の長評定、会議は踊るされど進まず。
議論ばかりで何も決まらず時間ばかりが無駄に費やされた。
そしていよいよタイムアウト終了を告げるホイッスルが鳴らされ、トンタテイーノ侯爵とその家臣達は無情で愚かな政治ゲームに引き摺り出された。
元老院でトンタテイーノ侯爵への攻撃が始まったのである。
それはトンタテイーノ侯爵が“たまたま“領地へ戻っている時だった。
彼にとっては“たまたま“だったが、実際にはランポによって画策された結果だった。
そんなタイミングで突然元老院が召集された。
「元老院議員諸君。本日は緊急の召集にも関わらず良く集まってくれた。アストット子爵殿より緊急の動議が上がり、ランポ伯爵殿からも強い要請があった事から本日集まって貰った。これより緊急の元老院を開催する。まずはアストット子爵殿、説明をお願いする。」
ブスケ侯爵はそう言って元老院の開催を宣言し、アストット子爵に説明を求めた。
アストット子爵とは、ランポの子飼い貴族の一人で、公爵領帝都屋敷襲撃に参加し、また公爵領残党狩りにも参加している貴族だ。
元老院では常にランポを支持する為の汚い野次を飛ばし、サモン侯爵を追い落とす際には急先鋒役を引き受けて大騒ぎした。
「ブスケ侯爵殿、感謝する。それでは説明させて頂く。先日トンタテイーノ侯爵領へ赴いた際に良からぬ事を目にした。何と、駐屯しているランポ伯爵殿の奴隷兵が領民から掠奪を行っていたのだ!」
狸や狐だらけの元老院議員達は、嘘で塗り固められたどよめきの声を上げた。
「な、なんと!」
「何故そのような事が!?」
「信じられぬ!」
なんて茶番だ。
お馬鹿過ぎる。
そう思いながらもブスケ侯爵はアストットへ聞いた。
「アストット子爵殿。詳しく説明して頂けぬか?」
「よろしいブスケ侯爵殿。私めは掠奪を見て驚愕し、直ぐに止めさせようとした。何しろ盟友であるランポ伯爵の軍団がそのような不名誉な事はする筈が無いと思ったからだ。」
アストット子爵は両手を広げ、さも信じられないと言った様子で元老院全体を見回した。
千両役者のように見せているが、庶民向け円形劇場に出演するモブキャラより酷い演技だった。
「残念ながら奴隷兵を止める事は出来なかった。何しろ私めには“指揮権”が無いからだ。そこで領民達へ聞いたところ、最近、奴隷兵達は何かしら言いがかりをつけては領民から税の取り立てと称して資産を奪っているとの事だ。何故だか分からないらしい。更に領民から聞いた話では、駐屯当初は奴隷兵達は大人しくしていたとの事だ。略奪は最近始まったと言っておった。」
「ランポ伯爵殿はどうしておったのだ?伯爵殿自身から説明が必要では無いのか?」
「そうだ!説明して頂きたい!」
「管理責任は伯爵殿では無いのか!」
馬鹿し合いもここまで来ると見事なものだ。
いや、この中で一番演技をしているのは自分かも知れないな。
帝国の円形劇場の千両役者にでも鞍替えするか?
などとブスケは思いつつ、アストットにその先を説明させた。
「ではランポ伯爵殿の命令で奴隷兵達は掠奪を始めたのか?」
「そんな筈はございません。ランポ伯爵殿は奴隷兵をトンタテイーノ侯爵へお貸ししたのです。お貸しした時点で命令指揮権はトンタテイーノ侯爵へ移っているとみるべきです。」
元老院は静まり返った。
その場にいたランポ派以外の全員が理解した。
これはランポの罠だと。
仕組みはこうだ。
トンタテイーノ侯爵領へ奴隷兵を駐屯させた時点では、指揮権はまだランポにあった。
しかしその後、トンタテイーノ侯爵は領地騎士団を再建しようとしていたが、ランポが借金の返済をちらつかせつつも、奴隷兵を領地騎士団の代わりにお貸しすると言った。
その時点でランポは指揮権と管理責任者は”トンタテイーノにした事“にしたのだ。
ただし、ずる賢いランポは賃貸契約書を結ぶ事はせず、ただ口で伝えたのみで済ませた。
トンタテイーノは口頭のみで伝えられただけで契約書を結んでいなかったので、奴隷兵達の管理責任の殆どが自分にあるとは全く思っていなかった。
つまり、トンタテイーノは管理責任も指揮権もランポが持っていると思い込んでおり、口で伝えられた事は単なるリップサービスで実際はそうでは無いと認識していた。
寧ろ監視と脅しの為に領地に駐屯させていると。
だが、実際は貸すと言った時点で責任はトンタテイーノへ移っていると元老院では見做される。
更にランポは誰にも告げず、当事者の監視役にすら碌に説明せず、ランポの直接指示が無い限りトンタテイーノ侯爵に従う事と監視役との契約魔法を勝手に変えた。
この事はトンタテイーノへは伝わっていない。
もしバレたとしても口で伝えたでは無いかと言うつもりだった。
そしてランポは、監視役をわざと犯罪履歴のある荒くれ者に変えていた。
その荒くれ者の監視役は誰からも指示が無く、しかも報奨金は当初言われた金額の半分以下だったため不満が溜まり掠奪に及んだ。
報奨金が少なかったのは、ランポが裏から手を回しわざと少ない金額しか支払わなかったからだ。
これが事の真相だった。
何という恐ろしい男だ。
仲間だった者でさえこの様にはめて破滅させてしまう。
ブスケは内心反吐が出る思いだった。
それはエスパードも同じように感じていた。
もはや皇弟派云々は今はどうでも良い事に思え、このまま野放しにすれば、帝国が瓦解してしまう。
だが、トンタティーノ侯爵を助けるつもりは微塵も無かった。
彼こそが、ロードリー2世が指摘した怠慢な元老院議員の筆頭であり、数多くいる日和見主義者達の中心人物だ。
この際元老院の意識を変える為にも犠牲になってもらおう。
エスパードはそう考えた。
だが下手をしたらランポに手を貸す事になってしまう。
そうならないように、ここはブスケ議長が時々行うように正論で攻めてみよう。
「ブスケ侯爵殿。発言を許して頂きたい。」
「エスパード侯爵殿。発言されよ。」
「ありがとうございます。」
エスパード侯爵は周りを見回すと、ゆっくりとそして落ち着いた声で話始めた。
「今回の掠奪は領主として決してしてはならない行為であり、許してはならない恥ずべき行為である事は間違いない。領地を任された貴族は帝国の為に、領地の安定経営に務めなけれならず、トンタテイーノ侯爵殿はその義務を怠った。」
正論だ。
この正論には誰も異を唱える事は出来ない。
ランポ派の子飼い達でさえ突っ込む事が出来ず、黙って聞いていた。
実はこの冒頭は、ランポが手出しを出来ないように伏線を張っているのだが、ブスケ侯爵以外、誰も気付いていなかった。
エスパードは続けた。
「帝国貴族がその責任を全うせず、更に自らの領地騎士団を壊滅させ、そして他領より恥も外聞も気にせず兵を借りるとは怠慢にも程がある。これは帝国への自らの貢献を全く考えず、自身の保身のためだけにしか行動しない愚か者だからである。」
日和見主義者達は自らの事を言われているようで肩身が狭かった。
なので賛同の声も非難の声も上げる事が出来なかった。
「ここでランポ伯爵の責任はアストット子爵の言う通り、無いと言えるだろう。」
ここで俄にランポ派の子飼い貴族達が活気づき賛同の声をあげた。
しかし、次に続く言葉で静かになった。
「だからと言って、全く責任が無いとは言い切れない。何しろ金を出し奴隷兵軍団を作り上げ帝国に貢献されようとしたのはランポ伯爵殿であり、貸したから全ての責任が無いと言うのは、先程の領地経営をおざなりにするのと同じ行為であると言わざるを得ない。」
そんなの屁理屈だと子飼い達は言いたかった。
しかし言えなかった。
彼らもエスパード侯爵の言う事が正論であると分かっているからである。
「とは言え、伯爵殿に責任が全面的にあるとは言え無い。殆どの責任はトンタテイーノ侯爵殿が負うべきである。よって今後の為にも、トンタテイーノ侯爵は罰せられるべきであろう。ただしその裁量は我々元老院には無い。皇帝陛下に処分を決定頂くしか無い。元老院はその処分を待って動くべきである。いかがであろうか?今後の方針は、皇帝陛下のご決済後に改めて元老院を開き決めるという事にしては?」
エスパードはトンタテイーノを助けるつもりは全く無かった。
小物とは言え、トンタテイーノは代々続く侯爵家である。
だが潰して構わないと思った。
それよりも日和見主義者達により、感情と保身によって支配されている元老院をこれ以上迷走させてはならない。
いくら現在の皇帝が気に入らないとは言っても、帝国の屋台骨である元老院をこれ以上良いように悪用されては、帝国が崩壊してしまう。
ここは一時皇弟派としての矛を収め、帝国を安定させる事が優先されるべきだ。
エスパードはそう思った。
ブスケ侯爵は荒れた際にエスパードが言った事をもう少し遠回りに言おうとタイミングを見ていたが、エスパードに先に言われてしまったので拍子抜けしてしまった。
ただ、エスパードは実直な軍人過ぎて、正直過ぎるとブスケは思った。
仕方がない。
ここは一旦締めよう。
そう思って、ブスケは議員達に提案した。
「エスパード侯爵殿の言っておられた事は正論かと存じる。皇帝陛下へこの件を上奏させて頂きたいと存じるがいかがか?」
誰も反対しなかった。
反論出来る材料が無いのだ。
それにこれはトンタテイーノ侯爵が処分される事がほぼ決定される事に等しい。
誰も巻き込まれたく無いので、日和見主義者達は皆黙ってしまった。
ブスケはランポの様子を見てみたが、彼はムッスリしたまま何も言わなかった。
彼の目的はトンタテイーノ侯爵領を一刻も早く自分の物にする事であっただろうが、そんな簡単にはさせない。
寧ろ取らせ無いようにしなければならない。
その為の布石をエスパードは打ったのだ。
そしてブスケは、エスパードは日和見主義者達への脅しもかけていると理解した。
ふざけた事をすれば次はお前達だと。
「異議が無いようで有れば、これにて緊急会合は閉会する。次の元老院開催は追って連絡させて頂く。これにて解散!」
議長のブスケ侯爵は閉会を宣言した。
ランポは苦々しくエスパードが立ち去るのを見ていた。
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