第89話 翼をもがれた者達

アルベルトとナオは飛空艦から60マイルの地点でベイルアウトして救出された。

本当であれば2機はもっと近づいてからのベイルアウトを予定していたが、アルベルトの機体がいよいよ持ちそうに無かった事、そして救出の手間をかけさせない為にナオも同じ場所でベイルアウトする事にしたのだ。

もっとも、ナオの機体も飛空艦までもつ確率は限りなく低く、どちらにしろ脱出は必要であった。

二人は急行して来たオスプレイに救助され、直ぐに飛空艦へ運ばれた。

ナオは幸いにも怪我は無く、困難な操縦による疲れはあったものの、特に問題となるような状態では無かった。

逆に深刻だったのはアルベルトだった。

当初、怪我は右足のみと思っていたが、実は腰にも小さな破片が刺さっていた。

本人は操縦していた際にラダーが効かないと思っていたようだが、実は腰へ刺さった破片が脊髄を傷つけ足が動かなくなっていたのだ。

ただ微妙ではあるが、破片が大きかった場合、大動脈や大静脈を破っていたかも知れず、運は良かったのかも知れない。

それでも出血はひどく、救出された際は顔が蒼白になっていた。

回復ポーションと気力だけで何とか意識を保ち、機体をコントロールし脱出ポイントまで辿りついたのだ。


「アルベルト!アルベルトしっかり!」

「馬鹿野郎!お前まで行く事はないんだぞ!」

「縁起でも無い事言うなよ。意識はあるし、血が減っただけだ。バレント兄様みたいにはならねーよ!」

「そんな憎まれ口叩けんなら心配いらねーな。」


スサノオは呆れて笑った。


「オイオイ冷たいな〜。わー俺死ぬ〜!死にそ〜だ〜。」

「やかましいわ!早く治療してもらえ!もう行くぞ!」

「え?見捨てるのか?」

「ナオを置いて行く。」

「私じゃ嫌?」

「いや、最高!」

「やってろバカップル。」

「あら酷い。」

「親友の言葉とは思えない。」

「ああ、もう、うるせーな!さっさと治療を受けやがれ!」


アルベルトは笑いながら治療室へ運ばれて行った。

だがその顔色は決して良く無かった。


「ナオ少尉・・・。」

「はい中隊長・・・」


二人は急に上司と部下の関係に戻った。


「話がある。ここで良いか?」

「ええ・・・」


二人は治療室の入口脇にある長椅子に座った。


「アルベルト中尉のあの状態を見たら分かるな?」

「はい・・・」

「多分、奴はもう飛べなくなる・・・」


スサノオは視線を落とした。


「知っての通り、奴とは幼い頃からずっと一緒で共に空へ憧れて、その為に騎士学校に一緒に入った。ま、奴の場合、親の意向も少しあったのだが・・・」


ナオは小さく頷いた。


「あんな風に明るく振る舞っているが、無理しているのが見え見えだ。少尉にはそれが良く分かるだろう?」

「ええ。幼い頃と同じです。ずっと変わっていません。」


スサノオはナオに向かい、そして頭を下げた。


「頼む。奴のそばに暫くいてやってくれ!あいつは相当ショックを受けている筈だ。力になってくれ!」

「はい。今度こそ、私があの人の力になります、中隊長殿!」


治療室に入っていたアルベルトは二人の声が聴こえたのか聴こえていなかったのか、虚な目をし、ただただ天井を見つめていた。

医師や看護師が周りで慌ただしく点滴を用意している。

傷口を整復する為の手術を準備しているのだ。


アルベルトはぼんやりとその姿を眺めたが、再び顔を上に向けると、右手を天井に向かって伸ばした。

伸ばした手を広げたり、握ったりしていたが、やがて右手を強く握り締めると、力を抜き、だらりと腕を体の横に置いた。


飛べなくなったな・・・ちくしょう・・・。


自分でも分かっていた。

足の感覚が殆ど無くなっている。

良くて杖の生活、悪くて車椅子で残りの人生を過ごす事になるであろう。

兄に憧れ、兄のもとで強いサポート役になりたいと思って騎士団に入った。

そして何より空への強い憧れがあった。


悔しさが湧き上がりそうになった。

そして死んだバレントの言葉を思い出した。


感情的になるな、愚か者・・・。


アルベルトは悔しさと悲しさに心が満たされてしまい、目から涙が溢れ出てきた。



スサノオはナオを治療室の入口に残すとそのままCICに向かった。

するとそこには第1中隊の中隊長、イトウ大尉がいた。

今やまともな機数を揃えているのは彼の中隊だけだ。

やはり堅実な中隊と呼ばれる第1中隊だ。

突拍子な動きをする第3中隊とは違う。

スサノオは思わず下を向いてしまった。


「スサノオ大尉!落ち込まないでくれ。貴殿の中隊は戦果を上げて来たでは無いか!」

「でも、損害は大きいです。もはや立て直すことも出来無くなってしまっています。」

「しかし・・・」


スサノオは第1中隊が心底羨ましかった。

第3中隊のように人命を多く失うことは無く、当初のメンバーが多く残っている。

それに比べて第3中隊は人員を補充したにも拘らず、僅か数日で壊滅してしまった。

もっと言えば、第3中隊は第2中隊の壊滅にも関わっている。

余りにも罪が大きい。

スサノオは心が崩壊しそうだと思った。

逃げれるものなら逃げ出したい。

だがそれは責任放棄だ。

大きなどす黒い何かがスサノオに覆い被さっていた。


「スサノオ大尉!」


オオニシ大佐が大声でスサノオに呼びかけた。


「シッカリするんだ!お前は大尉だぞ!参謀の一歩手前にいるんだぞ!」


そう言われて、スサノオは少し顔を上げた。


「辛いのは分かるが、お前に全ての責任があるある訳では無い!自惚れるな!」


そんな言葉で叱られても気分が軽くなる訳では無かった。

今の自分は何を言われても気分は晴れない。

リサが壊れてしまった原因がわかったような気がした。

しかし・・・


「申し訳ありません、艦長。しかし、自分の中隊はほぼ壊滅しました。恐れながら第1中隊への吸収を具申いたします。」

「ああ・・・普通なら、そうせざるを得ないな・・・。生き残った第3中隊を第1中隊に吸収して増強するのも良いかも知れない・・・。イトウ大尉。貴様の意見は?」


イトウ大尉はスサノオの顔をチラッと見ると、以外な返事をした。


「お断りいたします。」


えッ?

なんだって?

どうして?


スサノオは驚いた顔でイトウ大尉を見た。


「な、何故ですか?」


イトウ大尉はニタリと笑うと続け様に言った。


「我々第1中隊は頭の固い連中ばかりで、スサノオ大尉殿のように柔軟な頭脳を持っていません。せいぜい爆撃や射撃で地上兵力の支援をするぐらいしか取り柄が無く、状況が頻繁に変化する空中での戦いに柔軟に対応出来ません。一緒になれば大尉殿の足を引っ張ることは明白です。」

「そうか・・・それは大いにあり得るな・・・」

「か、艦長!それではどうするのですか?もはや我々は戦力にはなりません!」

「そんな事あるか?イトウ大尉?」

「無いと思います。これまでの戦いぶりを見れば、スサノオ大尉の戦術は目を見張るものがあります!」

「や、やめてください!艦長!先程は自惚れるなとお叱りになったばかりでは無いですか!」

「それは貴様が責任を全て負おうとするからだ。貴様の上官は誰だ?貴様たちが出した作戦を承認したのは誰だ?全ての部下の責任は俺が持っているのだ。お前の責任では無い!」

「大尉殿。もっと自信を持ってください。あなたは大きな戦果を幾度と無く立てているのです。我々第1中隊には真似の出来ない事です。」

「しかし、自分は多くの仲間や部下を死なせました。」

「だからそれはお前の責任では無いと言っているでは無いか?全く頑固な奴だ。運が悪かったのだ。それにあそこまで肉薄しなければもっと早く結界は破られていたぞ。それとも戦果を上げて死んで行った者達は犬死だったと言うのか?」

「・・・・・」


勿論、スサノオは死んで行った仲間達が犬死にしたとは思っていない。

彼らは立派に戦果を上げた。

しかし作戦を考案したり、指示したりしたのは自分とリサだ。

今では何故リサがショックを受けて壊れてしまったのか良く分かる。

ただ、責任論については大佐が言う事も尤もな事ではあった。

正論ではあったが、スサノオはその正論を納得する事に抵抗を感じていた。

納得出来ないままではあったが、このままでは本題に入る事が出来ない。

今はもう時間が無いところまで来てしまっているのだ。

だからこうしてCICで情報を集めて次の手を考えたいと思ってやって来たのだ。

ついでに部隊の再編成についても相談しようと。

スサノオは話をもとに戻す事にした。


「それでどうするのですか?第3中隊に何をしろと?」

「遊撃部隊となって嫌がらせをしてくれ。その間に第1中隊には撤収の支援をしてもらう。」

「承知しました。本当に微力となってしまっていますが、全力で戦わせて頂きます。」


そう言うとスサノオは敬礼をした。

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