第91話 傷心の乙女達

リサは前線から外され、訓練島に送られた。

医師はリサの症状はPTSD、投薬とカウンセリング、それにPTSD専用の治療が必要で休養を取らなければならないと診断した。

その為、ここへ送られて来た。

本来であれば、これらの治療は専用の環境で専用の器具を使って専門のスタッフがカウンセリングと共に行う。

しかし戦時のために、まともなカウンセリングは人員不足のため期待出来ない。

また適切な治療環境は公爵領の浮遊島が戦場となっているため用意できず、もっぱら定期的な薬物投与と簡単な治療用器具の使用のみで治療が行われ、通常行われるPTSD用の治療は出来なかった。


(※PTSDの治療方法については信頼出来る医療機関のホームページで確認してください。ここではあくまでも物語上の話として述べています。)


リサは治療器具での治療以外の時間は与えられたベットに横たわるか、ぼんやりと虚な表情で窓からジャングルを眺めて時を過ごしていた。

薬や治療器具によってある程度の感情の起伏は抑えられてはいるが、それでも戦場での恐怖心やショックは抜けきれず、時々耳を塞ぎ体を硬直させる事があった。

そう言う時、フラッシュバックするのは、光の束に急降下で突っ込んで行った第2中隊の姿だ。

自身が発案した作戦で、自身が囮になる筈だったのに、一瞬の判断ミスで第2中隊が壊滅した。

ミスと言っても、それは彼女だけが感じている事で、他人の目から見ればミスと呼べるものでは無い。

だがリサは責任感が強い分、自分が犯したミスだと思い込んでしまい、そこから抜け出す事は出来なかった。

更にショックから、第2中隊への攻撃が自分自身に起こったと心が錯覚し、途轍もない恐怖心に苛まされていた。

このような恐怖心が起きては静まり、また時間が経つと恐怖心が起き、これが何度も繰り返された。

治療環境が不充分な事もあり、すぐに症状を改善させる事は難しかった。


更に基地にいる負傷兵もリサに悪影響を与えていた。


訓練島にはリサの他にも負傷兵が送られて来ている。

まだ本格的な地上戦が行われていないのと、前面に立って戦っているのは戦闘飛行隊だけなので、負傷者はパイロットか戦術航法士で占められた。

その負傷兵には壊滅した第2中隊に所属していた者が含まれている。

リサがPTSDになった大元が同じ基地内にいる事になったが、かと言ってそれぞれを別の場所に送る訳にもいかず、仕方無く、両者を同じ基地内に収容する事になった。

リサと第2中隊の生き残りはそれぞれ別の部屋に収容されていたが、時々ハプニングで出会ってしまう事がある。

第2中隊の生き残りはリサに格別の恨みは無く、寧ろ退避を指示したリサに感謝しているのだが、逆にリサは彼らを見ると罪悪感に襲われた。

第2中隊の生き残り達は、意図せずにリサの心の傷を更に広げてしまっていた。


医療区画では、収容されている負傷兵へは戦闘状況を伝え無い事になっていた。

しかし、基地内であったため隠す事は出来ず、誰かしらの口から彼らに伝わっていた。

傷口を抉るような事ではあるが、負傷兵は戦場を忘れたくても忘れる事が出来ず、どうしても知ろうとしてしまい、その圧力に負けた者が彼らに状況を教えてしまっている。

誰もその行為を止める事が出来無かった。

本来リサには戦場の状況を伝えては行けない状況であった筈なのだが、自然と聞こえてしまっていた。


リサは笑顔を作る事が出来なくなった。


訓練島の医療区画は負傷兵の元気の無さもあり、非常に暗い雰囲気だった。

そんな暗い雰囲気の中、一人の妊婦が懸命に明るく振る舞って看護師達の手伝いをしていた。

フローラだった。


彼女は食事を負傷兵一人一人に配膳し、洗濯物を集め、ベットのシーツを敷き直した。

お嬢様育ちで身の回りは全て家のメイド達が世話をして過ごして来たのではあるが、他の衛生兵・看護師達に教えを請いながら必死になって手助けしていた。

フローラは別に空気を読めなかったのでは無い。

負傷兵が落ち込んでいる中、彼女自身もまた添い遂げる筈だったバレントに死なれ、優しくして貰った義理の”母達”と無理矢理離され、彼女もまた心に傷を負って辛い思いをしていた。

しかし、訓練島に来て暗い顔をした多くの負傷兵達を見て放っておけなくなった。


こんな暗い雰囲気は間違っている。

これでは治るものも治らず、下手をすればますます悪化する。


彼女はそう思った。

フローラは居ても立ってもいられなくなり、妊婦中の身ではあったが、無理の無い範囲で介護の補助を始めた。


介護の補助をはじめて多忙にはなったが、フローラはバレントの末妹であるリサと過ごせるようになんとか時間を作る事を心がけた。


今もそうやって時間を作り、リサの元にやって来た。


「リサ様。お食事を持って来ましたよ。大好きなカツカレーですよ。」

「・・・・・・・・・・・ありがとう・・・・・。」


リサは虚な表情でベットに座りながらジャングルの方を見ていた。

配膳された食事に目を落としたが、手を動かそうとしなかった。

フローラはそんなリサの様子を見ても、敢えて食事を強要せず、プレッシャーを与えるような事はしなかった。


「今日はお菓子を食べますか?クッキーの在庫がまだあるそうですよ。あと、紅茶もあるので後で二人だけで簡単なお茶会でもしませんか?」

「・・・・・・・・・・・・・・うん・・・・・・・・ありがとう・・・・。」


フローラはニッコリと微笑むとゆっくりと立ち上がり「ではあとでお持ちしますね」と言いかけた。

するとリサがぼんやりとフローラを見て、ほんの少しだけ、微かに微笑むような表情をして言った。


「・・・・・リサで良いって言ったのに・・・。」


聞き取るのも難しいような小さな声だった。

フローラは少し驚いた。

リサがここに来た時に久しぶりに会ったが、元気が無くほぼ無表情だった。

以前はあれ程明るく振る舞っていて、自分と気が合いそうだった彼女が別人のようになってしまった。

一体何があったのか?

深く聞くような野暮な事はしなかった。

しかし彼女の変わり様に、闘いが如何に厳しいかを改めて実感した。


フローラとて、戦闘を見た事が無い訳では無かった。

遠目からで詳細までは分からないが、それでも帝都の公爵屋敷で今まで見た事も無い爆発を見ている。

その戦闘の中で最愛の人を失った。

やっと立ち直りつつあるのだが、リサの変貌ぶりには驚き以上のものがあった。

リサは想像以上の地獄を見てしまったと言う事であり、今更だが戦闘の激しさを実感した。


フローラは一瞬驚いた表情をしたものの、直ぐに笑顔を作りその小さな呟きへ応えた。


「まだ慣れていなくて・・・。だって私、お会いしたのも束の間、直ぐに帝都へ戻ってしまったし・・・こちらに戻って来た時は・・・」


フローラはそこで言うのを意図せずに躊躇ってしまった。

立ち直りかけていると言っても、彼女もまた、傷を引きずっているのだ。

バレントを思い出してしまったのだ。

幸せの絶頂にいた筈だったのに、突然悲しみの底に引き落とされたのだ。

彼の最後を思い出すと、涙が溢れそうになる。

リサはぼんやりとフローラを見ていたが、やがて伏し目がちに言った。


「・・・・・ごめんなさい・・・・そのつもりなんて・・・」


そう言ってまた暗い顔になってしまった。


しまった!

悲しいのは自分だけでは無い。

リサはバレントばかりか、二人の姉を失い、更に幼い頃から可愛がっていた唯一無二の飛竜を失っている。

そして吹っ切れたと思っていたところに戦闘に赴き、逆に更に傷ついてしまっているのだ。

自分だったら平常心ではいられない。

気が触れているだろう。


フローラはなんとか気持ちを切り替えると再び少し微笑んだ。


「いいんですよ。それよりもクッキーとお茶を楽しみにしてくださいね。リ、リ、リ、リサ、さ、んぐ!・・リ、リサ。」


フローラは冷や汗を半ば掻きながら言った。

慣れろと言っても未だに慣れない。

自分の立場は嫁であり、リサは小姑であり、それもそんじょそこらの貴族の娘では無く、皇帝の親戚筋である公爵家の姫だ。

自分の家も格式ある侯爵家とは言え、リサの家は更にその上を行く。

フローラは自由奔放に育って来たとは言え、帝国貴族の格式や序列ぐらい嫌でも身に染み付いている。

そう簡単に馴れ馴れしく出来ない。


リサはそんなフローラの姿を見て、先程よりも少し笑った。

そんなリサを見て、フローラは少し安心した。


「やっと笑いましたね。その笑顔を見たら、幸せになれる人が多いと思います・・・・。」

「・・・・ありがとう。」


リサは少し恥ずかしそうな表情をして応えた。

フローラはニッコリすると看護師達の手助けをする為にリサの元を離れた。


フローラが立ち去り、リサは彼女に言われた事を繰り返し思い出していた。

同じような事を言ってくれた人がいた。

その人は未だ戦場で戦っている。


お願い神様。

どうかスサノオを守ってください。

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