第88話 親友との別れ
突然強い突風が吹き、甲羅を構成していた飛竜艇や飛竜が衝突したり飛ばされていってしまった。
衝突した飛竜艇は再起不能な程破壊され、飛ばされてしまった飛竜は甲羅からかなりの距離へ離されてしまった。
中には鎖で繋がっていたために、強風による煽りで無理矢理引っ張られた飛竜がいた。
そう言った飛竜は首を絞められ、苦しみもがき大暴れして、乗っていたドラゴンライダーを振り落として絶命してしまった個体もいた。
こ、これも奴等の魔道具によるものか?
単なる自然現象であったのだが、これまで信じられない現象を散々見せつけられたロークリオは突風ですら公爵領の攻撃だと思ってしまった。
ただ、飛竜乗りだった者や飛竜艇で働いた経験者から見れば、運が悪い時に吹く突風である事は直ぐに分かった。
だがそれを誰もロークリオへ指摘しなかった。
いや、しなかったと言うよりも出来なかった。
そんな事を言えば、自分の考えを否定されたロークリオは機嫌を損ね、挙句に喚き散らし、状況を悪化させてしまう。
「もっと、飛竜艇と飛竜を近づけさせろ!穴を空けるな!モタモタするな!早くしろ!」
ロークリオは怯えているにも拘らず、攻撃の手を緩めると言う考えには至らなかった。
実は彼にとって一番恐れるのは失敗する事であった。
それも彼基準の失敗であって、全体を見た上での失敗では無かった。
もっと言えば、彼が一番恐れているのはランポだった。
再び失敗した時のランポの反応を思うと、恐ろしくて堪らなかった。
しかし、本人自身はその事に気づいておらず、その恐怖心は忠誠心だと、とんでもない勘違いをしていた。
エスパード侯爵はフーシ子爵の道案内のもと、公爵領側から裏ルートで依頼された指定場所へ急ぐべく、飛竜艇並びに飛竜からなる大軍勢を移動させていた。
暗闇の中、星を頼りに軍の移動をさせていたが、公爵領へあと少しと言うところで、遠方で無数の光の筋が飛び交い、爆発が起きているのが見えた。
あれか・・・。
エスパードは眉間に皺を寄せ、胸ポケットからスコープを取り出すと、やや目を細めてその光の交差を眺めていた。
今まで幾多の戦場に行った経験があるが、このような戦いは見た事が無く、異様な光景だった。
亀の甲羅となったランポ軍団からしきりにブレスが放たれて、時々大きな光の筋が中央から放たれている。
それが撃たれる度に大きな爆音が鳴り響き、辺り一面が振動した。
公爵領もただやられている様子では無かった。
お返しとばかりに、これまた行く筋の光が放たれて、甲羅の表面付近で何回か爆発が起きている。
もはや殺すか殺されるかの文字通り死闘であった。
「侯爵殿・・・ロークリオの軍勢は数が減っていませんか?」
「ああ。かなり減っているな。普通だったら撤退するレベルだ。執念深いにも程がある。いくら奴隷を使っていると言っても無駄遣いも甚だしい・・・。だがあの様子だと防御結界はあと少しで破られる。指定場所へ急ごう。」
そう言って、エスパードはフーシが指示する方向に軍団を向けた。
ロークリオは甲羅の中で相変わらず怯えながらも、結界が破れるのを今か今かと待っていた。
公爵領からのイカヅチ魔法や爆裂魔法は相変わらず続いているが、超飛竜からの攻撃よりもまだ被害は軽微だった。
だがそれは超飛竜と比べた場合であって、被害はかなり出ていた。
近くで爆発が起きる度にビクッとするが、それでももはや前進するしか無く、ボロボロになりつつもあと一歩のところまで来ていた。
そんなところに部下から報告が入った。
「何?帝国軍が近づいている?どこにいるんだ?」
ロークリオは部下が指を差した方向へ向いた。
こちらがこんなに苦労しているにも拘らず、あいつら今頃になって現れやがって!
だいたいこちらの主戦場では無く、何故あんな方向に行くんだ?
情報では何も無いところだぞ?
それともこちらの知らない宝が隠されていて、横取りするつもりか?
そんな事許してたまるか!
短気でかつ小心者のロークリオは、開戦前に取り決めた約束をすっかり忘れてしまった。
「何人か集めて帝国軍の所に向かわせろ!そして奴等の目的を探れ。妨害しても構わない!」
公爵領領主、ロードリー2世は目の前に破滅が迫っているのを感じた。
ドラゴン・ファイターはほぼ半数以下に減ってしまった。
奴等が上陸して来たら防ぐ事はもはや難しい。
敵の飛竜艇の中には地上戦力がいるはずで、減ったとは言え、少なくとも一万人の戦力があるはずだ。
それを正規の地上軍500人で守るのは無理な話だ。
いくら機関銃や自動小銃があったとしても、守り切れるものでは無い。
しかも相手はレベルが劣るとは言え、それなりに武器を持っているのだ。
もっと言えば連中の後方にはほぼ無傷の船団が控えている。
それらが加われば、多勢に無勢である。
地球の歴史では、南アフリカで武器が圧倒的に劣るズールー族が数万の戦力で数百のイギリス軍を壊滅させた事がある。
今回はそれと同じ事例とみるべきだろう。
「コウタ。撤収状況は?」
「装置類は予め訓練島に避難させている。人員も殆ど避難した。後は記憶を改竄した騎士団員と住民を帝国軍が引き取るだけだ。それが済んだら・・・・ここを放棄する・・・・・・・」
コウタは言い淀んだ。
「なあ・・・・・ルカ・・・・・・」
「それ以上言うな。俺の最後の役目だ。気持ちに変わりは無い!」
「俺も一緒に共をさせてくれ!」
「ダメだ!お前がいなければ誰が騎士団を率いるのだ!」
「オオニシがいる!」
「ダメだ!お前でなければダメなんだ!もう何度も話しただろう!」
「し、しかし、家族はどうするんだ!道連れには出来ないぞ!」
「一緒に連れて行ってくれ・・・・・面倒事を頼んで申し訳ない・・・」
「・・・・・」
コウタ・サカイ騎士団長は俯いてしまった。
侵攻される以前、シュミレーションで何回も検討し、最悪の結果になった場合の対応方法をロードリー2世は決めた。
その対処方法は一部の騎士団員の間では最悪手と呼ばれ、最も忌み嫌う対処方法だ。
一部の騎士団幹部は猛烈に反対した。
サカイ騎士団長も反対した。
しかしルカは全責任を取るつもりで決断してしまった。
思えばロードリー2世は、嫡男のバレントを失ってからこうなると予測し、最終的な覚悟を決めていたようだ。
それでも友として、騎士団としては認められるべきものでは無いし、何より幼い頃から一緒に過ごした幼馴染としても受け入れ難かった。
「・・・なあ・・・例の対処方法は取りたく無い。もう一度考え直さないか?」
「言いたい事は分かる。分かった上で行うのだ。政治的な目的が過分に含まれてはいる・・・・。だが、これを行わない限り、愚かさを自覚せぬと思う。」
「我々に取っては、あの悪手を取る事がもっと愚かな事だと教えられて来た・・・だから未だに受け入れ難いのだ。」
「すまない・・・信条を曲げさせるような事を強いて申し訳ない。騎士団が恐れている事も分かっている。ただ、ここは騎士団のいた世界とは別の異世界だ。真似するには1000年単位の時間をかけないと無理だ。だから決断した。」
「・・・悪手の事もあるのだが・・・部下には生きろと言っている・・・なのにお前は・・・」
「すまない・・・いろいろな思いがあっての結果だ・・・」
「聞いた。確かにルカの強い思いは聞いている・・・・しかし、しかし!」
「もうこの話はやめよう。もう何十回も話しあったでは無いか・・・」
コウタは黙ってしまった。
確かに何度も話し合って来た事だ。
もう公爵の決意を変える事は出来ない。
何度もシュミレーションをして打開策を検討した。
しかし、まるで博打のような確率でしか無い打開策しか立てる事が出来なかった。
だが、最後の最後まで諦める事が出来ず、なんとか戦おうとした。
それでも結果はシュミレーションで予測した最悪パターンになってしまった。
悔しかった。
だが、一番悔しいのはルカ、ロードリー2世その人だ。
言いがかりで目をつけられ、息子を奪われ、元老院の多くの貴族は助けてくれず、領民は去らなければならなくなり、最終的にこのような悲惨な結果となりつつある。
「すまないコウタ。後はよろしく頼む」
「・・・・・悔しいぞ・・・。」
「ああ。」
「公爵領の何が悪かったと言うのだ?我々は平和に生きたかっただけなのに。」
「ああ、そうだ。」
「ルカ!」
「もういい。十分だ。ありがとうコウタ。」
「・・・・・」
「ドラゴンファイターを出して、地上部隊の撤収を支援してくれ。帝国軍が難民達を引き取った後に地上の砲門を破壊し、最終手段を実行する。」
「・・・・・分かった・・・・」
サカイ騎士団長・海将はもうこれ以上の説得は無理と悟った。
もう自分に与えられた役割をこなすだけだ。
とにかく足掻き、敵の侵入を極力遅らせる。
そこに専念しよう。
コウタは宮殿の地下室から地下基地に向かおうとした。
しかしふと立ち止まってしまった。
いや、気付いてしまった。
もしかして?
いや気のせいでは無い!
これが最後か?
「コウタ。直接会って話すのはこれが最後になると思う。まだ無線で話す機会はあると思うが・・・」
「馬鹿野郎!馬鹿野郎・・・」
そう言うと二人は抱き合った。
幼い頃から共に過ごした二人。
苦楽を共に過ごした。
それがこんな形で、こんな形で別れるとは!
「すまない。悪かった。許せ!」
サカイ騎士団長の目からは止め処もなく涙が流れた。
何故こんな事になる!?
不条理にも程がある!
「行け!もう行けよ!時間が無い!早く行け!」
コウタはルカから離れると、後を向き無言で部屋を出て行った。
「ありがとうコウタ。元気でいろよ・・・」
ロードリー2世は小さく呟き友を見送った。
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