第92話 破られた結界
「艦長!遂に結界が破られました!」
CIC内でオペレーターが大声で叫んだ。
オオニシ艦長は静かに言った。
「第1中隊、第3中隊に発艦準備を指示しろ。それから敵の輸送艦隊は今何処にいる?」
「公爵領より10マイルほど沖合にいて、4ノット程の速度で公爵領へ向かって来ています。」
「速度を上げた様子はあるか?」
「ありません。」
「そうか。」
そう言ってオオニシは側に置いてあったマグカップを取ると、ゆっくりとコーヒーを啜った。
結界が破れたと言う報告に案外冷静な自分に驚いた。
動揺していないと言えば嘘になるが、しかし狼狽えるほど動揺はしていなかった。
何よりも、既に覚悟はしていた。
後は事前に用意していたプランに移行するだけだ。
そうオオニシは思っていた。
不安要素だった輸送艦隊が素人運用過ぎたのも、それ程動揺を与えなかった要素である。
通常であれば、敵の飛竜艇は輸送艦隊とタイミングを合わせて上陸を試みるところだが、ランポ軍団は所詮素人軍団。
恐れていた輸送艦隊と飛竜艇・飛竜の同時攻撃、または飛竜艇を揚陸艇代わりにして上陸部隊を送ると言う考えは最初から無かったようだ。
飛竜艇・飛竜での攻撃以外考えて無かったのだ。
愚かしい。
しかし、最初の戦闘前の偵察で輸送艦は全部で1万5千〜2万人ぐらいの兵力を持っていると予測された。
飛竜艇にも上陸部隊が乗っていると予測されているので、今現在の上陸に使える兵力は、恐らく輸送艦と合わせると2万5千〜3万人と行ったところであろう。
結界が破られたら次の作戦として、誘い込んで敵の出血を強いる計画を立てている。
恐らく殆どの上陸部隊はそこで死ぬだろう。
ただ、今から少しでも嫌がらせはしておきたい。
その為に別働隊として、スサノオに攻撃させようとオオニシは思っていた。
スサノオは飛空艦の飛行甲板脇の格納庫でドラゴンファイターに乗り、出撃のため待機していた。
格納庫の目の前は飛行甲板となってる。
なので格納庫と言っても、どちらかと言うと駐機スポットと言った方が良いかも知れない。
むしろ飛行甲板その物が格納庫と言った方が適切だ。
発艦エリアと着艦エリアの間には黄色いラインが引かれている。
そのライン上には第1中隊が10機列になって並んでいた。
本来なら中隊は12機の編成だが、これまでの戦闘による損失で機数を減らしていた。
更に地下基地の放棄、それに直ぐでは無いが訓練島の撤収が決まっていたので補充はしない事になっていた。
それでもまだ予備機があったはずだが、騎士団としては今後の事を考えればこれ以上の損失は避けたかった為に補充の無いままの編成だった。
それでもスサノオの第3中隊と比べれば機数は揃っている。
同時に飛行甲板に並ぶと、自分の中隊が小隊にも満たない編成となっている現状に情けなさを感じた。
飛行甲板に並べられたドラゴンファイターは、まだエンジンは起動されていなく、待機を命じられていた。
ただ、だからと言って乗員はその場から離れてはならず、パイロットや戦術航法士は機体に乗ったまま黙ってコクピットに座っていた。
静かだった。
整備員もそばで待機しているが、何をする訳でも無く、話す訳でも無く、ただジッと蹲って待っているだけだった。
普段は気にしない、飛空艦のインバータモーターの様なエンジン音と、風を切るゴーと言う音が妙に大きく感じた。
「中隊長。よろしいですか?」
突然、後席のリンがスサノオに話しかけた。
インカムも無線も使わず、ただ普通に話しかけて来た。
「プライベートな会話?それとも業務的な会話?」
「両方・・・ですかね・・・。」
「手短に話せる?」
「はい・・・」
リンは少し戸惑った。
こんな話をしたら怒られるのでは無いだろうか・・・。
「どうして、私なんでしょうか・・・?」
「・・・・・?何が?」
「いえ、その・・・何故私なのでしょうか?」
「そりゃ・・・・なんでだろう?」
スサノオはちょっとしたイタズラのつもりで、どうしてだろうと首を傾けて見せた。
「やっぱり・・・私って相応しくないですよね・・・。」
ヤバ。
そっちの方だったか。
てっきり生き残った事に対する罪悪感だと思っていた。
純粋に自信を失っているんだ。
多分だけど。
不味いな。
「冗談だよ。冗談。それはあれ・・・そう、リサと同期だからだろ。」
「それだけの理由ですか?」
ますますリンは暗い顔になった。
リサと比較される事にプレッシャーを感じているのだ。
「いや、ちょっと待て。自信を無くさないでくれよ。リサ達の世代は他の世代よりも訓練は厳しかったと聞いているぞ?だからだろ。」
「厳しかった?」
「そう、リサからレンジャー訓練の厳しさは聞いていたし、圧縮訓練も相当厳しかったと聞いたぞ。リサは乗り切れたのは奇跡だったと言ってた。何よりもこれ程の短期間で前線に立たされるのは稀だ。」
半分嘘で半分本当だ。
スサノオはリサ達の圧縮訓練がどれ程厳しかったのか、聞いてはいても全てを理解している訳では無い。
だが自信を失っているように見えるリンに否定的な事を言うべきでは無い。
「それだけリサ達の世代は優秀って事だ。だからこちらに送られたのでは無いか?」
「・・・でもリサのようには・・・。」
「もっと自信を持つべきだよ。リサは異常過ぎるんだ。うん。やり過ぎなんだよ。でもリン少尉もそれなりに優秀だと思う。何しろこっちの操縦について来てるだろ?リサは最初の頃はシュミレーターですら気絶したって聞いてるぞ。」
リンは少し微笑んだ。
そう言えばそうだった。
リサは気絶したんだっけ。
「スサノオ大尉は頼もしくて優しいんですね・・・・・。」
「そうか?」
そう言った瞬間、リンは真っ赤になった。
あれ?
自分は何を言って?
「・・・・・?」
「・・・・・!」
あれ?
何これ?
「リン少尉?」
「あ、あ、ごめんなさい。弱音を吐いてしまいました。す、す、すみません!」
「??????」
私の馬鹿!
何でドキドキするのよ!
何よこの気持ち!
リンは会話を打ち切った。
そんな時だった。
突然、艦内放送が入った。
「全乗員に告ぐ!繰り返す!全乗員に告ぐ!結界が破られた!まだ宮殿の結界は無事だが、公爵殿下は領地の放棄を決断された!これより撤退戦に移行する!残された者の命を守れ!」
スサノオの父、サカイ騎士団長の声だった。
いよいよこの時が来てしまった。
放送が終わると再びエンジンの音と風切り音だけが聞こえていた。
そんな時、CICよりの無線が入った。
「全機に通達!これより撤退戦の支援攻撃に入ります。まずは第1中隊!発艦し、地上兵力の支援に向かってください!」
中隊長のイトウ機から了解した旨の返信があった。
それと同時に整備員が慌ただしく動き始め、スターターが動き、次いで各機のエンジンが始動し始めた。
やがて「キーン」という大きな金属音が次々と鳴って艦内を満たし、先程とは打って変わって騒然とした雰囲気になった。
スサノオは下げていたインナーを頭に被り、次いでヘルメットを被った。
「グオーーン、グオーーン、グオーーーーン・・・・」
電車が発車する時に鳴るインバーターモーターのような音がした。
スターターによって機体の魔導エンジンが始動を開始し、計器類が動き始める。
No 1エンジン、魔力供給計上昇、低圧、高圧圧力計上昇、排気温度上昇。
燃料供給のコックを開ける。
「キィーーーー・・・・・」
エンジンが自立運転を開始し、排気音が600度で安定した。
続いてサブエンジンが動き出し、No2のエンジン、サブエンジンの順で始動していく。
発艦の準備は整った。
目の前を見ると、第1中隊の列の先頭に並んでいた機体がエンジンを少し上げ、ゆっくりと発艦位置に進んだ。
後に並んでいた機体も列の空いたスペースを埋めるように前に進む。
後部の着艦エリアでも機体が後部からの発艦のために引っ張っていかれた。
後ろと前から次々と第1中隊が発艦して行く。
第1中隊の機体が発艦して行くと、スサノオ達第3中隊の機体は、第1中隊がいなくなったスペースに次々と入って行った。
スサノオは僚機全てがライン上に並ぶのを待ち、列の最後に並んだ。
前方にいた最後の僚機が発艦して行った。
スサノオはスロットルを押し、エンジンの出力を少しだけ上げ、機体をゆっくりと前進させた。
正面では黄色のベストを着たクルーがこちらを見ながら、両手を頭上に掲げ小刻みに交差するように手を動かしている。
クルーが両手を頭上で交叉させると、スサノオはブレーキを踏んだ。
緑色ベストのデッキクルーがリモコンのスイッチを押した。
天井からクレーンフックが2本降りて来て、ぶら下がっていた二人のクルーによって機体に固定された。
緑色のクルーが再びリモコンのスイッチを押す。
天井からエンジン排気防御用の金属板が機体の後部に降り、同時に機体に固定したフックが上昇し機体が浮いた。
正面の黄色ベストのクルーが脇に移動していて、スサノオへハンドサインでギアアップを指示する。
スサノオはギアレバーを操作して、ギアを機体に収納した。
やがて床が開き、下界が見えて来た。
日はまだ昇っていなかったが、うっすらと湖面が見えているような感じがした。
脇に移動した黄色のクルーが片手を肩の高さに上げてグルグルと回しだした。
スサノオはスロットルを目一杯に押し、出力が安定するとアフターバーナーを点火した。
エンジンは「キィーーーーーーン」という金属音を鳴らしていたが、やがて「ゴォーーーーーーーッ」と言う音に変化した。
機体がビリビリと振動する。
スサノオは黄色ベストのクルーの指示で操縦桿をぐるぐると回し、そして両手を挙げた。
すると機体は飛空艦の外に吊り下げられた。
開口部の淵でこちらを覗き込んでいたクルーが腕を横に伸ばす。
「ガコンッ!」
ドラゴンファイターは飛空艦から空中へ落とされ、スサノオは次なる攻撃の為にドラゴンファイターの操縦桿を握り、飛空艦から離れて行った。
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