第102話 投下の後
エスパード侯爵は、自分が持っていた公爵領からの封書が突然振動したのに気がついた。
急いで手に取ると、封が自動的に切れた。
不思議に思いながら中から手紙を取り出し、内容を読み出した。
親愛なるエスパード侯爵殿
ロードリー2世である。
この度は、格別なご配慮に感謝申し上げる。
領民については事前の取り決め通り、同行しているフーシ子爵殿に預けて頂きたい。
当然、お礼はさせて頂くつもりだ。
金銭と共にランポについての情報も帝都に戻られ次第、我が間者を通してお渡しするつもりだ。
ただ今回の件については強く申し上げたい事がある。
何故、ランポ伯爵に力添えをした?
何故穏健派が破滅するのを黙って見ておられた?
最初の段階で止めていれば、世は嫡男を始め多くの家族、領民、領地を失わずに済んだ。
今回の件は、ひとえに元老院議員諸君による怠慢によるものだ
よって世は貴殿をはじめとした元老院に強い恨みを抱かざるを得ない。
しかしながら、貴殿にはここまでの事は予測出来なかったかも知れない。
また、領民を救って下さった恩義もある。
その為、その恩義と温情により警告を伝える。
この書状を読まれている頃、貴殿は浮遊島が巨大な光と共に爆発したのを目撃されたで事あろう。
それは公爵領で作った呪いの爆裂魔法だ。
巨大な力故に、これまで封印して来たものだ。
しかしながら、領地の喪失が確実になり、今後の領民への謂れの無い侮辱に抗するため、またランポ伯爵への復讐のため封印を解いた。
この爆裂魔法は破壊力だけでは無く、呪いも振りまく。
この爆裂魔法にあった者、またその後公爵領へ入った者は長きに渡り不治の病に犯される。
この病はどんな魔道士でも治す事は出来ず、呪いを解く事も出来ない。
今後1,000年に渡ってこの呪いは持続される。
従って決して領地に近づいてはならない。
近づけば呪いによる不治の病にかかり、一生苦しむ事になる。
なお、もし我が元領民に謂れの無い危害を加えるつもりであれば、同じ呪いを帝国に使用する。
夢ゆめ、元領民を害さぬようお願い申し上げる。
以上で手紙は終わっていた。
侯爵は再びキノコ雲が立ち昇る公爵領を見た。
今後、どう動けば良いものか・・・。
エスパードに取っては頭の痛い問題であった。
あれからどれくらい経ったのか、ロークリオは黒い雨に打たれた後、真っ黒になっていた。
痛みは相変わらずしているのだが、立つ事も出来ず、また無性に喉が乾いているのに飲み物は無く、ただ呆然と岩にもたれながら町の方を見ていた。
今、時刻がいつなのかは分からなかった。
どんよりとした雲は相変わらず空を覆っている。
助けは誰も来なかった。
一緒に来た筈の従者は何処に飛ばされたのかも分からない。
町の方には宮殿があった筈だ。
なのにその姿は見えない。
そこには味方の軍団もいた筈だ。
それも恐らくやられてしまった。
甲羅も吹き飛ばされたようだ。
少なくなったとはいえ、500隻近くあった飛竜艇が一隻も居なくなった。
ここに来てロークリオは戦いが失敗に終わった事を悟った。
恐らく、もうランポには見捨てられるだろう。
下手をしたら軍団の責任者として大きな借金を背負わされるかも知れない。
もうこれ以上何を失うと言うのだ?
ロークリオは悶々とした思いの中で気を失った。
一日経った。
原爆の直撃を受けた町に僅かながら生きている者がいた。
そこに飛竜艇がやって来た。
ロークリオ軍団の飛竜艇で、奴隷兵の運搬を担っていたために運良く浮遊島下部の崩壊にも、原爆の直撃も免れていたのだ。
乗っていたのは監視役だったが、彼は多くの荒くれ者の監視役と比べればまともな人物であった。
まともであるが故に、突入部隊には選ばれず“どうでもいい“運搬役に回されたのだ。
「おい!生存者がいる!近づいて引き揚げろ!」
飛竜艇が近づいて行き、一人一人を引き上げた。
「ロークリオ殿は何処だ?それに本陣の飛竜艇は?」
「分かりません・・・あの光と爆裂魔法で・・・殆どの物は焼かれ・・・吹き飛ばされました・・・。」
助けられた一人が答えた。
「他に生存者は見たか?」
聞かれた生き残りの奴隷兵は弱々しく指を指した。
彼の片目は無くなっていた。
塩湖にいた輸送艦も生き残った船が何隻かいたが、ほとんどは下部突起の崩落に巻き込まれたか、落下物で生じた大波によって沈んでしまった。
また浮遊島の外で入港待ちをしていた輸送艦も、その多くは原爆の直撃を受け沈んでしまった。
湖面には多くの破片と共に遺体も浮かんでおり、地獄の様相だった。
そんな中でも、乗員は仲間の奴隷兵を救助していた。
しかし・・・助けたとして、今後どうしたら良いのか誰も答えがなかった。
何しろ、上役がいなくなってしまったのである。
彼ら奴隷兵は奴隷紋や契約魔法で縛られているが、このままここに止まっても出来る事は無い。
この兵力では公爵領の占領など出来る筈が無い。
しかし奴隷や監視役は奴隷紋や契約魔法に縛られている。
それらの魔法が発動するか誰にも分からなかった。
結論として、彼らは帝都に戻ることにした。
命令が無い以上ここに留まる必要は無く、他の領地ならいざ知らず、帝都に戻る事は脱走にはならないと解釈出来るからだ。
原爆投下から3日程経ったころ、生き残った奴隷兵達は船で帝都に向かった。
飛竜艇を使いたかったが、何故か殆どの飛竜が血を噴き出して死に、また他の飛竜は元気がなくなり、飛竜艇を引っ張れなくなっていたからだ。
このため、船で帰る事にしたのだ。
幸いな事に、契約魔法も奴隷紋も何故か発動しなかった。
幸運だ。
これで生きて帰れる。
多くの奴隷達はそう思っていたが、異変が起きはじめた。
まず、髪が全て抜ける者が現れた。
今まで軽傷に見えていたのだが、突然だった。
更に血便が出る者、血を吐き出す者が次々に出てきて、やがて多くの者が死んでいった。
何が原因なのか誰にも分からなかった。
ただ分かっているのは、公爵領から受けた巨大な爆裂魔法により、このような症状が出た事であった。
1週間が過ぎた。
船は相変わらず帝都を目指していたが、乗っている人数は大幅に減った。
多くの者が、謎の病にかかり死んでしまったのだ。
皮肉な事にそれで食料や水が余るようになり、補給無しで帝都を目指す事が出来る目処が立ち、一刻も早く戻りたい彼らはそのまま航行を続けた。
更に1週間が過ぎた。
飛竜艇であればとっくに帝都に着いている頃であるが、船は速度が遅く、なかなか帝都に到着しなかった。
そうこうしているうちに更に人が死に、10隻ほど船がいたのにいつの間にか4隻に減っていた。
船に乗っている物は全員元気が無く、まるで幽霊船のようだった。
ランポは帝都の屋敷で今か今かとロークリオの報告を待った。
最初の早飛竜で公爵領から反撃され、軍団の数が減ってしまったと報告があった。
それでもランポは計算通りだと思い、特に気にしていなかった。
次の早飛竜で、新しく考案した防御方で何とか公爵領へ近づく事に成功したとあった。
良くやった。
さすが自分が見込んだ男だ。
ランポは誇りに思った。
ところが・・・。
そこから報告が途絶えた。
4日経っても報告が来ない。
やがて1週間が過ぎたが何も無い。
更に1週間が経つと、帝国軍が戻ってきた。
様子を聞きたかったが、プライドが邪魔をして聞く事を躊躇してしまった。
なので間者を通して探りを入れようとしたが、何故か勘付かれ、情報を得る事が出来なかった。
更に1週間が過ぎた。
やっと派遣した船が戻ってくると言う知らせを聞いて、いてもたっても居られず、港へ出迎えに行った。
すると、ほんの数隻だけ、ボロボロな姿となって港に近づいてくる。
なんだ?
被害を受けた船だけ先に返す事にしたのか?
そう思って浮遊大陸から降りていき、港の岸壁に近づいた。
船から舫が落とされ、岸壁に固定されたが、何か様子がおかしかった。
何というか元気が無いのだ。
普通、船が到着すると中から船員の叫び声が聞こえたり、何かと騒がしい。
それが全く無いのだ。
訝しながら様子を見ていたが、中から出てきた者達を見て驚愕した。
殆どの者の髪の毛は無く、痩せこけていた。
それだけでは無い。
人によっては、顔を大きく腫らせ、目を開けるのもやっと言う者もいる。
担架に乗せられていた者もいたが、表皮が真っ赤になっていて。見ているだけで痛さを感じた。
ほぼ全員、良く生きて帰って来たと言う言葉がふさわしい状態だった。
ロークリオは何処だ?
他の幹部は?
「オイ!他の連中はどうした?軍団長は?」
ランポは一人の男を捕まえて聞いた。
「全員死んだと思います・・・」
「思います?どう言う事だ?何があったのだ!」
男はギョロッとランポを見ると静かに言った。
「公爵領で巨大な爆裂魔法が炸裂して、飛竜艇の殆どがその爆裂魔法で消滅しました。幹部の方々は皆飛竜艇に乗っていたので爆裂魔法で消滅したと思います。」
ランポは絶句した。
まさか、まさか・・・。
「ぜ、全滅したのか?」
男は静かに答えた。
「はい・・・」
「お前は奴隷か?」
「・・・どっちでしょう?・・・自分でも分からなくなりました・・・」
ヒョロヒョロと歩いて立ち去って行く男を見送りながら、ランポは悟った。
攻略は完全に失敗し、自らの野望が大きく躓いたと。
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