第96話 命令

スサノオは飛空艦に戻ると、補給を要求した。

もう一度、輸送艦隊に接近して攻撃しようと思ったのだ。

しかし、要求は却下された。


何故だ?

もうあと数回出撃すればかなりの数を減らせるのに!


納得出来ないスサノオはCICに赴き、オオニシ艦長に抗議した。


「何故ですか艦長!もう後二回ぐらい出撃すれば叩けます!」

「その二回で第3中隊はどれぐらい生き残る?飛竜艇が500隻程、飛竜は数百匹残っていて、更に大型飛竜が3匹健在の中で無傷に出来る自信はあるか?これまでの作戦は生存率を高めるために考えた作戦の筈だったのに、第3中隊は壊滅してしまったではないか。これからの事を考えたら、もうこれ以上の犠牲は出せない。」

「し、しかし・・・」


オオニシ艦長の言ってる事は正しかった。

スサノオもリサも生存率を高め、尚且つ大打撃を与えるために作戦を考えて実行した。

しかしその結果、戦闘飛行隊の多くは撃墜され中隊一個が全滅し、第3中隊は今や小隊にも満たない。

逆に多くの仲間を失ったからこそ、少しでも反撃したいのだ。


「お前死にたっがているな?」


スサノオはギョッとして顔を上げた。


「辛い思いをさせてすまない。だが何度でも言う。生きろ!だから弾薬はやらない!」


スサノオは下を向いた。


「しばらく休め。出撃が近くなったら待機してもらう。1時間ぐらい休憩しろ。命令だ。」


何も言い返せず、スサノオは敬礼をするとCICを出て行った。


スサノオが休憩所に行くと、そこには第3中隊の生き残りが集まっていた。


「艦長は何と?」

「休憩しろとの事だ。次の出撃はいつになるか分からない。みんな圧縮睡眠に入ってくれ。そのあと回復ポーションを飲んだら、休んでいてくれ。」


全員下を向いてしまった。

少しでも多くの敵を倒したい。

そう思って戦いに挑んだ。

だが、出撃する度に仲間を失い、結果、今や2個分隊のみとなった。

誰もが悔しかった。

死んだ仲間のためにも戦いたかった。


「中隊長!」


ワタナベ中尉が叫んだ。

だが、それ以上言葉が出て来なかった。

スサノオの顔も悔しそうだったのだ。

ワタナベは察した。

自分以上に戦いに赴き、戦果を上げつつ仲間を守ろうとした。


ましてや急に中隊長に押し上げられ、中隊の命も預けられた。

なのに第3中隊をほぼ失う結果となった。

スサノオの気持ち全てがわかる訳では無い。

だが、幾許かはわかる。

自分以上に辛いだろう事は想像出来た。


誰かが鼻を啜り始めた。

皆、下を見ている。

誰かが泣いたら、全員大泣きになりそうな雰囲気になりかけてた。


「まだ、泣くのは早い。」


スサノオが静かに言った。


「まだ撤収の任務がある。それで多くの仲間を救うんだ。だから泣くな!」


全員、辛そうな顔をしながらスサノオを見た。

ワタナベ中尉が言った。


「ああ。そうだ。そうだよな。泣くのはやる事をやってからだ。それまで、みんなで頑張ろう!」



ロードリー2世は、再び家族を失った不幸にショックを隠しきれなかった。

死ぬ事は無いと思っていた息子と娘が死んだ。

戦いが合わず、騎士団を辞めて戦争から遠ざかっていた筈のアントが死んだ。

戦争が無ければ、他領主の嫁となる筈だったアンヘラも死んだ。

二人とも軍には所属せず、かと言って政治を執り行ったわけでは無い。

何も落ち度が無いにも関わらず、ならず者に殺された。


誰を恨めば良いのか?

ランポか?

ランポだけなのか?


かの男の出現によって全てが変わってしまった。

良識派を意図せずに助けてしまったが為に目をつけられ、その結果、破滅を招いた。


恨むべきは、ランポと手を組んだ皇弟派か?


いや、そうではない。

一番の悪は日和見主義者達だ。

自分の欲と保身にしか興味がない腐った連中だ。

元々皇弟派と皇帝を支持する良識派は数の上では、良識派の方が優勢だった筈だ。

ところが日和見主義者達はおこぼれに目が眩み、あるいは自分の身かわいさに大義を忘れ、愚かにもランポ側についてしまった。


そしてランポが暴走し始め、証拠も無いのに公爵は裏切り者とされ、公爵領騎士団の数十倍もの兵力で攻められる羽目になった。

日和見主義者の貴族が少しでも気概があれば、サモン侯爵やマンサ侯爵を主体にしてランポに対抗できた。

なのに日和見主義者達は、揚げ足を取る事ばかりに熱中しランポを支持し、二人を見捨てた。


本来であるなら貴族は、皇帝を支え、皇帝はその貴族達の助けによって帝国を治め、ひいては民の平安を守り国を発展する事が与えられた義務だ。

それなのに、自分達の私利私欲に走った。

更に任された領地の統治さえ疎かにする者が多い。

自らの責務を忘れたゴミクズだ。

非常に許しがたい。

そんな怒りをロードリー2世は抱いていたが、そのゴミクズ達によって破滅に追い込まれた。

更に、自慢だった子供達も次々と失った。

怒りを感じつつも、悲しまずにはいられなかった。


ロードリー2世、幼名ルカは、正直今にも気力が切れる寸前となるぐらいに精神的に弱り始めていた。


しかし、最後に公爵としての気概を示したかった。

何としてでも示したい。

正義心からでは無い。

もはや復讐と警告だ。

それを行うまでは気力を持たなければと、ルカは歯を食いしばった。


「公爵殿下・・・」


警護役を命令されたドイ曹長がルカへ話しかけた。

公爵の元気の無さに思わず声をかけてしまったのだ。

本来、警護役は士官が側にいて指揮を取るべきだが、最後に警備を行う者としてドイ曹長が選ばれたのだ。


「なんだ。まだおったのか。他の者はどうした?」

「他の隊員は順次撤収しました。残っているのはもう十数名です。」

「そうか・・・其方らもそろそろ行くが良い。」

「いえ。まだ撤収しません。ギリギリまで残って敵に存在を知らしめよとの命令です。」

「そんな命令は出しとらんぞ?誰からの命令だ?」

「騎士団長です。殿下。」


あいつ・・・余計な事を・・・。


「そうか・・・」


ドイ曹長は黙って公爵を見た。

そうしている間にも次々と状況が無線で入ってくる。

ギリギリまで結界を守れと騎士団の魔道士は言われているが、大型飛竜のブレスを何回も受け、本当にギリギリの状況になって来た。

魔道士によって何度結界を修復しても、大型飛竜のブレスが襲う。

魔石で魔力を補給しても、そろそろ魔石も枯渇して来ている。

領地の結界を維持するのに既に多くの魔石を使ってしまったのだ。

いくら公爵領が、海自の現代化学の知識で他領より豊富な魔石を生み出して来たとは言っても、数には限りがある。


もう残っている騎士団も少ない。

あとは遠隔で砲塔を動かして侵入を防ぐだけだ。

ただ、遠隔操作で使われている武器は、地球で使われている現代兵器のガトリング砲や、無反動砲、榴弾砲などなので奴隷軍団に多大な出血を強いる筈だ。

結界が破られたとしても、簡単には宮殿の中に入って蹂躙する事は出来ない。

ただし奴隷軍団は同僚を肉の防護壁とし、屍を踏みつけて前に進むつもりなのは明白だった。

ランポが奴隷兵を作った理由はそこにある。

いくらこの世界の人権意識が低いと言っても、余りにも残酷であった。


だがルカはその奴隷達を救うほど、度量を大きくするつもりは無かった。

奴隷兵を救ったとして、領民と仲良く暮らせる筈は無い。

奴隷の中には騙されて囚人奴隷に落とされた者もいるだろう。

だが、ランポの手駒として武器と化している彼らを野放しにすればこちらがやられる。

もうどうす事も出来ないのだ。

結局、ルカはランポと同じように、彼らを人としてでは無く、排除すべき障害物としてしか見れなかった。

そして犠牲も止むなしと冷たく考えた。


大型飛竜の何度目かのブレスの攻撃が再び起きた。

宮殿が大きく揺れた。

その振動はルカのいる地下にまで響いた。


「騎士団長へいつまで持つのか聞いてくれ。」

「承知しました。」


ルカは自らコウタへ連絡するのを躊躇った。

彼は自分が何をしようとしているのか知っているのだ。

直接話せば、再び止めようとするだろう。

「あと15分程だそうです。」

「そうか・・・。」


ロードリー2世は深く息を吸うと言った。


「宮殿に残っている者は全員撤収し、訓練島へ向かうよう伝えろ。これは公爵としての命令だ。命令に逆らった者は反逆者と見做す。世と共にいた者は領民や臣下とは認めない。もう一度言うぞ。全員撤収しろ。残った者は反逆者と見做す。反逆者と後々言われたく無ければ全員撤収しろ。なお、世がここに残っている事は秘匿せよ。」


ドイ曹長は黙って下を向いてしまった。

そして声を絞り出すようにして言った。


「・・・お考え直しをしてください。」

「ダメだ。」

「お供させてください。」

「ダメだ。」

「姫が・・・姫様がお可哀想です・・・。」

「あんなに扱いたのにか?」

「しかし・・・」

「どうした?復唱しろ。命令に背くのか?」


曹長は歯を食いしばりながら、目を真っ赤に充血させながらロードリー2世を見ると叫ぶように言った。


「はッ!これより、宮殿に残った17名は宮殿より撤収し、訓練島へ向かいます!なお公爵殿下が残られた事については撤収部隊の全員に箝口令を敷き秘匿致します!」

「うむ。よく言った・・・娘を・・・娘を頼む・・・。」


曹長は敬礼をすると、後を向き部屋から走って出て行った。



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