第100話 愛し合う者達

スサノオ達は飛空艦から飛び立った。

今度は宮殿の裏側からでは無く、浮遊島の縁を回るようにして進出する事になった。

オオニシ艦長の配慮だ。

せめて故郷の姿を最後に見せてやりたい。

そう思ってオオニシは作戦を指示した。


「リン少尉、頼む。」

「はい。ロメオ・ワンより各機へ。このまま島の縁を回って町に向かいます。高度は14,000、速度は300で回ります。町までの距離が2マイルになったら爆撃準備。その後カウント3で爆撃を行います。爆撃後加速して離脱です。いいですね?」


やや間があってから、全機が順次返事を寄越した。

スサノオは改めて浮遊島を眺めた。

葡萄畑や小麦畑、それに日本人だった多くの騎士団員の為に用意された水田が見えていた。

少し回ると牧場も見えた。

山の麓には魔石鉱山の抗口が見える。

抗口付近には現代科学の知識で作られた製錬所があった筈だが、既に破壊工作がされた後で跡形も無かった。


雲がゆっくりと流れ、その下に影が出来ている。

小道には打ち捨てられた馬車があり、畑の脇にはところどころ農家がある。

領民は全て退去しており、今や動く物は何も無い。

実に寂しい風景だった。


他の機体からは一切無線が入って来なかった。

皆、自分の故郷にそれぞれの想いで別れを告げているのだ。

だが、そんなお別れの時間は無情にも終わりに近づいた。

リンが感傷に浸る時刻が終わった事を告げたのだ。


「全機に告げます。これより爆撃シークエンスに入ります。町までの距離10。現在の高度12,000。速度このまま、方位012で直進します。距離2を過ぎたのちにカウントに入ります!」


一気に緊張感が増した。

スサノオは操縦桿を握り前方の町を見た。

ところどころから煙が立ち上がっていて、その先には飛竜と飛竜艇で作られた甲羅が見えて来た。

甲羅は若干小さくなったように見える。

だが、もはや甲羅を攻撃するつもりは無い。

与えられた作戦のみを実行するつもりだ。


そうこうしているうちに距離が2を切り、スサノオは爆弾を機外へ吊るした。


「ロメオ・ワンより全機へ!カウント行きます!・・3・・・2・・・1・・・今!今!今!」


全機から爆弾が落とされた。

前回と同様にクラスター爆弾だが、今回は全て焼夷弾だ。

各爆弾は数十個に分裂し落下すると、落ちた場所から高い炎が舞い上がった。

あっと言う間に炎が町を包んだ。

町どころか、その炎は宮殿にまで迫っていた。

スサノオは見ていられず、そのまま前を向いた。

すると向こう側から高速で近づいて来る飛行隊がいた。

第1中隊の第1小隊だ。

彼らはこちらより3,000フィート低い高度を飛び、そのまま甲羅へ向かうと、同じように爆弾を落とした。

甲羅のあちこちで炎が上がった。

向こうも、スサノオ達と同じように弾種を焼夷弾にしたのだった。


あっと言う間の時間だった。

これまで散々サーカス飛行をして飛竜艇や飛竜を攻撃して来たが、今回は爆撃のみの攻撃。

それでも大量の奴隷兵が死んでいると言うのに、何か物足りなさをスサノオは感じた。


これで嫌がらせは終わった。

敵は、地獄の苦しみを今回の爆撃で感じた筈だが、この後、更なる苦しみに襲われる事になる。

残酷な話だが、彼らは今、煙と炎の地獄に苦しみながら死んで行っている。

過ちから、中には冤罪もあったかも知れないが、囚人奴隷に落とされ、そしてランポに目をつけられた挙句、無理矢理闘いに参加させられ死ぬ。

スサノオと彼らとの間には面識は無く、ただただ領地を守るために彼らの命を奪うしか無かった。

奴隷達には、この戦いに参加する意義は全く無かった。

全てランポの我儘と傲慢さから生じた戦いだ。

彼ら奴隷達には責任は無いかも知れない。

それでも叩く以外には無かった。


最初の撃墜の時は、初めて人を殺した事でショックを受けた。

だが今やその数百倍の命を奪った。

自分の感覚がおかしくなっている事をスサノオは理解はしてるものの、実感が湧かなくなって来ていた。


スサノオ達の部隊と、第1中隊の第1小隊は互いに翼を降ると高速ですれ違った。

そして名残り惜しむかのように公爵領の縁を回ると、戦闘飛行隊の生き残り達は一路訓練島へ機首を向けた。



ロドリー2世、幼名ルカは一連の動きを地下の避難壕で一人で見ていた。

避難壕には町や宮殿に仕掛けた隠しカメラのモニターがあって、今地上で何が起きているのか確認する事が出来る。

モニターには目を覆いたくなるような残酷な風景が映っていた。

火に包まれもがき苦しむ奴隷兵の姿。

爆撃にやられ、腸がはみ出して倒れている者。

黒焦げになった首の無い胴体。

そこには悲惨な敵の姿が映し出されていた。


そんな地獄絵図には、更に常軌を逸した光景が映し出されていた。

なんと、奴隷兵達が仲間の骸を跨いで、あるいは文字通り踏みつけて宮殿へ入って来るのだ。

彼ら奴隷兵は奴隷紋によって後退する事が出来ず、前に進むしか無いのだ。

一般的に帝国では奴隷達は道具として扱われていたものの、それでもここまで酷く、消耗品として扱われるのをルカは初めて見た。

正直、悪魔の所業としか思えない。

とんでもない悪魔を帝国は生み出した。

ルカはそう思った。


奴隷兵達の残酷な末路を見つつ、ルカは町が燃えて行くのも眺めていた。

自分が生まれ育ち、先祖代々受け継がれて来た土地が地獄に変わり、灰燼に帰そうとする姿をただ黙って見ていた。


暫くすると、奴隷達は屋敷の中で目ぼしい物を探し始めたようだ。

指揮官、奴隷の監視役が指を差しながら何やら叫んでいる。

奴隷兵達は各部屋へ向かおうとしていたが、その度に遠隔操作、あるいは自動追尾式の7.62ミリ機関銃の洗礼を受け何人もの奴隷が倒れていった。

ただ、その度に奴隷の魔道士が遠距離攻撃で反撃を仕掛けて来て、機関銃による反撃は一時的になるパターンが増えてきた。

加えて、甲羅の方から新たに奴隷兵達が出て来るのも見えた。

港からも上に人が送られはじめたと騎士団から連絡が入って来ていた。

ルカは大きくため息をつき、額に手を当てた。


もう直ぐか・・・もう直ぐ・・・。


カラン・・・。


突然、誰もいない筈の地下壕で音が鳴った。


「!?」


ルカは咄嗟に側に置いてあった20式5.56ミリレールガン仕様のライフルを手にした。


「殿下。一人で何を黄昏ているのですか?」

「!!!!!」


ルカは驚き過ぎて声が出なかった。

避難したと思っていた、妻のカリアと側室のエレナが現れたのだ。

カリアは車椅子に乗り、それをエレナが押している。


「お、お前達!な、なぜここに!」

「何故って、殿下をお一人にさせないためです。」

「避難しろと指示した筈だ!避難しなかったら・・・」

「反逆者にするとでも?家族である私達をですか?」

「私達はそれでもお側にいたいのです。」

「まさか、今から騎士団を呼んで追い出すつもりですか?そんな事をしたら騎士団に被害が出るのでは無くて?」

「お、お前達・・・」


ルカは頭を抱えた。

まさかカリアとエレナがここに残っているとは夢にも思わなかった。

しかし、一体どうやって?

もしかして・・・。


「ネヅか?あの者なんと言う事を!」

「あら。彼が行ったと言う証拠でもあるのですか?」

「魔道士は騎士団には大勢いますよ。それよりも・・・」


そう言うと、エレナはカリアから離れ、ルカの目の前に立った。

そして・・・


パチン!


いきなりルカの頬を叩いた。


「一人で死なないでください!お願いですから!皆苦労を共にして来たでは無いですか!なのに殿下は、殿下は!」


エレナは目に涙を溜めていた。


「エレナ・・・それくらいにしてあげて。ほら、殿下が泣きそうな顔になっていますよ。」

「う、嘘を申すな!」

「あら、強がるのはいつもの事ですよ。殿下は昔から変わらないです。」

「何故だ?いつから残ることにしていたのだ?」


ルカは泣きそうな顔をして彼女達を見た。


「結界への攻撃を見た時に、あなたは覚悟を決めていると思いました。それでもその時は迷いました。子供達の事もありましたし。」

「なら何故、逃げなかった?」

「アント様とアンヘラ様がお亡くなりになったからです。きっと殿下は落ち込んでいらっしゃる。一人で全てを抱えるおつもりだ。それをさせてはならない。私とカリア様はそう決心しました。」

「なんと愚かな・・・なんと言う事を・・・」

「お供させてくださいね。」

「一人にはさせません。」


ルカは涙を堪えながら、二人を強く抱きしめた。



時間は昼近くになっていた。

リサは朝から訓練島の病室からジャングルの方を見ていたが、飛行場の方からチヌークやオスプレイの音がするのに気がついた。

そして察しの良いリサは、いよいよその時が近いのを知った。

また、本当はリサには知られては行けない事実であったが、噂話からアントとアンヘラが死んだ事も知ってしまった。

仕方なく、フローラが事実を伝えに来たが、何もかも疲れてしまったリサにはもう泣く力も残されていなかった。

加えて、父である公爵や育ての母のカリアと実の母のエレナの姿が現れ無い。

もはや希望すらも失いかけていた。

そんなリサをフローラは元気づけたかったが、帝都にいる父も、一緒にここへ来た祖父も健在なフローラには後ろめたさがあり、何も声をかける事が出来ない。

ただ側にいて、お茶を入れてあげる事しか出来ない。


「・・・フローラ・・・・・気を使わせて・・・・・ごめんね・・・」

「あ、いや、その・・・こちらこそ、ごめんなさい・・・でも・・・元気になってともいえ無くて・・・」

「・・・・・・ごめんね・・・」


そう言うと、二人の会話は止まってしまった。

静けさが辺りを包む。

ただ、遠くからヘリの音が聞こえるだけだった。

二人が俯きながらお茶を啜っていたその時だった。


「キーーーーーーーーーン」


金属音が立て続けに鳴った。

ドラゴンファイターの音だった。

その音を聞いた瞬間、リサは突然立ち上がった。


「リサ?リサ?ど、どうしたの?」

「・・・・・スサノオ・・・・・スサノオ・・・・・スサノオ!」


そう言うと、リサは突然部屋を飛び出して走り出した。


リサは基地の医療棟を出て、飛行場へ向かって無我夢中で走った。

やがて飛行場に着くと肩で息をしながら、ゆっくりと駐機場へと入って行った。

空には十数機のドラゴンファイターが、飛行場へ編隊を組みながら近づいて来る。

やがて編隊を組んでいた先頭の一機が傾いて旋回を始め、続けて他の機体も順番に旋回を初めて後に続いた。

先頭の機体は見て直ぐに分かった。

スサノオが駆っているタンデムのドラゴンファイターだ。


一旦、爆音が消え飛行場は静かになった。

しかし、数分後、再びエンジン音が近づいて来た。

遠くの方から輝いた光がこちらへ近づいて来る。

やがてその光はギアを下ろし着陸灯を輝かせたドラゴンファイターとなり、こちらへ向かって来てた。

その姿はどんどん大きくなり、やがて滑走路の端まで来ると、タイヤが白い小さな煙と共に地面に接地し、機体が着陸した。

機体はスピードを落とすと、途中の誘導路で向きを変え、リサがいる駐機場へ向かって来た。

キーンと言う音とともに、機体は整備員に誘導され駐機スポットへ向かった。

やがて機体は駐機スポットに到着すると停止して、エンジンも止まった。

整備員が急いで機体に近づくと、タイヤに車止めをはめ、その間にキャノーピーが開いた。

整備員がタンデムの前と後ろにラダーをかけた。

前席のスサノオはゆっくりとヘルメットを取り、そしてインナーを下ろすと、ヘルメットを入れた袋を持ってラダーを降りて行った。


リサはスサノオの姿を捕らえると、ゆっくり、ゆっくりと歩き出し、気がつくと走り出していた。


「スサノオ!スサノオ!スサノオー!」

「リサ?リサ!?リサ!」


コツンと言う音がして、スサノオは荷物を落とした。

そしてリサに向かって走り出した。

二人はお互いに向かって走り出し、飛びつくようにして抱き合った。


「リサ!リサ!リサ!」

「スサノオ!スサノオ!生きてる!スサノオ生きてる!」


リサはそう叫ぶと声を上げて泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る