第90話 それぞれの動き

亀の甲羅は執拗に公爵領の結界を破るべくブレスによる攻撃を継続していた。

小型飛竜が断続的にブレスを吐き続け、時々大型飛竜が甲羅の中心から強力なブレスを吐く。

大型飛竜のブレスが公爵領の結界に当たる度に、大きな爆発音がして辺りを揺らした。

公爵領からは小型レールガンを装備したCIWSや大口径の大型レールガンで反撃してはいるものの、もはや多勢に無勢。

ロークリオに率いられた奴隷軍団を退かせる事が出来なかった。

航空兵力は撤収する際の戦力として温存する事になり、反撃への使用は放棄される事になった。


サカイ騎士団長は思った。

まるで旧日本軍の島嶼での戦いだ。

むしろ主戦力を温存し、敵を引き込んで出血を強いる栗林中将が指揮した硫黄島の戦いに似ているかも知れない。

ただし、今いる目の前の敵は技術の劣った武器を使い、こちらは圧倒的に進んだ技術で作られた兵器を使っている。

そして敵は奴隷を使った人命軽視の価値観による戦法に対し、こちらは大戦後の日本社会で育まれた人命重視の価値観による戦法。

こんな戦い方を見たら当の栗林中将は何と言うだろうか?

異世界で技術力や社会的価値観に大きな差があるとは言え、なんとも異常な戦いだ。

それでも、この戦いで勝つことはもはや無理だ。

脳筋の精神論者であれば死ぬまで戦えと騒ぐであろうが、戦後の日本の自衛隊は「みんなに愛される自衛隊」がモットーだ。

兵士に無理強いをして多くの命を無駄にするなど、もはや野蛮人のする事だ。

奴隷を使って命の無駄使いをする奴らと我々は違うのだ。

無理な作戦で多くの命を失ってはならない。

だが・・・それは綺麗事に過ぎないかも知れない・・・。

サカイ騎士団長は自分の心の中で相反する矛盾を抱え苦悩した。



ドイ曹長、リサ達が新人だった時の鬼曹長は大忙しだった。

四駆を駆って、浮遊島の淵にある防衛ラインに配置された各CIWSや遠隔操作で動く砲塔を回ってはレールガンの弾体を補給していたが、息つく暇が無かった。

何しろ地上部隊は圧倒的に少ない。

一応何台かに分かれて補給に走り回っているのだが、それでも圧倒的に人数が足りなかった。

騎士団の元々の出自が海上自衛隊だから地上兵力に無頓着だったのは分かるが、整備員の一人や二人、こちらにも回して欲しいと思っていた。

何しろ整備員のような技術職が必要なケースが多々あるのだ。

例えば、たまに銃身が高温となって止まるCIWSがある。

その場合は、応急処置で冷却用の水をぶっ掛けるが、冷却用エアーの小型魔道エンジンを交換する必要なものもある。

そう言う時は仕方無く、慣れない手つきで何とか交換する。

更に、レーダーが壊れた、魔力が思うように供給されていない、魔道エンジンは問題無いのにうまく回転しない、エトセトラ、エトセトラ・・・。

次から次へと問題が起き、その度に無線で司令部へ連絡し対応方法を聞き、対処している。

だが、モタモタしていると今度は別の場所で弾体が無くなってくる。

それだけでは無い。

レールガンの他にも通常の火薬砲弾もあり、そちらの補充にも行かなければならない。

正直爆発しそうだった。

いや、もう爆発していた。


「ああ!ちくしょう!やってらんねー!元々私は特別警備隊、SBUの隊員!アメリカ海軍で言うSEALs!何でこんな事しなければならない!」


リサ達が扱かれていた時と似たような感情だとは露とも思わず、ドイ曹長はブツブツ不満を言いながら、各防衛ラインの武器の弾体補充兼メンテナンスに駆け回っていた。

不満を抱きながらも、ドイ曹長は危機感も抱き始めていた。

少し前から大型飛竜のブレスが何回もあり、いよいよ結界が破られそうになっているのだ。

もう本当に時間の問題だ。


「司令部!こちら配達屋!もう結界が限界だ!次の策を!」

「こちら司令部。弾体の補給が終わったら一旦宮殿まで下がって待機してくれ!足止めは飛行隊に任せる。そちらは要人の警護についてくれ!」


え?

今度は要人警護?

敵兵の排除では無く?

自分はSPでは無いぞ?

どちらかと言えばアサシンなのだが?

敵の参謀とかを暗殺する方が適職なんだが?

司令部の連中、しばいたろか?


そう思いながらも、最後の補給場所にドイは向かった。



地下基地では、撤収の作業で大騒ぎだった。

大型コンピューターや通信機器、その他必要な大型装置は訓練島に運ばれて行った。

しかし、最後に残った大型モニターやパソコン類は破棄する事になった。

その処分をする為の破壊魔法の魔法陣の準備で、魔道士達はてんやわんやの大騒ぎだった。

戦いの最中でなければそれ程時間はかからないのだが、今は戦闘中で魔道士が不足している。

それなのに確実に破壊を求められる為に、作業がどうしても繁雑になり時間がかかっているのだ。

そんな喧騒真っ只中の中心で戦闘飛行隊長のタカサキ中佐は司令部要員の一人として作業を指揮していた。


「食堂は終わりました!ええ!滑走路や支援施設も設置は終わっています。・・・・はい!住居地区はずっと以前に終わっています!はい?・・・・エレベーター?一箇所だけ残して設置済みです!・・・ええ!・・・・・・ええ!そうです!撤収メンバー用です!・・・・・えッ!?そこにも設置するのですか?上はヘリで拾う?危険では無いですか?・・・・・はい・・・・はい。承知しました。ではそのようにいたします。ここはほぼ終わりです。エレベーターに仕掛けたらここを撤収します。」


電話を切るとタカサキ中佐は大きなため息をついた。

ああは言ったものの、まだ少し時間が欲しい。

そもそも自分は戦闘飛行隊長・・・と言う思いを無理矢理押し殺した。

与えられた職務を遂行しなければ!

残存しているドラゴンファイターはもう戦闘前の半分以下に減った。

地下基地にはもう一機もいない。

今や戦闘の中心は飛空艦に移っている。

誰の目から見ても、陥落は時間の問題だった。

後は遅滞戦闘に務め、ここから離れる以外に生き残る術は無い。

そう自分に言い聞かせ、作業に没頭するのであった。



エスパード侯爵は徐々に公爵領の指定場所に近づきつつあった。

しかし、まだ結界は健在で帝国軍は誰一人、領内に立ち入る事が出来なかった。

遠くの方で、ロークリオ達の軍団と公爵領との激しい攻防が見えていたが、こちらは全くの静けさの中にあった。

公爵領側からの攻撃は全く無かった。


「裏切り者か・・・。」


エスパードはふとつぶやいた。

ひと頃昔だったら、皇帝の親戚筋にそのような事を言うのは恐れ多く、下手をしたら自分が裏切り者にされて制裁を受けてしまう事案だった。

ところが愚か者が現れた。

それは恐れる事なく、既存勢力に楯突き、遂には帝国の市民を味方につけてしまった。

当初、エスパードはそのようなランポに利用価値があると見て近づいたが、彼のなり振り構わない自分勝手な行動に引いてしまった。

そしてあの奴隷兵の騒ぎで、もはや利用価値は無いと見た。

あまりにも無知で横暴過ぎるのである。

だからと言って皇弟派の旗を下ろすつもりは無いが、今回の戦いはランポが自分本位過ぎて手助けする気になれなかった。

むしろ皇弟派の重鎮で無かったら、公爵領を助けても良かった。

だがそれは今度は自分が扇動者の餌食になる事を意味していた。

だからこそ、ロークリオの軍団がボロボロになってくれる事を心底願った。

そうなれば、自然とランポの力が削がれるからである。

帝都公爵屋敷の戦いで、領地騎士団にあれ程の被害が出たのだ。

今回もそうなるとエスパードは確信していた。

逆にそうであるからこそ、エスパードは今回の戦いには消極的であった。

数の暴力で戦争には勝つかも知れない。

得体の知れない魔道具も手に入るかも知れない。

しかし、例え大きな力を手に入れたとしても、帝国軍が面倒を見るのはここだけでは無いのだ。

帝国全体の面倒を見なければならないのだ。

ここで大きな被害を出し統治に問題を出す訳にはいかない。

だからこそ、エスパードは中立でいる事に徹した。

あくまでも今回の戦はランポ軍団と公爵領との喧嘩であると。



エスパード侯爵の軍勢が指定場所に近づいていた頃、公爵次男のアントと三女のアンヘラはひたすら帝国軍を待った。

ただ、まだ結界は壊れていないので、帝国軍は入って来れない。

もっとも、結界が破れて公爵領に入れるようになったとしても、避難民の集合場所にも領地を守る結界程では無いが、もう一つ結界があり、もし帝国軍が心変わりしたら籠城出来る様になっていた。

アントは隣にいる妹を見た。

彼女はオロチの事件で利き腕の左腕を負傷し、今でこそ包帯やギブスは取れたが、まだ影響が残っていて上手く腕が使えない状態だった。

避難民の対応にあたっていたマンサ前侯爵は、訓練島、一般にはマドリ島と呼ばれている、に移動して輸送艦で共に逃避行する予定の避難民の対応をしている。

そのアンヘラはマンサ前侯爵の代役のような役割でここに来ていた。


アンヘラは、公爵家総出で事態に対処しているのに、自分だけ何もしないと言う事に内心負い目を感じていた。

騎士団にいるアルベルトやリサほどの役割は出来ないにしても、数字にしか興味を持たないと思っていたアントでさえ、こうして避難民の対応をしている。

自分も何かをしなければと言う焦燥感に駆られ、彼女は公爵に頼みこんだ。

そしてその結果、アントの補佐をする事になった。

その役目ももう直ぐ終わろうとしていた。

帝国軍が目と鼻の先に来ていた。


アンヘラは後を見た。

そこには隠蔽魔法はかけてあるが、オスプレイが駐機していた。

帝国軍が避難場所の目の前に来たら、アントと仲が良かったフーシ子爵を仲立ちにして避難民を引き取ってもらう。

それを見届けたら自分達はオスプレイに乗って訓練島に向かう。

そう言う手筈になっていた。

しかしアンヘラの気分は複雑だった。

帝国軍が目の前に現れると言う事は結界が破られたと言う事だ。

それは公爵領が負けた事を意味する。

そうなって欲しく無いと思いつつ、アンヘラはまた早く終わって欲しいとも思っていた。



ノブリは甲羅の集団に戻ると、前方から撃たれてくるイカヅチ魔法への対応に追われた。

新しい奴隷監視役はこちらの助言を良く聞いてくれて、奴隷紋の発動を効果的に用いながら、飛竜で組織的な攻撃をしていた。

時々、大型飛竜のブレスによって、公爵領の結界を攻撃しているが、かなり効果はあるようで、小型飛竜のブレス攻撃も中に届こうとしていた。

やっと終わりが見えて来る。

ノブリはふと斜め後を見た。


水平線の上の空が少し明るくなって来た。

開戦以来ずっと飛竜の上にいた。

たまに数分程うとうとしていた事はあったが、殆ど戦いの中にいて休めていなかった。


そろそろ結界が崩れて欲しい。

でなければもう体力的に限界だ。

そう思ってボーっと甲羅の中心を見ていると、真ん中にいた飛竜と飛竜艇が位置をズラすのが見えた。


これで何回目だよ・・・そろそろ決めてくれ・・・。


そう思った時だ、大型飛竜から放たれたブレスが甲羅の前方に伸びて行った。


パリン・・・。


公爵領の結界が遂に破られた。




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