第97話 撤収に向けて
圧縮睡眠から目覚め、回復ポーションを一気飲みすると、スサナオは軽い食事を取った。
食事を取ると、戦況が気になったためCICを訪れた。
しかし、何か意見を言うわけでも無く、ただ正面の大型モニターをぼんやりと眺めた。
画面には、各部隊の配置や遠隔操作の各武器の状況、それに敵の配置が示されていた。
相変わらず甲羅は健在だったが、それでも敵の数は減って来ていて、飛竜は約530匹ほど、飛竜艇も500隻前後といったところだ。
ただし、もう既に公爵領には入って来ていて、宮殿まであとほんの少しと言う距離にまで迫っていた。
加えて、輸送艦隊も公爵領の一般用の港に侵入したようだ。
ただ、港から公爵領の町までは標高差が1000メートルある。
領民が出て行ってしまって貨物用のリフトが使えないので徒歩で登るしか無く、大軍でしかも軍としては素人の彼ら奴隷兵の場合は、3時間以上の時間がいる。
ロークリオの大型飛竜3匹も健在だった。
ブレスの吐きすぎで疲弊している筈だが、例の違法ナランを適度に与えているのか、ブレスの威力は衰えていなかった。
生き残った大型飛竜の周りには集中して飛竜や飛竜艇が肉の壁として配置されていて、これを落とすには全滅覚悟での攻撃以外に落とせる自信は無い。
戦闘飛行隊は騎士団に取っては最大の戦力だ。
これが全滅してしまった場合の影響は大きい。
一旦戦闘に勝ったとしても、次に今度は帝国軍の正規兵が相手となった場合、守る術が殆ど無い。
画面をよく見ると、味方のオスプレイやチヌーク数機が宮殿と訓練島との間を行ったり来たりしている。
撤収を行っているのだ。
また、町からかなり離れた草原からオスプレイが数機飛び立っていた。
その反対方向には何百、何千と飛竜艇と飛竜がいて、領地から離れて行っていた。
帝国軍が領民を引き取って領地から離れているのだ。
「そこで何をしている?」
オオニシ大佐がスサノオを見つけて聞いた。
「状況はどうですか?」
「休んでいろと言ったのに、お前と言う奴は・・・命令違反だぞ。」
「申し訳ありません。ただ、もう1時間は過ぎています。」
「そうか。もう1時間経ったか・・・。」
そう言うとオオニシ艦長は椅子に座りながらモニターを見た。
「撤収だよ。艦内放送でも流れただろ。公爵殿下は領地の放棄を決めた。だから宮殿から人員を撤収させている。」
オオニシ艦長は静かに言った。
「ただし、奴らには大きなPay Backをさせるつもりだ。宮殿の結界が破られた後に、奴等を更に間引く。」
オオニシ艦長は目を細め、氷のように冷たく呟いた。
そしてスサノオを見ると言った。
「もうすぐお前に出撃させたいと思う。どうやって暴れたい?ただし、犠牲者を出さずにな。」
スサノオはモニターを見た。
リサならどうする?
恐らく慎重に安全策を考える筈だ。
かつ、敵に大損害を与える。
敵は普通の軍人では無く、こちらの予測とは別の行動を取る。
今まで何度も戦って来て、そう言った奇策にやられて仲間が死んでいった。
自分なら、見えない敵に対してどう戦うか?
スサノオはモニターを暫く見ながら戦術を練っていくのであった。
ロークリオは未だ甲羅の防御を解いていなかった。
宮殿の結界が破れても、甲羅の防御は続けるつもりだ。
ただ、そうなると町や宮殿に突入する事が出来なくなる。
そこでまたしても突飛なアイデアを思いついた。
甲羅をグルグルと回転させ、地面に近付いた飛竜艇から上陸部隊を下ろす方法だ。
だが、正面の飛竜艇は良いとして、側面や後方の飛竜艇はお互い鎖で繋がれているし、飛竜とも鎖で繋いでいる。
帝国軍のように号令一つで規律だって動くと言う訓練は行っていない。
そもそもランポもロークリオも帝都騎士団や帝国軍の行う、整然とした行進や編隊飛行が嫌いだった。
あんな物は戦場では役に立つ筈が無い。
ただお高く止まるためにやっているに過ぎない。
そんな大きな勘違いをしていた。
この為ランポもロークリオも規律行動の訓練は無視した。
だがここに来てロークリオは、軍における規律の遵守が口うるさく言われるのが何故なのか、やっと理解した。
しかし、理解したところで遅きに失していた。
なので甲羅の防御を維持しながら上陸するには、秩序だった動きが必要になるのだが困難を極めた。
ロークリオは、やむなく飛竜や飛竜艇を繋いでいる鎖を切り、動きを自由にする事で奴隷兵を順次上陸させた。
幸いな事に、奴隷兵達が言っていた超飛竜によると思われる攻撃は止んでいた。
地上からのイカヅチ魔法や爆裂魔法は続いていたが、超飛竜による攻撃よりはマシだった。
それに魔術を発したと思われる場所にこちらから攻撃を仕掛けると、時間はかかるものの爆発して攻撃が止んだ。
ただ、被害はそれなりにあり、飛竜艇も残り520隻あまりとなっていた。
もはや躊躇している場合では無くなって来ていたのも事実だ。
ロークリオにはもう一つ気になる事があった。
それは帝国軍の元に行かせた、奴隷達とその監視役の動向が分からなくなっているのだ。
こちらはこちらでヘマをやらかしたのでは無いかと恐れた。
宮殿の結界が破れ、奴隷兵達が中に入ったら様子を見に行こう。
そう思っていた。
「飛行隊員に告ぐ!飛行隊員に告ぐ!残存搭乗員はブリーフィングルームへ集合せよ!繰り返す!残存搭乗員はブリーフィングルームに集合せよ!」
飛空艦の艦内放送でパイロット及び戦術航法士に集合がかかった。
いよいよ最期の作戦か・・・・・。
誰とも無くそんな言葉が出た。
パイロット達は元気が無かった。
皆、足取り重く、ブリーフィングルームへ集まって来た。
「皆、連戦で申し訳無い。」
艦長のオオニシ大佐が集まった搭乗員へ言った。
傍らには、第1中隊隊長のイトウと第3中隊隊長のスサノオがいた。
「これより敵へ最期の攻撃を加える。基本的には敵地上部隊への爆撃だが、少し甲羅にもチョッカイを出す。攻撃が終わったら、全機、訓練島へ向かへ。何度も言うが、いいか、生き伸びろ!そして明日へ繋げ!分かったか!」
「「「「はい!」」」」
集まった搭乗員全員が返事した。
「では作戦の詳細をスサノオ大尉とイトウ大尉から説明してもらう。」
イトウとスサノオは前に立つとそれぞれ作戦の詳細を説明した。
全体への説明が終わると、搭乗員は全員飛行甲板に向かった。
かつて飛行隊が健在だった頃のように、各中隊毎に分かれてのブリーフィングは無かった。
それだけ規模が縮小してしまったのだ。
ブリーフィングが終わるとスサノオは、第3中隊の生き残りと連れ立って歩いて飛行甲板に向かった。
すると前方に見知った顔の少女が立っていた。
ナオだ。
「どうした?」
「私も連れて行ってもらえませんか?」
「ダメだ。」
スサノオは即答した。
「何故ですか!?」
「そりゃ・・・なあ・・・」
そう言ってスサノオは中隊全員を見た。
「ええ・・・もう機体がないし・・・」
「え?予備機も無いのですか?」
「予備機は訓練島だ。向こうまで行って取ってくる頃には、戦闘は終わっているぞ。」
ナオは下を向いた。
悔しそうに唇を噛んだ。
「悔しいです・・・。」
「ああ。全員そう思っている。」
「愛する人をあんなふうにされて、それでも復讐が出来ないなんて・・・」
「ああ。みんな同じだ・・・」
暫く二人とも黙っていたが、スサノオが声をかけた。
「アルベルトをよろしく頼む。」
「はい・・・ご武運を。」
ナオは元気無く返事をして仲間を見送った。
第3中隊の面々は飛行甲板に入るとは各々自機に向かった。
今回は前回と違い先に出る事になっているので、機体は飛行甲板の中央に一列に並べられた。
並べられた機体の近くにはいつもの如くスターターが置かれて、いつでもエンジンがスタートできるようになっている。
スサノオはかけられたラダーを伝ってコクピットに収まると、機器のチェックを開始した。
発進は宮殿の結界が破られた後に行う事になっていた。
オオニシ艦長との話では、30分ぐらいあと。
つまり恐らく間も無くだ。
一通りのチェックを終えると、スサノオは周りを見た。
整備員は膝をついてうずくまり、いつでもエンジンをスタートできるようにしている。
バックミラーで後ろを見ると、リンがタブレットとモニターを見て戦術の確認をしている。
スサノオは予め用意した水筒を取り出すと口につけた。
水筒の中にはコーヒーが入っていて、戦闘に出る時はいつも用意して持ち込んでいた。
もう何回繰り返した発進なのか分からない。
次は自分かも知れない。
そう思った事も何回もあった。
そしてその緊張感は発進する時にいつも付き纏う。
スサノオは目を閉じ、命令が下るのを待った。
目を閉じてからどれくらい経ったか分からない。
恐らくほんの数分だろう。
「戦闘飛行隊に告ぐ!宮殿の結界が破られた!発進準備にかかれ!繰り返す!宮殿の結界が破られた!発進準備にかかれ!」
艦内放送があり、急に飛行甲板が慌ただしくなった。
各整備員が走り周り、エンジンが始動される。
あちこちで低音が鳴りだし、やがてその低音は高い金属音へと変わって行った。
スサノオもエンジンをスタートさせると、これまで何回も繰り返して来た手順で全エンジンを始動し、やがて前方の整備員の誘導に従って機体を発艦位置につけた。
機体が飛空艦の外に吊り下げられ、やがて大きな音がして落とされた。
スサノオは落とされてから数秒後に操縦桿とスロットルを握ると、リンに言った。
「リン少尉!作戦の説明を!」
「はい!こちらロメオ・ワン。一次攻撃隊全機へ通達します。今回は第3中隊と第1中隊の第2小隊との共同作戦を行います。まず全機で公爵領の裏側に周り、山越えをして宮殿に向かいます。山越えをする際はタービュランスの発生に気をつけてください。恐らく凪の時間なので無いと思いますが、念のためです。山越えをしたら高度11,000、速度300で宮殿の上空に向かいます。そしてタイミングを合わせて同時に爆撃を行います。そのあと一旦離脱して再び敵の上空に行きいつものやつをかまします。ご武運を!」
各機から了解した旨の返答があった。
スサノオは操縦桿を握ると若干引きつつ左へ倒し、公爵領の裏側を目指した。
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