第104話 生きて帰れよ!ああ生きて帰るw

ランポ伯爵は追い込まれた。

公爵領の攻防で“反逆者を成敗した”と雇った吟遊詩人や子飼いの貴族達を使って吹聴していたが、帝都市民の間では口コミで別の“真実“が広まっていた。


曰く、ランポは何も得られず、送った奴隷兵は玉砕した。

曰く、公爵反乱の証拠は無く、全てはランポのでっちあげに過ぎない。

曰く、ランポこそ反乱を企ている・・・。


こう言った噂は、規模は縮小されていたが未だ健在だった公爵領の隠密によって広められた。

正確に言うと、隠密達が皇弟派のエスパード侯爵に広めさせた“真実“だ。


ランポは公爵領の攻略で富と名声を得る予定だったが、自信満々で送り出した奴隷兵が壊滅してしまい逆に追い込まれてしまった。

しかも、壊滅した事実が信じられず、またエスパード侯爵が元老院で報告した“呪いの超爆裂魔法”を全く信じず、帝都に残っていた5000の奴隷兵の内半数を直ぐに飛竜艇で公爵領へ送ってしまった。

結果、約半数が原因不明の病い・・・つまり被爆による下痢や嘔吐に血液障害・・・にかかり、数日で殆どが使い物にならなくなった。

更に残り半数も帝都に戻ってきてから同じ病にかかり倒れてしまった。

中には手がグローブのように膨らんだ者もいた。

ランポは更なる失態を晒してしまう事になった。


こう言った数々の失態を挽回するには、最早逃げた“反逆者残党“を捕まえる事以外には活路は無く、元公爵領騎士団を執拗に追った。

ただ、送る為の資金力は殆ど無く、やっと帝国軍の名ばかりの後ろ盾を得て多少の資金力を得て、また子飼いの貴族達に兵力を無理矢理出させて追跡させた。

ランポはトンタティーノ公爵領に残した1万と帝都に残した2000強の奴隷兵を持っていた。

しかしこれらの兵力は他の勢力への圧力に使っていた為、こちらを割くわけには行かなかった。

なので子飼いの貴族達の領地騎士を無理矢理引っ張って来るしか無かった。


子飼いの貴族達も資金力がある訳では無かった。

では何故無理してでもランポの要求に応じて兵力を出したかと言えば、彼らはランポ以上に追い込まれていたからだ。

ランポの良からぬ噂は知らない訳では無かった。

それにその噂によって急速にランポへの風当たりが強くなっていて、日和見主義者達が距離を置くようになった。

そしてその噂の信憑性は高く、当の子飼い達にとっては良く知っている本当の真実なのだ。

もしここでランポから離れば孤立する事になり、下手を打てば破滅するしか無いのだ。

なので、積極的に兵力を提供し死に物狂いで追跡するしか無かった。


ただ、帝国軍の“名ばかりの後ろ盾”は多少の資金の他にも少しだけ役に立つ事があった。

公爵領攻撃に参加していた“元“奴隷兵を使う事が出来たのだ。

ノブリとタントだ。

彼ら二人は“偶然”ロークリオの命令で公爵領襲撃中にエスパード侯爵の元に“交渉の為に”訪れていた為、公爵領の“呪いの超爆裂魔法”に遭わずに生還した。

エスパード侯爵は実戦経験があるからと、二人を追跡部隊に同行させる事を許しまた奴隷から解放させた。

たった二人ではあるが、公爵領騎士団との実戦経験を持つ者を得る事に大きな意味がありランポは大喜びしたが、実際はエスパードは別の目的で彼らを参加させた。

それは工作員としての役割だ。

彼ら二人の真の目的は、ランポの子飼いの兵士達を疲弊させる事だ。


エスパードは二人の事情聴取を行った際に、彼らがかなり有用に戦った事を知った。

もし彼らがいなかったら、公爵領は戦いに勝利していたかも知れず、逆に帝国軍は巻き込まれてあの“呪いの超爆裂魔法”に遭っていたかも知れない。

ロークリオの愚かさで彼らは帝国軍に近づき捕まってしまったが、エスパードは有効な手駒を得ることが出来た。

ただエスパードとしては、本格的に公爵領騎士団を攻撃するような事はしたく無かったので、表面上はあくまでも元ランポの奴隷兵として参加させるように取り繕った。


二人の経験者は追跡隊にかなり有用であった。

的確な指示のもと、騎士団の向かった先を予測して何度か先回りもした。

ただし、戦闘になる度に3割ぐらいの戦力が削られて、その度に補充を必要とした。

最初の頃は良かった。

要求すれば直ぐに子飼い達の領地から補充が届いた。

しかし、徐々に公爵領騎士団の逃亡が遠距離になるにつれて、補給が伸びてしまいかなり厳しくなった。

遂には氷結の雲を越える事になってしまい、誰の目にも遠征は無理なものとして映った。

それでもランポは追跡を続けさせた。

最悪の場合、皇帝を説き伏せて帝国軍を乗っ取れば良いと、成功する見込みさえ無い安易な期待に頼っていた。



「帝国軍も良く飽きずに追っかけて来るよな・・・。もう得る物何て殆ど無い筈なのに。」


CICでスサノオはモニターを見ながら呟いた。


「それだけ向こうも追い込まれているって事だ。でももう6,000マイル以上飛んで来たんだよな・・・流石にそろそろ諦めると思っていたんだがな。何しろ氷結の雲を飛び越え無ければ行けないんだよな。」


アルベルトはCICの椅子に座って、机のモニターを見ながら言った。


「まあ・・・越せないって事は無いんだよな・・・何しろベルド様はほんの2人の従者だけで、氷結の雲を幾つも超えて冒険の旅に行っていた訳だし。」


ロードリー2世の第二子、長女マリの夫ベルドは伯爵家の嫡男でありながら、領地を飛び出して冒険者稼業をしながらあちこちを旅した。

氷結の雲も飛び越え別の塩湖にも行っている。

その帰途の途中、公爵領へ寄りマリと結ばれた。

数年前の事だが騎士学校に入る前に、二人はベルドと会って自分達とは違う世界の話をワクワクしながら聞いていた。


この世界は地球と比べると遥かに大きい。

人々の殆どは浮遊島もしくは浮遊大陸に住んでいるが、その浮遊島は塩湖の上空に浮いている。

ところどころに地球のような島はあるものの、あまり大きく無く、また湖面は昼間は気温が高い為に無人島である事が多い。

そして塩湖とは呼んでいるものの、実際は地球の太平洋と殆ど変わらない広さを持っており、海と言って差し支え無い。

その塩湖も、周囲は絶対0度に近い氷結の雲に囲われており、氷結の雲と接する塩湖外周部は地球の北極や南極のように氷で閉ざされた世界だ。

ただ不思議な事に、塩湖が存在する高度から上は地球の大気のようになっており、何故か温暖な空気が流れていた。

更に不思議な事に、この世界の各地にある塩湖には水平線があり、塩湖の端にある筈の氷河が中心からは見えないのだ。

世界の端が分からないくらい広ければ塩湖はほぼ平になり、更に水平線が見える前に端の氷河が見えても不思議では無いのにだ。

つまり、推測すると塩湖は球状の形をしているという事になる。

騎士団は塩湖の存在・・・そもそも海だと思っていた・・・を知って驚愕したが、その事実からある仮説を立て、その確認の為に調査艦を派遣している。

今回の逃避行は、その調査艦からもたらされた情報に基づいて旅をしている。


「スサノオ大尉・・・悪いんだが・・・」


アルベルトは申し訳無さそうにスサノオへ話しかけた。


「タカサキ中佐からの命令なので・・・」

「ああ、そろそろ出るよ。上空の警戒だろ。そっちも目を離さないでくれよ。」

「了解した。くれぐれも気を付けてくれ。生きて帰れよ!」

「ああ。生きて帰る!」


生きて帰る・・・これが逃避行を始めた騎士団の合言葉になった。

公爵領攻防戦の時の悲劇を繰り返したく無い、その思いから、出撃前に互いにこう言う掛け声をする様になった。


スサノオはその言葉の意味を噛み締めながら飛行甲板へ向かった。



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