第98話 思い出の焼却

スサノオ達が浮遊島の裏側に回ったころ、浮遊島の先、遥か彼方の水平線から眩い光が出た。

ちょうど日の出と重なったのだ。

真正面から太陽が出て来たため、シールド越しに目を射るような光がコクピットへ差し込んだ。

スサノオは急いでヘルメットのバイザーを下ろすと、ふと浮遊島の山脈を見た。


今日は雲が無く、浮遊島の山脈は端から端まで良く見えた。

山頂付近には雪があり、少し窪んだ引っ掻き傷のような山肌にも雪があった。

山頂付近に草木は無く、高度が下がって行くにつれ低木になり、やがて木が高くなり森に変わって行く。

麓の方は少し白く、若干靄がかかっているようだ。


山脈はいつも通りの姿だ。


ありとあらゆる思い出が過ぎる。

オロチの姿を思い出した。

大人に内緒でオロチに乗り飛んだ時の事。

リサを連れ出して初めてのデートに行った時の事。

そして・・・・・。


「大尉!宮殿までの距離30です。山越え後に高度11,000へ降りてください。」

「方角は?」

「11時方向に修正してください。」

「分かった。各機への連絡を頼む。」

「承知しました。」


そう言ってリンは増強小隊とも言える一次攻撃隊の全機に指示を入れた。


「ロメオ・ワンより一次攻撃隊全機へ。11時方向、距離30に宮殿があります。山越え後に高度11,000へ降下してください。」


各機体から了解の返答があった。

そうこうしているうちに目の前に山頂が見えて来た。

現在の高度は19,000。

山を越えるとスサノオはエンジンを若干落とし、山肌をなぞるように高度を11,000まで落とした。


ほんの数分ほど経った時だった。


「こちらロメオ・ワン!距離10です!距離2で爆撃準備!各機は5カウントしますので同時に爆撃を開始して下さい。」


リンが攻撃隊全機に攻撃準備の指示を出した。


スサノオは距離2マイル付近になると、ウエポンセレクトで爆撃を選択してスィッチを押した。

ガコンと言う音がして、爆弾全てが機外に出て吊るされた。

宮殿が目の前に来た。

モニター越しに地上を確認すると、宮殿の向こう側の町に白い小さな点が多く映っていた。

一個一個の白い点は人だ。

それが多くの集団に分かれている。

ただ四角形の点が無い。

四角形の点は地球の現代兵器である戦闘車両を示す。

その点がない。

当然と言えば当然だ。

ただ、そのような兵器が無いにも関わらず、公爵領は飽和攻撃に抗する事が出来なかった。


時間にして数秒経った時だった。

リンが再び無線で指示を出した。


「ロメオ・ワンより全機へ!5カウント入ります!5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・今!今!今!」


8機のドラゴンファイターから一斉にクラスター爆弾が落とされた。

爆弾は分裂しながら落下して行き、やがて更に分裂すると地上の数百箇所で爆発が起きた。

幾つかの機体では焼夷弾タイプのクラスター爆弾を携行していて、それも一緒に地上に振りまかれ、あちこちで火災が起きた。


「ロメオ・ワンより攻撃隊全機へ!速度450に増速してそのまま直進!15マイルまで離れたら一旦3時方向へ向かって下さい!」


後方から煙と爆炎が登るのを感じながら、スサノオはスロットルを押して増速すると15マイル進んだところで真南に向きを変えた。

再びリンが指示を出す。


「ロメオ・ワンより攻撃隊全機へ!あと3分ほどで再び3時方向へ旋回します。逸れ無いように注意してください。あと高度維持を忘れないでください!」


3分ほどすると、再び攻撃隊は右へ90度大きなカーブを描いて旋回した。


「リン少尉!方角とタイミング、高度の指示を!」

「はい!ロメオ・ワンより全機へ!方位297へ修正!修正後3カウントで出力最大でアフターバーナーに点火、マッハ1.5まで増速!その後、高度200へ上がって下さい!」


方位を西北西に向けた数秒後、リンがタイミングのカウントを始めた。


「カウント入ります!3・・・2・・・1・・・今!」


スサノオはスロットルを目一杯に押してアフターバーナーを入れた。

「ゴーーーーッ」と言う音と共にグンと言う加速がかかり速度が増した。

同時に操縦桿を引き高度を上げた。


その直後、斜め後方で爆発の閃光が幾つか光った。

第二次攻撃隊の第1中隊の小隊だ。

スサノオ達が音速でソニックブームを甲羅へぶち当てた直後に、イトウ大尉達の小隊が爆撃を行う手筈になっていた。

それでも落とせた飛竜艇は10隻程度だろう。

500隻以上いる飛竜艇のほんの一部を落とせたのに過ぎない。

だが十分嫌がらせにはなったであろう。

前には火災。

後ろには、ドラゴンファイターによる”爆裂魔法”だ。

恐怖心を上塗りさせるには十分であろう。


スサノオは速度が上がると同時に下を見た。

公爵領の町があっと言う間に通り過ぎる。

そこには自分の家があった。

良く行った店があった。

見知った町のところどころで炎が上がり、やがて広がって行く。

良く見ると、小さな炎が動いているのが見える。

人が炎に燃やされ、逃れようとしているようだ。

恐らく下は地獄絵図だろう


ふと宮殿の方も見た。


オロチによって破壊された屋根がそのまま残っていた。

宮殿の手前の庭園とその近くにある飛竜の厩舎。

もうそこには動いている物は無いが、ここもやがて遠隔操作で破壊すると聞いた。


どこもかしこも、自分が生まれた時から存在する場所だ。

そして幸せな時を過ごしてきた場所だ。

いつまでも平和に過ごせる。

時が来たら愛する人と幸せな家庭をここで作り、そして老いて行く。

そう信じていた。

そこに何も疑う余地は無かった。

そうであった筈だったのに、自らの手でその場所を破壊した。


音速で通り過ぎたため、時間にしてほんの数秒だった筈だが、スサノオにはハッキリと町が見えた気がした。

いいや、確実に見えたのだ。

自分にとって大切だった物が、自らの手で破壊されるところを。


感傷には浸りたく無かった。

しかし、確実に悔しさと悲しさは混み上げてくる。


最新兵器がありながらのこの体たらく。

敵は奴隷を肉弾兵器として使い、命を全く尊重せず、数に物を言わせた愚かな飽和攻撃をしてきた。

こちらが何か悪い事をしたと言う訳でも無いのに攻撃された。

兵士である以上、命を無くす覚悟はあった。

しかし、敵の言いがかりによる攻撃はあまりにも理不尽であった。

どうしようもない感情を必死に抑えながら、スサノオは操縦桿を握り続けた。


他の機体からは何も無線が入って来なかった。

それは当然だ。

皆、自分が生まれ育った町を破壊し、燃え上がる姿を見たのだ。

スサノオと同じ感情に陥っている。

そして共に同じように闘い、多くの仲間を失った。

何も感じない筈は無かった。

リンも同じ思いなのか、いつもであればスサノオに何かと話かけて来るのに、今は何も声を発しない。


「ロメオ・ワンより各機へ。」


スサノオは自ら攻撃隊へ呼びかけた。


「皆、悔しいと思う。悲しいと思う。泣きたくなる気持ちになっていると思う。自分も悔しい。町を通り過ぎる時に、自分の家や町が燃え上がるのが見えた。思い出がいっぱいある場所も見えた。正直、居た堪れ無い気分になりそうだ。だけどまだ崩れるのは早い。あともう一度攻撃しなければならないんだ。皆には酷な事を言うが、それまで我慢してくれ。次の攻撃が終わったら訓練島に向かう。その時に大いに感傷に浸ろう。それまで我慢して自我を保って欲しい。頼む。」


やや間が空き、攻撃隊の各機体から元気の無い声で了解したとの返事があった。

やはり皆、同じ思いだったのだ。

皆、公爵領で育ち、ここで一生を過ごすと思っていたのだ。

領民が、公爵の要請でもなかなか公爵領を離れたく無かった気持ちが今更ながら分かる。

スサノオは崩れそうになる気持ちを必死の思いで落ち着かせた。

いや、心を殺し感傷に浸らないように封じ込めた。


飛空艦のビーコンを捕らえると、スサノオはリンへ全機にスピードを落とすよう伝えるように言った。

そして操縦桿とスロットルを握ると、機体を飛空艦へ向けた。


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