第94話 戦闘作業

スサノオは飛空艦から発進した。

残存の第3中隊の3機は既に発艦を完了していて、飛空艦の横でスサノオが出てくるのを待っていた。

先に出た第1中隊は既に地上部隊の支援のため、公爵領にある宮殿付近に向かっている。

彼らも定員から2機欠けた状態で、これ以上の損失を避けるため、今回の攻撃ではもう甲羅を攻撃しない事になっていた。


遠い東の空がうっすらと明るくなり始めていた。

下を見ると、灰色の雲が見え始めている。

それでも日の出までにはあと2時間ぐらいあるはずだ。

障害物の無い空に上がると、わりと早く明るくなり朝を感じてしまう。


そんな空をぼんやりと見ながらスサノオは思った。

もうかなり長い時間戦っていた気がする。

圧縮睡眠を繰り返していたせいで、時間の感覚が麻痺していた。

実感としては1ヶ月ぐらい戦っている気分になっていたが、本格的な戦いが始まってからはまだ1週間も経っていなかった。

そんな短い時間であったはずなのに、多くの仲間を失った。


バレントが死に、マリやロハもいなくなった。

中隊を率いていたヤマダ中隊長がフェードアウトした。

同時に戦死者が出て、そのあと補充した新人もやられた。

別の中隊に所属していた同期も死んだ。

仲良くなりかけた先輩も死んだ。

親友も被弾して、一緒に戦え無くなった。

そして誰よりも愛していたリサは心に傷を負い、ドラゴンファイターから降りてしまった。


スサノオは全ての事に対し、疲れてしまった。

それでも上司からは信頼され、またこうして出撃している。

放り投げる事は出来ない。

これが戦争であり、軍隊であるという事を嫌と言うほど思い知らされる。

運が良かったのか、スサノオはまだ生きていた。

だが正直、もう身も心もボロボロになっていた。


スサノオは東の空をぼんやりと見ていたが、すぐにリンへ指示を出した。

もうやる事が機械的になっていて、意図せずに命令が口から出てしまうのだ。


「リン少尉。説明を頼む。」

「はい、中隊長。」


リンはスサノオに元気が無い事を感じてたが、それでも職務を全うすべく、中隊・・・と言ってももはや分隊規模になってしまったが・・・へ作戦内容を伝えた。


「中隊各機。こちらロメオ・ワン。これより作戦内容を伝えます。我々四機はこれより敵輸送艦へ向かい、出来る限り多くの船を沈めます。ミサイルは使用出来ません。騎士団の方針でミサイルは今後のために取っておく事になりました。このため、攻撃は爆弾と通常のレールガン、それに今回装備された30ミリのガトリング砲を使います。攻撃はなるべく2機編隊で互いにサポートしながら行ってください。」


リンは更に襲撃方法を説明して、最後に言った。


「説明は以上になります。各機ご武運を!そして・・・死なないでください!」


最後の一言はリンの思いだった。

あまりの損害に、リンもショックを受けていた。

なので、生き残り達に死んで欲しく無く、最後にそう言ったのだ。


暫く各機体から返答はなかった。

しかし・・・、


「ロメオ・ワン。こちらオスカー・ワン。了解した。ああ、生き残ろう!」

「ロメオ・ワン。こちらエコー・ワン。生きて帰ろう!」


最後に、前回の攻撃の時いきり立ったが為に、スサノオにロックオンされたパイロットが答えた。


「ロメオ・ワン。こちらウイスキー・ワン!絶対生きて帰るぞ!」


スサノオは部下達の声を聞いて涙が出そうになった。


「こちらロメオ・ワン。みんなありがとう。ああ、みんなで笑って帰ろう!」


リンはそんなスサノオを見て安心するのだった。


スサノオ達が向かったのは、領地から10マイル沖に迫った輸送艦隊だった。

彼らは攻撃に参加する様子も見せず、のんびりと近づいているように見えた。

ただ、これまでの戦闘から、彼らは補給の役割を担っているようで、時々飛竜艇が近づいていた。

この艦隊を攻撃すれば補給を断つ事になり、効果的な防御になる事は予測出来ていたものの、大型飛竜からの防御が優先されたため、放って置かれていた。

遅まきながら、と言ってももう遅きに失したと言うべきだが、やっと輸送艦を攻撃する事になった。


「こちらロメオ・ワン。距離30、12時の方向に敵艦隊。全機、一旦通り過ぎてから3/4旋回。そのあと、高度10,000からの急降下爆撃を実施してください。爆弾は一隻に付き一個で十分です。爆撃後一旦離れ、爆弾がある限り反復攻撃を行い、終わったらポイントエコーで待機をお願いします。」


リンに続けてスサノオが言った。


「こちらロメオ・ワン。全機行くぞ!」


おお!と言う声が聞こえた気がした。


スサノオは高度を10,000フィートまで上げると、スロットルを調整してスピードを300ノットにした。

数分程して、正面に輸送艦隊が見えて来た。

数はおよそ100隻強。

敵の真横から近づく。

スサノオ達はそのまま通り過ぎると、やや大回り気味に右に旋回を始めた。


地球の軍艦であれば直ぐにでもミサイルや対空砲が飛んで来るが、輸送艦は全く気づいている節は無く、スサノオ達はのんびりと右旋回した。

気が引き締まらない。

スサノオはそう感じた。


ゆっくりと旋回を続け、やがて艦隊の真後ろから接近するような形になった。

スサノオは操縦桿のウエポンセレクトで爆弾を選択すると、スイッチを押した。


ガコンと言う音がして、爆弾が機外へ吊り下げられた。

そのまま敵艦隊に近づくとスサノオは言った。


「こちらロメオ・ワン。これより攻撃に入る。まずは一番先頭にいる奴を叩く。」

「では自分はその右にいる奴で。」

「じゃあ、俺は後にいる奴。」

「俺は・・・迷うな・・・じゃあ左・・・」


何ともお気楽な感じだ。


そんな会話をしているうちに、艦隊の半分ぐらいの船を通り過ぎた。


スサノオはスロットルを手前に引き、一気にエンジンを落とすと、機首を降下角60度に下げた。


レーザー誘導があるのだから別に急降下爆撃をせずとも良いのであるが、防御結界がある可能性があるのと、なるべく爆弾の消費量を少なくしたいのとで、効果の高い急降下爆撃で沈める事にしていた。

なので第二次大戦の急降下爆撃機と同じことをしている。


スサノオは急降下に入った。

狙った先頭の船との距離が縮まり、高度が下がって行った。


9,000、8000、7,000、6,000・・・。

まだまだ・・・。

5,000、4,000・・・。

スサノオは操縦桿を握る手に汗を感じつつ、爆撃スイッチの蓋を開いた。

3,000、2,500、2,000!

まだだ!

1,900、1,800、1,700、1,600!

スサノオはスイッチを押すと急いで操縦桿を目一杯引き、スロットルを押した。


爆弾は吸い込まれるようにして敵の船に向かって行った。


「ズガーン!」


大きな爆発が起きた。


「ズガーン!」

「ズガーン!」

「ズガーン!」


続けて爆発が起きる。

僚機も他の船を爆撃したのだ。

スサノオは爆撃された船を見た。

木っ端微塵となり、周りには炎を纏いながら浮かんでいるものがある。

よく見ると人も浮いていた。

引きちぎられている者もいれば、生きてはいるものの、周りの炎に巻かれている者もいた。

そして、生きているように見えているものでも、その殆どは沈んで行った。

他の船も似たような状況だった。

何とも凄惨だった。


そんな凄惨な風景が広がっていたのではあったが、今のスサノオは半ば”歴戦の勇士”と化してしまっていて、見慣れた風景になっていた。

ただ少し目を細めるだけであった。


「リン少尉。状況は?」

「敵4隻爆沈です。まだ”たったの4隻”ですが・・・」

「ああ、そうだな。まだ爆弾は3発ある。引き続き攻撃を継続する。」


たったの4隻ね・・・。

でもその4隻には100人から200人乗っていた筈なのだがね・・・。

合計で400人から800人の命を奪ったわけだ。

スサノオは自分や周りの感覚がおかしくなっている事に気づきつつも、黙々と任務をこなす事に専念した。



ロークリオは相変わらず甲羅の防御結界を維持し続け、執拗に公爵領を飛竜のブレスで攻撃し続けていた。

もう領地の結界は既に破られており、残す障害は宮殿の結界のみだ。

それでもロークリオは安心出来ず、甲羅の防御結界を解かなかった。

ただ、甲羅は既に結界を突破しており、部下達はそろそろ飛竜艇を下ろして地上戦に移るべきではと思っていた。


「ロークリオ殿!結界に入って大分進みました!これで大戦果間違い無しです!そろそろ飛竜艇を降ろされては?」

「まだだ!まだ早い!敵の反撃が完全に無くなってからだ!」

「そ、そうですか・・・」


部下は呆れていたが、この場合ロークリオの方が正しかった。

第二次大戦の初期、日本軍は太平洋の島、ウェーク島を攻撃したが、その際爆撃や艦砲射撃が不充分だったため、いざ上陸部隊が近づくと手酷い反撃を食らってしまった。

アメリカ軍が硫黄島を攻撃した時も同様であった。

当時のアメリカ海軍は十分な艦砲射撃を行わず、日本軍の武器の大半は破壊されないまま残された。

その状態で海兵隊は上陸を結構し、結果多くの海兵隊が犠牲となった。

(※当のアメリカ海軍は否定している。また日本軍の死者は海兵隊の戦死者以上であった。ただし、負傷兵を含めるとアメリカ側の被害は日本軍を上回っている。)

硫黄島の戦いは最も凄惨な戦いとしてその後歴史に残る事となった。

ロークリオの小心さによる攻撃と防御は、本人の意図とは別に、結果的に公爵領の戦力を弱める事になった。


それでも公爵領側は反撃を忘れなかった。

相変わらず、ロークリオは謎の超飛龍による爆撃を受けていて、なかなか前進できなかった。

ところが、飛竜15匹に違法ナランを食べさせた時だ。

超飛竜らしき攻撃が格段に減った。

部下達は驚いた。

滅茶苦茶な命令だと思っていた攻撃が功を制したのだ。

そんな時だった。

良からぬ状況が生じた。


「なんだあの光は?」


ロークリオは塩湖の方を見た。



スサノオ達は暫く爆撃を続けていたが、持っていた爆弾2発を使い切り、合計8隻の輸送艦を沈めた。

だが輸送艦はまだまだ健在で、混乱はしつつも公爵領を目指している。


スサノオ達は一旦離れて集合場所に集まった。

だが結果は大戦果とは言えず、まだまだ多くの輸送艦が残されていた。


「まだまだいますね・・・」

「またモグラ叩きだな・・・。叩いても叩いてもいくらでも残っている。」


いつも通りと言う感じだったが、正直気が滅入ってしまっていた。

全機揃っていた頃の第3中隊でも、このような攻撃は精神的に辛いものであったろう。

本当に洒落にならない数だった。

飛竜艇を落とすのだって、今の数まで減らすのは戦闘飛行隊総掛かりだった。

たった4機では全てを時間内に沈めるのは不可能だ。


それでもやらねければならない・・・。

スサノオはそう思いかけたが、ふと考え込んでしまった。

こう自分に言い聞かせるのは何回目だろうか?

僚機が旋回して待っているのが見えた。


「リン少尉。頼む。」


スサノオは気持ちを無理矢理切り替えてリンに中隊へ指示を出す事を促した。


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