第101話 最終手段の実行

死線を越え様々な死を見て、心に何度も傷を負い、それでも愛する者の元へ戻って来たスサノオ。

家族の多くを失い、自ら考案した作戦で仲間を失い心に大きな傷を負ったリサ。

二人はお互いの生存を確かめるように強く抱き合った。

その姿を誰も咎めなかった。

仲間達は二人の苦労と悲劇は十分過ぎるほど知っていたし、その思いは痛いほど理解していた。

だから何も言わなかった。


スサノオは一旦落ち着き、リサに待つように言って司令所へ向かった。

そこで報告を行った後、再びリサの元に戻ると二人で腕を組みながら、無言で湖岸に向かった。

湖と言ってもこの世界の湖は元の世界のように穏やでは無い。

どちらかと言うと海だ。

岸辺には波が寄せては引き、寄せては引きを繰り返している。

その湖面のはるか100キロ先には浮遊島が見えていた。

地球と違って島は空中に浮かんでおり、しかも湖面からの高さは島の山頂を含めると3000メートル以上あるので、訓練島からは浮遊島が良く見える。

二人はゆっくりと歩き移動していたが、砂浜に人が立っている事に気がついた。

騎士団長、スサノオの父親だ。

騎士団長は公爵領の方角を眺めていた。


サカイ騎士団長は二人に気付き、そして静かに言った。


「スサノオ・・・それに姫様・・・」

「姫様では無くて、少尉で良いですよ騎士団長・・・」


サカイ騎士団長は無言で頷くとスサノオを見て言った。


「スサノオ・・・すまなかった。」

「騎士団長としての立場なら謝罪は不要です。」

「そうだな。すまなかった。」


そう静かに言うと、再び浮遊島を眺め出した。

リサはそんな騎士団長の姿を見つつ、浮遊島を見るとスサノオの腕を抱えた。

三人ともこれから何が始まるのか分かっているのだ。



浮遊島のはるか沖、およそ80キロの地点で、エスパード侯爵はロードリー公爵領の浮遊島を見ていた。

公爵の二人の子供を死なせてしまった。

こちらに落ち度は無かったとは言え、油断してしまった。

ランポの奴隷軍団の兵士達に節操がない事は分かってはいたが、まさか殺すとは思わなかった。

その場にいたヤマモト・ショウサは冷静な男だったが、怒りを必死に抑えているのが見てとれた。

そして別れ際にこう言った。


そちらへの怒り恨みは強い。

もはや帝国を信じる事は出来ない。

それでも最後の忠告を伝える。

領民を引き取ったら直ぐに出発し、なるべく遠くへ逃げるように。


そう言って手紙を渡された。

なんでも時間にならないと開けない封書になっているそうで、無理矢理開けると燃えると言われた。

帝国軍の魔道士に見てもらったが、首を捻るばかりで解析が出来なかった。

道案内をしてもらったフーシ子爵に聞きたかったが、今は無言となってしまい話しかけられる雰囲気では無い。

彼も無言で浮遊島を眺めていた。



ロークリオは町の方で火の手が上がっているのを見て戦慄した。

もし、あのまま残っていれば自分も巻き込まれていたのではなかろうか?

ただ、遠目に見て、甲羅は健在だったので少し安心はしていた。

それよりも、帝国軍はいつの間にか去って行ったが、ここで何をやっていたのか一切不明だった。

ただ、何箇所かに爆裂魔法らしき後があったのと、多くの人が通ったと思われる足跡があるだけで、他に目ぼしい者は何も無かった。

ロークリオは自分流の考えで、ここに公爵領の秘密の魔道具があって、卑怯にもエスパードが奪い取ったと思い込んでここに来てみたが、勿論そんな事は無い。

そのような形跡は一切無かった。

更に言えば、送った部下がいた形跡を探したが、その痕跡は一切無かった。

ロークリオはさっぱり分からず、首を捻るばかりだった。



ロードリー2世は地下壕の中で、モニター画面の目の前に座っていた。

傍らには妻のカリアと側室のエレナがいた。

彼は目を閉じてこれまでの事を思い返した。

カリアと結婚した時の事。

バレントが生まれた時の事。

浮気してリサが生まれた時の事。

・・・泣いたり笑ったりしたこれまでの人生・・・。


机に置いた右手の前にはアクリルの蓋がついた、鍵付きの赤いスイッチがあった。

ルカはアクリルの蓋に付いている指紋認証を触った。

「ピロン」と言う電子音がしてロックが外れた。

ルカはアクリル板をゆっくりと開けた。

一瞬間が空き、一呼吸すると鍵を回した。

すると部屋中に警告音と共にアナウンスが流れ始めた。


「最終手段を実行いたします。最終手段を実行します。宜しければスイッチを押してください。最終手段を実行します。最終手段を・・・」


ルカはスイッチの上に手を置いた。

するとその上に二人の女性の手が添えられた。


ルカは二人の顔を見た。

二人共、ニッコリと微笑み頷いた。

その笑顔を見届けるとルカはスイッチを押した。


地下壕が大音響と共に爆発した。




リサは水平線の上に浮かんでいる浮遊島を見ていたが、下部で光が走ったのが見えた。


「始まったわ。」


そう言って、スサノオの腕を強く抱えた。



浮遊島下部のツララ状の突起物に作られた通路を上部の町に向かって登っていた奴隷達は、上で大きな音が鳴るのを聞いた。

見上げると、自分達が登っている突起物の周りを囲むようにして、次々と爆発が起きていた。

そして突然身体が浮き上がるような感覚になったかと思うと、一斉に全てが落下し始めた。


港にいた輸送艦隊は、突然連続した爆発音がしたので上を見上げた。

すると信じられない事に、巨大なツララ状の突起物が轟音と共にこちらに向かって落下して来るのが見えた。

突然の事で皆パニックになり慌てて船を出そうとしたが間に合わず、殆どの船が上から降って来る突起物、その他岩石や奴隷兵達などの落下物に巻き込まれた。


宮殿を物色していた奴隷兵達は、“光魔法“や様々な爆裂魔法をやっとの思いで排除し、奥で見つけた長い階段を降りていた。

永遠と続くように思えた階段を降りて着いた先には想像を絶する広い空間があり、見たことも無い灯が付いていた。

彼らは公爵領の秘密の魔道具がここに隠されていると確信した。

ここにあの超飛竜がいるのでは?

あるいはランポの言う素晴らしい魔道具が?

奴隷兵達は目を血走らせて一斉に散らばって行った。

しかし、突然照明が消えて真っ暗になった。

次の瞬間、大音響が響いたかと思うと突然天井が崩れ、さらに地面が割れ、塩湖に向かって落下して行った。


ロークリオは突然大音響が島中から聞こえ地面が大きく揺れるのを感じた。

そして立っていられなくなり、その場で転倒した。


なんだ、なんだ?

何が起きているのだ?

公爵領帝都屋敷の襲撃時に放たれたと言う爆裂魔法か?

それにしても宮殿からここまでかなり離れていると言うのに?


甲羅の中にある本陣が置かれている飛竜艇では、地面から響いた大きな音に驚いていた。

周りで土煙がもうもうと立ち上がるのが見える。

なんだ?

何が起こっているのだ?

そして宮殿の付近から何かが火を噴いて登って行くのが見えた。

皆なんと無く、呆然としながら見ていたが、次の瞬間、突然眩い光が一帯を包んだ。

それは途轍もない熱い光で、辺りを一瞬で焼き尽くすと、次に強烈な衝撃波が甲羅を襲った。


宮殿の中にいた者は大音響と共に地面が激しく揺れるのを感じた。

本棚や天井からさまざまな物が落下してきた。

やがて静かになり数分ほど経った時だった。

突然窓から焼ける様な光を感じた。

その光は部屋にあった物を全てを焼き尽くしたばかりか、石造だった建物すらも溶かした。

そして聞いたことが無い大きな爆発音がして、何もかもが一斉に吹き飛ばされ、或いは押し潰した。


宮殿の地下にいた者達は、上の方で衝撃を感じたかと思うと突然壁や天井が爆発し始めた。

頭から大量の土砂が降る中、奴隷兵達はなんとか生き延びよう懸命に走ったが、同時に爆裂魔法がところどころで起き、大怪我をする者が続出した。

そして全てが暗闇になった時、上から大量の土砂が降り始め、全員生き埋めにされてしまった。


町にいた奴隷兵達は、炎と煙に追われ、懸命に逃げようとしていた。

しかし、奴隷紋によって後ろへ逃げる事は出来ず、死屍を踏みつつ、前へ前へと逃げて行った。

そんな時、突然町のはずれから火を噴きながら空に登って行く物体があった。

奴隷達は思わず、打ち上げ花火でも見ているような気分でそれを眺めていたが、強烈な光が現れ、次の瞬間全ての物が燃え上がった。

体が炭になった者はまだ良いかも知れない。

他の者は蒸発して消滅してしまった者もいた。

たまたま石壁の影にいて、熱線の被害を免れた者もいた。

しかし数秒後、突然大きな爆発音がしてはるか彼方に飛ばされ、あるいは叩き付けられた。

飛ばされた者で五体満足だった者はまだ良い。

殆どの者は手足が千切れ、あるいは眼球が飛び出してしまった者もいて、身体が引き裂かれた。

五体満足だった者が少数いたが、その者達は解けた石と火の地獄で周りを囲まれ逃げ出す事が出来ず、熱と炎で焼け殺された。


ロークリオは地面の揺れが治った後、ゆっくりと立ち上がり町の方を見た。


何が起こったと言うのだ?


唖然として見ていたが、町の方から何か火のような物が打ち上がり、次の瞬間、眩い光と共に熱線に襲われた。


熱い!

なんだこれは!?


そう思って反射的に両目を片手で覆ったが、身体のあちこちで熱さを感じた。

手を下ろして見ると、着ていた服が燃えていて鎧も曲がっていた。

急いで脱ごうとしたところ、周りを見て唖然とした。

飛竜艇が燃え上がり、同行させて来た従者達が飛竜艇から飛び出し、火に包まれて転げ回っている。

繋がれている飛竜は炎と一緒に狂ったように暴れていて、まるで伝説に出て来る暴れ狂う火竜だった。。

唖然としていたその数秒後、今度は大音響と共に、強い衝撃波が町の方からやって来た。

飛竜艇が吹き飛ばされ、粉々になった。

火に包まれてた従者達も何処かへ飛ばされた。

ロークリオは衝撃波に押され、目の前の岩に叩き付けられた。

気を失いかけていたが、その数秒後、今度は反対方向に強い風が吹き、そのまま体が持って行かれ、空中に舞い上がったと思ったら地面に叩き付けられた。


エスパード侯爵は浮遊島の方を見ていたが、浮遊島の下部で閃光が走り、次に上部で巨大な光が発するのを目撃した。

浮遊島からかなり離れていたが、熱線を感じた。

その光が治ったかと思うと、次に見えたのは巨大なキノコ雲だった。


「なんだあれは?なんなのだ?いったい何が起こったのだ!」


横にいたフーシ子爵に聞こうとしたが、彼も驚いた顔をしている。

フーシは呆然とした顔のまま、やがて膝をつくと俯き始めた。


「アント・・・アント・・・アント・・・こんな・・・こんな事って・・・」


やがて彼の目からは大きな涙が落ちて行った。



ロークリオは地面にうつ伏せになって転がっていた。

どれくらい気絶していたかは分からない。

ただ、周りは暗く、異様な雰囲気だった。

ロークリオはうつ伏せになりながら顔を上げた。

顔は火傷で膨れ上がっていた。

火のついた服はいつの間にか消えていたが、不思議な事に鎧は曲がったまま、そのまま着ていた。

ロークリオは立ちあがろうとした。

しかし、身体のあちこちが痛み立ち上がれない。

近くに岩が見えたので、なんとかそこまで這って辿り着き、上半身をもたれさせた。

空を見上げると、不気味な黒い雲が一面に覆っている。

町の方を見た。

甲羅がいなくなっていた。

宮殿も見えなかった。

周りをよく見ると、ところどころで火がついているようだった。


一体何が起きたと言うのだ?

死んで地獄にでも落とされたのか?


そう思った。

それにしては痛みが激しい。


誰か、誰かいないのか?


そう声をあげようとしたが、声が出なかった。


身体が熱い。

水・・・水が欲しい・・・。


ポツ、ポツ、ポツ。

雨が降って来た。

ロークリオはかろうじて動く片手でその雨を掬おうとして驚いた。

真っ黒な雨だ。

それも不気味な程に黒い液体だった。

雨は周りの火を消したが、ロークリオはそれが恵みの雨とはとても思えなかった。


町にいた奴隷兵で奇跡的に生き残った者がいた。

その者はたまたま燃え残った民家の地下にいて、難を逃れたのだった。

生き残ったのは奇跡としか言いようが無かった。

彼は時間をかけて瓦礫を掻き分け、やっとの思いで表に出た。

しかし彼が見たのは驚愕する風景だった。

何もかもが瓦礫と化しており、奴隷兵も監視役も酷いあり様だった。

どうしてそう言う状態になったのか、いくつもの遺体が真っ赤な肌を晒して折り重なっていた。

別の場所では真っ黒な遺体が転がっている。

また瓦礫に埋もれ黒くなった遺体が幾つかあり、その手先から青白い炎が出ていた。

生き残りらしき者もいた。

しかし、殆どが虫の息だった。

中には上半身裸で、飛び出した片目を手に持ち、呆然として立っている者もいた。

この世の地獄とはまさにこの事であった。


やがてポツリ、ポツリと真っ黒な雨が降り出した。

生き残った奴隷兵はそばにあった板で自らを覆って雨を凌いだ。



スサノオ、リサ、騎士団長の三人は原爆が炸裂した公爵領を黙って見ていた。

広島型の50倍程の威力がある原爆だった。

公爵領は殆どが破壊され、今後100年程は放射性物質が残るだろう。

更に他にも所謂“汚い爆弾”が要所に仕掛けられ爆発した。

今後1,000年は放射性物質を取り除かない限り、近づく事は不可能だ。


「愚かだ。ルカ・・・愚かだぞ・・・。」


サカイは拳を握り締め、下を向き歯を食いしばった。


原爆は様々な議論の末に作られてしまったが、半永久的に封じられる筈であった。

それを公爵は使ってしまった。

公爵とて、原爆についての悲惨さは良く知っていて、かつ元自衛隊の騎士団は唯一の被爆国の出身で、原爆の使用は忌み嫌われている事も良く知っていた筈であった。

なのにこの世界では賢明で分別があったと思われるロードリー2世は、核の悪魔に魅了されて使用してしまった。


親友であり、幼馴染のコウタ・サカイ騎士団長はぶつける事の出来ない怒りと悔しさ、そして後悔の念でその場に膝を着いた。


リサは爆発があった瞬間、自分の生まれ育った領地が壊されていく様子をただ見ているしか無かった。

スサノオの腕に縋っていたが、やがて力を失いその場にスサノオと共に崩れていった。


「公爵領が・・・公爵領が・・・父上・・・母上・・・お母様・・・・」


そう言ってスサノオの胸に顔を沈めると、声を上げて泣きはじめた。


「リサ・・・リサ・・・」


スサノオはそんなリサを強く抱きしめて、共に泣くのであった。


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