第87話 正義の味方

スサノオ達、生き残った機体が飛空艦に着艦の為に接近し始めていた頃、やや離れた場所で、ナオは傷ついた機体をなんとか制御しようと悪戦苦闘していた。


2枚あった垂直尾翼の片側はもげ、水平尾翼の左側も失った。

更に左翼の先端も破壊されて、機体は左側に傾き、かつ機首は上を向こうとする。

エンジンは幸いにも左右共に生きていたので、取り敢えず左のサブエンジンの出力を上げ、右側の出力を下げ、そして右足のラダーペダルを踏み、なんとか機首を真っ直ぐにした。

更に操縦桿を右に倒し前に押して機体を水平に保とうとした。

しかし、ちょっとした風の変化で直ぐにバランスを崩し、その度にエンジンの出力やノズルの方向を調整し、更に操縦桿を操作し、正直休む暇が無かった。

ベイルアウトすればこんな面倒な操作から直ぐに解放されるのであるが、まだ敵からそう離れておらず、ここで脱出するのは得策では無い。

何より、機体はまだ飛ばせる状態なのだ。

頑張れば飛空艦にたどり着く事が出来る。

こうした状況下での操縦は習ってはいたが、しかしここまで酷い状況を想定した訓練は無かった。

せいぜい片側のエンジンがロストしたとか、片側の翼に穴が空いたぐらいの状況で、それ以上に酷いケースの訓練は時間が無かった事もあり実施され無かった。

とにかく、機体を目的の方向に向け高度を維持する。

これが今最大限にしなければならない事であった。


そんなフラフラの状態で飛んでいるナオの横をアルベルトは心配そうな顔をして飛んでいた。

しかし何もする事が出来ない。

出来れば操縦を代わってあげたかったが、そんな事は出来ない。

暗視カメラと航行灯で機体の状態を見てアドバイスする事しか出来ない。


「ノベンバー・ワン!機種が下がっている!機首を上げろ!」


んな事分かっているわよ!

でもそうしたら速度が落ちるのよ!


そう思いつつ、ナオはスロットルを押してエンジンの出力を上げた。

一般的に飛行機は、スピードが上がれば機首が上がる。

ただし機首が上がり過ぎると今度はスピードが落ちて失速してしまう。

幸いな事に水平尾翼の片方は生きているので、ある程度の機首の上下はコントロール出来る。

しかし、通常よりも効きが悪いのだ。

なので姿勢を一定に保つ事が難しい。


「ノベンバー・ワン!方向がずれている。2時の方向へ修正しろ!」


もー!

エ・ラ・ソ・ウ・ニ!

簡単に行かないのよ!


ブツブツと心の中で文句を言いつつ、ナオはゆっくりとラダーペダルを踏み、元々倒れていた操縦桿を更に右へ倒した。


「いいぞ・・・そのまま・・・そのまま・・・そろそろ戻せ。」


ナオはゆっくりとラダーと操縦桿を元の位置に戻した。

しかし・・・。


「ノベンバー・ワン!機首がまた下がっている!機体も左に傾き出した!慌てずにもう一度コントロールしろ!」


風に煽られて姿勢が崩れたのだ。


えーい!

もー!

この風どうにかならないの!


ナオは悪態を心の中で呟きながら再び操縦桿を引き、右側に倒した。


アルベルトは横でナオの機体を見ながら、レーダーにも気を配っていた。

こんなところを敵に見つかったらやばい。

早くこの空域を離れなければ!

いくら隠蔽魔法で姿を隠していても、最近は魔力反応で位置が知られてしまっている気配がある。

これ以上誰も死んで欲しくない。

特に自分の愛する恋人だけは!



スサノオは飛空艦の横で僚機が着艦して行くのをジッと眺めていた。

怒りと悔しさで感情がかなり昂ってはいたが、他の隊員達の手前、とにかく感情を押さえようと懸命になっていた。

生き残った第三中隊の機体はアルベルトとナオの機体以外は全て、と言っても3機しかいなかったが、無事着艦して行った。

しかしスサノオはまだ着艦体制に入らず、飛空艦の横を飛び続けた。


「大尉殿?まだ着艦されないのですか?」

「デルタ・ワンとノベンバー・ワンが戻っていない。着艦は彼らの無事を見届けてからだ。」

「分かりました・・・。」


リンはそう答えると、飛空艦へ2機が戻るまでこのまま横で待機し、第1中隊を先に着艦させてほしいと飛空艇へ伝えた。

リンが飛空艦へ通信していたその時だった。

突然突風が吹いた。

問題の無い風ではあったが、別の場所ではあまりいい風とは言えなかった。


「キャッ!」


無線越しにナオの小さな悲鳴が聞こえた。

アルベルトが機体を見ると、機体は大きく左に傾き旋回を始めていた。


「ノベンバー・ワン!いやナオ!直ぐに機体を立て直せ!」

「分かってる!今立て直す!」


そう言ってナオは操縦桿を右に傾け、左のサブエンジンのノズルの向きを変えた。

その時だった。


ボン!

ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・・・。


小さな衝撃が走り、左からエンジン音がしなくなった。

それに代わって警告音とエンジン異常を知らせる警告灯がモニターに映った。


「えッ!嘘でしょう?」


左エンジンの燃料流量計と魔力供給計がどんどん下がっていった。

そして機体はますます左に傾きだし、方向を変えて行った。


「どうした!何が起きた!」

「オールレフトエンジンロスト!フレームアウトです!再起動をかけます!」

「その前に体制を立て直せ!まずサブライトエンジンのノズルを上向きにして機体を水平にしろ!」

「分かった!やって見る!」


そう言うと、ナオは右サブエンジンの偏向ノズルの角度を調整して機体を右に傾く様に操作した。


「いいぞ!その調子だ!ラダーはどうだ?効くか?」

「ええ。効きは悪いけどなんとか。」

「じゃあ、そのまま左旋回して、360度一周してしまえ。一周したら右のサブのノズルを更に上に向けるんだ。それと同時にラダーの右ペダルをいつもよりも多めに踏んで元のコースに戻れ!」

「承知しました!正義の味方殿♡」


全くこう言う時にナオは・・・。

そう思いつつ、アルベルトはレーダーの画面に目を落とした。

そして奇妙な事に気づいた。



ノブリはその頃、甲羅の防御陣の外周部にいて先ほどの戦闘を思い出していた。

酷い戦いだった。

混乱させられた上に、爆裂魔法を仕掛けられ、正面を無理矢理こじ開けられ、飛竜に爆裂魔法が打ち込まれた。

被害は甚大だった。

被害者には奴隷監視役も含まれていた。

逃れるチャンスが来たかと淡い期待を抱いたが、直ぐに代役が現れ、自分達が道具として使われる状況に変わりは無かった。

ただ、前任者よりはまともで、こちらの話を聞いてくれる奴であった。


多くの飛竜や飛竜艇が落とされ、大型飛竜も2匹やられた。

20匹いたのにもう3匹しかいない。

あと数回同じ攻撃を受けたら戦線は崩壊していただろう。

だがその後、攻撃が止んだ。

大型飛竜を撃墜すると言う目標を達成したからだろうか?

いいや。

今までの状況を考えれば、先ほどの戦いは向こうも全力で挑んで来たのだと思う。

結果、向こうも被害を大きく出してあれ以上続ける事が出来なくなったのだ。

お陰でこうして前進して再び防御結界を壊す攻撃をしているが、改めて不気味で手強い敵だと感じた。

そんな時だった。

突然、強い突風が吹いた。


「うわッ!」


騎乗していた飛竜が木の葉のように舞ってしまった。

帝国軍のドラゴン・ライダーだった自分や同僚のタントはまだ良い。

素人同然の他のドラゴン・ライダーは制御が出来ず、方々に飛ばされてしまった。

飛竜艇も他人事では無かった。

ぶつかって破壊された飛竜艇もある。

破壊を免れても、お互いを鎖で繋いでいた飛竜艇は、それぞれ引っ張り合うような形になって位置が大きくズレた。


不味い。

流されてしまった。

自分とタントは経験者だからと言う理由で鎖で繋がれていない。

なので甲羅からだいぶ離れた場所に流されてしまった。

こんな時に超飛竜が現れたら今度こそ死ぬ。


ノブリはそう思って直ぐに体制を立て直すと、周囲を警戒した。

すると乗っていた愛竜が一点を見つめた。


なんだ?

敵か?

それにしては何か違和感がある・・・。



アルベルトはレーダーを見て異変を感じた。

亀の甲羅が若干変形しているのだ。


なんだ?

何が起きた?


甲羅が変形したと同時に、何匹かの飛竜が甲羅から飛び出しているのが見て取れた。

そしてそのうちの2匹はナオの旋回コース上に向かっている。


不味い!

ナオは急旋回が出来ない!

今は半径2.5マイルほどの旋回になっている。

バレなければ良いが・・・。

最悪、互いの距離が2マイルを切る距離に近づいてしまう。

それも向こうがこちらに気づいてやって来なければの話だ。


そう思ってアルベルトはナオの機体の後ろに付いた。



ノブリは飛竜の首の動きや表情に注意した。

明らかに何かを追っているような感じだ。

まるで迫って来る何かを凝視しているようだ。


偵察か?


そう思いながら飛竜が注意している方向を凝視した。


「敵か?どうする?近づいて来るのか?」


タントが側にやって来た。


「分からん。敵だとしたら妙な感じだ。いつもの速さが感じられない。小型の飛竜艇か偵察かも知れん。」

「近づいて見るか?」

「ああ。ゆっくりとな。飛竜の表情に気をつけろ。」

「ああ!分かった!」



アルベルトは極度に緊張した。

2匹近づいて来る!

どうする?

このままだと最短距離は恐らく1マイルを切る。

撃墜するのは簡単だ。

だがそれによって機動に困難を来しているナオの機体が巻き込まれる恐れがある。

偶然近づいて来た可能性もある。

気づいていない事を祈りつつ、ここはこのままやり過ごそう。


ノブリは彼我の距離が近づいているのを感じた。

どうする?

偵察程度であればやり過ごすか?

だが、偵察や斥候は撃ち落とすのが鉄則だ。

偵察行動によって敵にわざわざ手の内を見せるのは、こちらの不利を晒すようなものだ。

だが相手が例の超飛竜だったら?

こんな愚かな軍隊で戦死しても名誉にはならない。

死にたくは無い。

しかし元帝国軍人としての矜持も持っていた。

究極の選択が迫って来た。


アルベルトは極度に緊張した。

敵との距離がどんどん縮まって来る。

頼む!

何もしないでこのままやり過ごしてくれ!

アルベルトはナオを守るようにして、飛竜の射線上に入った。


ナオとアルベルトの機体は大きな円を描くように旋回を続けた。

敵の飛竜との距離が最短になる。

ドラゴンファイターは2マイルの距離で敵を撃つ事ができるが、その2マイルどころか、1マイルを切った距離に敵が入って来た。

しかしこのまま何事もなく旋回を続ければ、自然に距離が離れてくれる。

アルベルトは操縦桿を握る手にじわりと汗が出ているのを感じた。

ゴクリと唾を飲む。


ズガーン!


突然アルベルトの機体に衝撃が生じた。

飛竜のブレスがエンジンに当たったのだ。


「アルベルト!アルベルト!こ、このーッ!」

「やめろナオ!俺は大丈夫だ!そのまま旋回を続けろ!」

「でも!でも!」


コクピットの中で警報音があちこちから鳴り響いていた。

火災警報にエンジン異常に魔力異常。


やば。

直ぐに火災を消さないと・・・。


アルベルトは訓練によって体に染み付いた反射的な動作で火災を消した。

燃料用の水素タンクは一応、防御魔法陣が施されているので爆発する事は稀だ。

だが破壊状況によっては燃料が送れなくなり、魔力で作る高圧空気だけで進まなければならなくなる。

アルベルトは冷静に被害状況を確認していたが、魔力供給量が徐々に低下している事に気がついた。

この調子では飛空艦まで辿り着け無い。

仕方がない。

途中でベイルアウトするか・・・。

あと50マイルは飛べるだろう。

そこで・・・・・なんか・・・眠いな・・・。


「アルベルト!アルベルト!しっかり!」


なんだよナオ・・・何を怒ってるんだよ・・・。


「アルベルト!アルベルト!アルベルトーッ!」


ナオに呼びかけられて我に帰った。

半分意識が飛びそうになっていた。

意識が戻った瞬間、強烈な痛みが下半身を襲った。


「うッ!」

「アルベルト!どっかやられたの?」

「あ、足が!」


ふと下を見ると、足が血だらけになっていた。

いつの間に?

何かの破片が刺さったのか?

急いで出血した場所を確認すると大きな破片が右足に刺さっていた。


マジかよ・・・。


「ナオ・・・。少し騒ぐかも知れないけど気にしないでくれ。」

「えッ?」

「ウガーーーーーーッ!」


そう言うとアルベルトは足に刺さった破片を抜いた。

気絶しそうな痛みが走った。


「アルベルト!大丈夫!?アルベルト!」


荒い息をしながらアルベルトは傷口を見た。

かなり大きい傷だ。

急いで太腿の付け根を包帯で縛った。

そして回復ポーションを出すと一気飲みした。


「フーッ!」

「アルベルト!どうしたの?怪我したの?」

「大丈夫だ。少し足を怪我しただけだ。それよりも其方はどうだ?どこかやられたか?」

「馬鹿!アルベルトの馬鹿!こっちはさっきと変わらないわよ!今度は私が守る番だったのに!馬鹿!馬鹿!」

「怒るなよ少尉・・・。落ち着いてくれ。それよりこっちの機体がどんな状況か見てくれないか?」


ナオは涙を堪えながらアルベルトの機体を暗視カメラ越しに見て驚いた。


「中心付近に大穴が空いているわ・・・。ついでに右側のメインエンジンのノズルがめちゃくちゃになっている・・・飛んでいるのが不思議なくらい・・・コントロールは可能?」


そう言われてアルベルトは計器類を見た。

燃料供給計は下がったまま。

魔力供給計は徐々に下がっている。


左右のメインエンジンは止まっている。

サブエンジンも幾つか止まった。

僅かに動いているサブエンジンで飛び続けていられるようだ。


ヤバイな・・・それでも50マイルくらい飛ばないとな・・・。


「なるべく飛空艦に近づいてそこでベイルアウトする。公爵領の上でベイルアウトしても良いが恐らく高度が維持出来ない。ナオ、先に行ってくれ。」

「ダメよ!そんな事出来ない!」

「いいから行けって!」

「出来る訳無いでしょ!」

「いいから行ってくれ。頼むよ。こっちの方がそっちよりも酷い。先に行くんだ!」

「そんな・・・意地悪な事は言わないで・・・お願い・・・」

「ナオ・・・」

「えっと・・・お熱いところ申し訳無いのだが、痴話喧嘩はそこまでにしてくれよ二人とも。」

「へッ?」

「エッ?」

「デルタ・ワン、ノベンバー・ワン。こちらロミオ・ワン。お二人を安全地帯まで誘導します。そこでベイルアウトしてください。オスプレイが待機しています。」


スサノオ達だった。

レーダーで異常を感じたスサノオはすぐに駆けつけたが、20マイル手前でアルベルトが撃たれた事を知り、直ぐに救助を要請した。


「全く・・・お前は昔から変わらないな・・・。」


アルベルトは幼少の頃を思い出した。

悪ガキにボコボコにされた時にスサノオが護衛騎士を呼びに行き、リサと一緒に助けに戻って来てくれた。


「お前もな。いつもボロボロになっているな。」

「言ってろよ!」



ノブリは先程のブレスで手応えがあったのを感じた。

相変わらず隠蔽魔法で敵の正体や状況は分からなかったが、爆発らしき物が一瞬見えたのでブレスが当たったのだと感じた。

だがしかし、愛竜が別の方角を見だした。

その意味するところは、新手が現れたと言う事だ。


「当たったか?」

「ああ。多分な。けど新手が来ている。戻ろう。このままここにいたら奴隷紋が発動しかねない。」


相棒のタントが深いため息を吐くのを見つつ、ノブリは愛竜を甲羅の方へ向けた。

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