第93話 再びの犠牲

結界に穴が空いた!


ロークリオに取っては待ちにまった報告だ。


「このまま中に突入します!」

「いや!待て!」


興奮している部下をロークリオは引き止めた。

彼は帝都公爵屋敷へ襲撃した時の事を思い出した。

屋敷襲撃の際、ロークリオは負傷して後方へ送られたが、その後の顛末は聞いていた。

結界が消滅した後、ランポの騎士団を含め多くの領地騎士団が突入して行ったが、巨大な爆裂魔法で壊滅させられた。

その事実は伏せられ、一般民衆へは領地騎士団は公爵領騎士団の卑劣極まる攻撃に死に物狂いで善戦し多くが戦死したと流布された。

物語風に勧善懲悪的に民衆へ伝わった。

こう言う話は民衆に好まれる。

特に貧しく、生活に不満を持つ民衆にとってはまさにサーカスであった。

実際は猪突猛進して無様に死んだのだが、その事実は伏せられた。


今回も罠に誘われているのかも知れない。

そうなったら公爵屋敷襲撃の時と同じだ。

ここは慎重になるべきだ。


「まだ突入するな!引き続き飛竜による攻撃を継続しろ。」


部下は怪訝そうな顔をした。

珍しい。

猪突猛進で後先考えずに突っ込むと思っていたが・・・一体何を考えているんだ?


ロークリオは一瞬だけ時を置くと、再び部下へ伝えた。


「そうだな・・・一部の飛竜に例の実をまるまる食べさせろ。全部に与えるのでは無いぞ。そう15匹ぐらいで構わん。それから引き続き大型飛竜の守りを固めろ。それで時々宮殿に向かってブレスを吐かせろ。」



ノブリとタントは監視役の指示で前線から離れ、帝国軍の集団に向かっていた。

向かっている集団の指揮官は今までとは別の監視役で、今度は融通が効かない元チンピラだった。

他にも、いかにも荒くれと言うような奴隷も3騎ばかし一緒になった。


二人とも正直行きたく無かった。

この集団の一員になりたく無かった事もあるが、何よりも帝国軍の元に行きたく無かった。

だが奴隷である以上、主人の代理である監視役には逆らえ無い。


帝国軍はかつてノブリとタントがいたところだ。

ノブリはギャンブル好きが祟って借金が嵩み、帝国軍の”機密費”に手を出した。

それがバレて査問にかけられた結果、囚人奴隷に落とされた。

タントは女を巡る喧嘩で駐屯地で大暴れし、こちらは軍刑務所に収容された後に奴隷に落とされた。


二人とも、帝国軍には後ろめたいところがあるのだ。

なのでかつての仲間には会いたく無かった。

何故二人が選ばれたかと言うと、他のまともな帝国軍出身の者は殆どが戦死してしまい、今やノブリとタント以外に帝国軍とまともに話せる者がいないのだ。

ただし彼ら二人は奴隷身分であるため、自由に帝国軍と話せると言う訳では無い。

交渉の主導権は監視役が握っていて、二人は揉めた際に監視役の意向に沿って仲介役を務めるに過ぎない。

ただし、監視役の気分次第では脅迫役、最悪は喧嘩の鉄砲玉に変わる嫌な役割だった。

ノブリは不安で仕方なかった。



帝国軍を率いているエスパード侯爵はため息ともつかない息を大きく吐いた。

やっと結界が一部破れたようだ。

これで前進出来る。

まだ完全に弱まっていないようだが、飛竜のブレスを集中すれば通り抜ける穴は開くだろう。


「結界が弱まった。飛竜のブレスを集中して放て。これぐらい向こうも許してくれるだろう。」

「はい?集中攻撃ですか?それでは向こうが反撃して来ませんか?」

「そうなったらそれまでだ。引くことにしよう。何、心配いらん。向こうにまともな指揮官がいれば、反撃して来ることはない。」


アントは直前にまで迫っている帝国軍を眺めていた。

2000騎を超える飛竜。

そしておよそ600隻もの飛竜艇。

それでいてロークリオの軍とは違い秩序だって動いている。

敵ではあるのだが、一種の畏怖に似た感情を抱いた。


あの中に親友のフーシがいるに違い無い。

アントには確信めいた物があった。

待機しているところは、以前フーシと良く訪れた場所で、共に領地の将来を語りあった。

と言っても、お互い政治的な話よりも経済的な話が中心で、何をすれば領地の経営が上手く行くかを話していた。

今いる場所は、フーシとの話で農地にするつもりだった土地でそれが実現すれば公爵領は更に発展する筈であった。

それがランポによる陰謀でひっくり返されてしまい、フーシは領地を出ざるを得なくなった。


別れてから1年も経っていないのだが、なんだか随分と時間が経っている気がする。

アントは懐かしさすら感じた。

そう思っていた時、結界が弱まった。

アントはネヅ大尉のような魔術のエキスパートでは無いが、それでも結界の魔力が弱まっているのを感じた。

それから時を経たず、突然目の前の飛竜が一斉にブレスを吐き始めた。


「な、なんだ、なんだ!」


アントは思わず叫んだ。


「恐らく、中に入る為の入り口を開けているのでしょう。せっかちな方達だ。向こうの動きを見るに敵意はありません。」


側にいた騎士団の少佐、ヤマモトが言った。


「そう・・・なのか?」

「ええ。攻めて来るつもりだったら、もっと多くの飛竜にブレスを吐かせます。彼らは通り道を作っているだけです。」


そう言われてアントは安心したが、彼らの一部でも襲って来たらどうしよう・・・。

アントは一抹の不安を抱いた。


「パリン、パリン・・・」


どうやら穴が空いたらしい。

するとブレスを吐いていた飛竜達が下がり、奥から2隻の飛竜艇が護衛の飛竜と共にやって来た。

2隻はゆっくりと進むと、やがてアントとヤマモトの目の前に着地した。

中からそれぞれエスパードとフーシが現れた。


「ようこそ、公爵領へ。と言っても歓迎する雰囲気では無いですが。」


アントはエスパードに握手を求めた。

ところが、エスパードは跪き、アントへ格上に対する態度で挨拶をした。

隣にいるフーシも慌てたように跪いた。


「今回の騒ぎ、誠に申し訳無く思っております。特にランポの暴走、それに奴隷軍団の長、ロークリオの横暴を止める事が出来ず申し訳無く思っております。」


アントは正直驚いた。

しかし聞きたく無い言葉であった。

エスパードは実直真面目で、ほぼ9割型本心を述べたつもりだが、少し逆効果だった。

アントとしてみれば、今回の戦争は全くの言いがかりで、他の貴族は止めようともせず、結果このような事態になっているのだ。


アントはエスパードを見下ろして押し黙ってしまった。

どの口が言う?

帝国の貴族達が無能なせいでバレントは死に、姉妹二人は行方不明になった。

今や公爵は領地を放棄する事に決め、領民は領地から逃れるように指示されている。

喧嘩や戦いが苦手なアントではあったが、怒りが込み上げて来た。


慌ててフーシが大声で進言した。


「エスパード侯爵殿!謝罪も大事ですが、今はそう言う時ではありません!領民の保護と避難が先です!アント殿!領民はいずれに?」


アントとはその言葉を聞いて我に帰った。

そうだ。

怒る前に領民の保護だ。

そう思って怒りを抑えつつ、フーシに言った。


「すまないフーシ。エスパード殿。言いたい事は山とある。しかし今は領民を引き取ってもらう事が先だ。ただ、悪いがフーシだけ領民に引き合わせたいので、暫くそこにいて貰えないか?ただ、必要な飛竜艇だけ、そこのヤマモト少佐の指示に従ってこちらに着陸していただけ無いか?」


エスパードは自分が失態を犯した事に気付いた。

やってしまった。

これだからランポに良いように使われた気がする。


「アント様、申し訳ございませんでした。ただ、一緒に同行する事は叶いませんか?」

「ダメです。」


アントは即座に拒否した。

両者の間に微妙な緊張感が走った。

両者は互いの事をじっと見た。

お互いに睨んでいる中、エスパードはアントの横にいたヤマモト・ショウサと呼ばれた騎士らしき人物を見た。

見た事が無い緑色の服を着て、変わった帽子を被り、変わった履き物を履いている。

見ようによっては、見窄らしい平民だ。

しかし、体つきや身のこなし、それに表情は戦士その物のオーラを醸し出し、エスパードは彼は只者では無いと感じた。

その戦士らしき人物がこちらを睨んでいる。

下手をしたら命のやり取りが発生する。

ここまで来てトラブルを起こすのは得策では無い。

逆に恩を売っておけば、上手くすれば公爵領の秘密が分かるかも知れない。

ここは大人しく引き下がるべきだろう。


「分かりました。ここでお待ちしましょう。それで、どれくらいの飛竜艇を呼べばよろしいですか?」

「一隻でどれくらいの領民を乗せられますか?」

「多くて12人程ですね。」

「では340隻以上お願いします。着陸方法や順番については先程言った通り、少佐の指示に従ってください。フーシ。一緒に来てくれ。少佐。後をお願いします。」


ヤマモト・ショウサ?

この者の名前か?

エスパードは不思議に思いながら、ヤマモト少佐に案内されて指定の着陸場所に向かった。


アントとフーシは騎士団が焚いたスモークにまぎれて隠蔽魔法の掛かった結界に入った。

残った領民はおよそ5,000人。

その内、幼い子供がいる家庭や結婚して間もない夫婦は訓練島に移動させた。

ここにいるのは訓練島に行かなかった者と、騎士団にいたと時の記憶を消した元騎士団員とその家族、合わせて4,000名余りだった。

ただ、未だに領地に残ると言う者がいて、アンヘラが必死になって説得して回っていた。


「まだこんなに残っていたのか・・・。」

「ああ。慕ってもらうのは良いが・・・我々はこの者達の命を守らなければならない。だから断腸の思いで彼らの運命をそちらに託したいのだ。」


一瞬、フーシは戸惑うような素振りであったが、すぐに答えた。


「任せろ。精一杯努力して面倒を見る。」

「頼んだ。」


二人は揃って避難民の間を歩き、やがて中心近くに着いた。

そこにはやや疲れた顔のアンヘラがいた。


「アントお兄様・・・・・あら、フーシ殿ではありませんか。お久しぶりです。」

「アンヘラ様。お久しぶりです。なんだかお疲れですね・・・。」

「ええ。忠誠心のお強い頑固な方が多くて・・・もう無理矢理にでも他所へ移ってもらうつもりです。」


フーシは苦笑いした。

なんともやつれてしまったな・・・。


「フーシ殿!何を笑っているんですか!」

「申し訳ありません、アンヘラ様。それで準備は出来ているのですか?」

「ええ。なんとか。」



エスパードはヤマモト少佐の指示に従って、飛竜艇を次々と言われた場所へ着陸させた。

普通、これだけの飛竜艇を着陸させるのは時間がかかり、また秩序だって並べて停泊させるのは至難の技だ。

しかし、ヤマモト少佐はまるで全て見えているかのように降りる順番を指定し、見事に飛竜艇を地面に並べて見せた。

エスパードにとっては驚異的な事であった。

実はヤマモト少佐は近くに飛ばしているオスプレイに管制をさせて、その連絡を隠蔽魔法で隠しているイヤホンで聞いて、エスパードに指示しているのであった。

よって、こんな事は朝飯前の事であった。


しかし、そんな事実を知らないエスパードは物凄く優秀な指揮官を見た思いで感服していた。

無理だと思うが・・・この者を帝国軍に加えられないものか・・・そう思い始めていた。


そうこうしているうちに、アントとアンヘラ、それにフーシが煙の中から避難民を連れて出てきた。

エスパードはある程度の人数は聞いていたが、実際に見ると大人数である事に改めて驚いた。

更に驚いたのは、秩序だったグループ毎に分かれていた事だ。

普通こう言う状態になった群衆は我先にと飛竜艇へ殺到するのだが、皆黙々とそれぞれの飛竜艇に向かい、静かに、時には助け合いながら飛竜艇に乗った。

一応、混乱を避けるために、飛竜艇にはそれぞれ警備の兵士を乗せていたが、あまりにもスムーズに避難民が乗るので、エスパードは拍子抜けしたた気分だった。

ただ、注意して見ていると、避難民の殆どは暗い顔をしており、また中には涙を流している者がいた。

そんな彼らを見て、エスパードは罪悪感を感じた。


「エスパード侯爵様。」


ヤマモト少佐がエスパードに話しかけた。

エスパードが振り返ると、そこにヤマモト少佐と共に、一人の男が立っている。

彼は帝国軍のドラゴンライダーの戦闘衣装を着ていた。


「この方をご存知では?」


エスパードは驚いた。

忘れもしない、ドラゴンライダーのレホだった。

彼はランポの”公爵領偵察任務”に無理矢理巻き込まれて"行方不明"になったとされていた。

隠密同士の連絡で、彼がロードリーで保護されているとは聞いてたものの、実際に生きているのを見て非常に嬉しくなった。



「レホ!良かった!生きていてくれて嬉しいぞ!」

「侯爵閣下!申し訳ありません!ランポの手下に嵌められてしまいました!」

「良い!良いのだ!こちらこそ困難な仕事を申し付けてすまなかった。申し訳無い。」


飛竜艇に乗っていた兵士、それに飛竜で上空を警備していたドラゴンライダー達がレホを見つけて側にやって来た。


「レホ!レホでは無いか!生きていたのか!」

「この野郎!お前どこに隠れていたんだ!」

「女と駆け落ちしたのかと思っていたぞ!」


ワイワイガヤガヤと帝国兵達が集まって来て大騒ぎになった。


全く・・・避難民達は粛々と順序良く飛竜艇に乗り込んだと言うのに・・・。


「こら!お前達!騒ぐんじゃ無い!嬉しいのは分かるが少し落ち着け!」


エスパード侯爵はそう言いながら、部下が生きていた事に自らも喜びの表情を見せて笑っていた。


帝国軍が大騒ぎしているのをアント、アンヘラは遠くから複雑な思いで見ていた。

生きている事を喜ぶのは良いが、彼らは親族を亡くしていた。

素直に捕虜の解放を祝福する気にはなれなかった。

フーシは横で黙って二人の様子を見ていたが、やがて二人の気持ちを察して、そっと側を離れた。


その時だった。

突然、一本の光が茂みの向こうから放たれた。


「お兄様!」


そう言ってアンヘラがアントの前に庇うように立った。


ブシュッ!


そんな嫌な音がしたかと思うと、アンヘラは頭から血を流し、目を開けたまま、膝から崩れてその場に倒れた。


「アンヘラ!」

「アント!危ない!」


再び一本の光が放たれ、フーシは慌ててアントに飛びついた。


「だ、大丈夫か?アント!おいアント!」


アントは胸を撃たれていた。

意識はあるようだったが虫の息だった。


「敵襲!」


誰かが叫んだ。

すると何処からかイカヅチ魔法が放たれて、現場は大混乱となった。


「ショウサ殿!これは一体?」

「こちらが聞きたい!あなた達はやはり敵対するつもりか!」

「違う!そうでは無い!何者かの仕業だ!帝国軍では無い!」

「奴隷軍団か?」

「恐らく!」


そう言っているうちに、大きな爆発音がして、叫び声が聞こえて来た。

そして再び爆発が起きると、茂みの向こうから奴隷兵士二人と、チンピラのような看守風の男が転がるようにしてこちらへ走って来た。


「誰だ!」

「誰だとはなんだ!この裏切り者!」

「裏切り者とはなんだ!この俺を誰だと思っている!」

「見ていたぞ!公爵領と裏取引をした裏切り者だろうが!二人ともこいつを捕らえろ!」


ノブリとタントは息を呑んだ。

目の前に立っているのはかつての自分の上司であり帝国軍のトップ、エスパード侯爵だ。

反射的に二人は跪いた。


「何をしている!捕らえろと言ったら捕らえろ!」


奴隷紋が光った。

だが、直ぐに消えた。


「なんだ?俺の命令が聞け無いのか?捕らえろと言ったら捕らえろ!」


だが二人の奴隷紋は光ったと思ったら再び消えた。


「愚か者。貴様が誰だか知らないが、お前のような奴に俺を捕らえる事は出来ない。」


実はエスパードはこうなる事を予測して、ランポに帝国軍派遣で三つ目の条件をつけていた。

もし帝国軍に刃向かう奴隷がいたら、その奴隷は帝国軍の指示に強制的に従わせるようにすると。

ランポは、不利な条件を結ばれていた中、この条件だけは上手く使えると思って内心喜んでいた。

奴隷をわざと反乱させ、公爵領によって操られたと見せかければ否が応でも帝国軍を巻き込める・・・・。

そう思って呑んだ条件だったが、実際はランポの思惑とは逆の効果を発揮してしまった。


「この愚か者を捕らえろ!」


エスパードは兵士達に監視役の捕縛を命じると、二人の元帝国軍兵士に近づいた。


「二人はこのままここで待機しろ。追って沙汰を伝える。」

「「はッ!」」


エスパードはアント達に近づいた。

アントは口から血を吐き出して横たわっていた。

側で公爵領騎士の魔道医師と思われる女性が、見たこともない方法で治療をしている。

それでも、助かりそうには無かった。


「アント様!しっかりしてください!」


衛生兵は懸命に声をかけて治療を施そうとした。


「アント!アント!行くな!頑張れ!」


フーシも懸命に声をかけた。


アントは虚な目をしてうわ言を言っていた。


「アン・・・ヘラ・・・アン・・・・へ・・・ラ・・・・」

「アント!アントーッ!」

「殿下・・・申し・・・・・訳け・・・・ありま・・・・せん・・・・」


そう言うと、アントはこと切れた。



再び公爵家に犠牲者が出た。

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