第86話 消えて行く仲間

第2小隊がミサイルを発射した直後、大型飛竜5匹が前方に向かってブレスを吐き出した。

スサノオが恐れていた敵との相討ちだ。

ナオはミサイルを撃った直後に退避行動を取ったが、それでも回避し切れず、主翼の先端と2枚の垂直尾翼の片側、それに片側の水平尾翼をもぎ取られた。

衝撃で機体は左方向に持って行かれたが、幸いにして火災は発生せず何とかコントロール出来る状態だった。

ただ、機体のバランスは悪くなり、右側が持ち上がり、機首が左へ向こうとする。

ナオは左側のエンジンをやや上げ、右側のエンジンの出力を落とし、なおかつ操縦桿を右へ倒して何とかコントロールする様に努め、出来るだけ早く戦域を離れようと悪戦苦闘した。

ふと気づくと飛んでいる機体は自分だけだった。

小隊長は?

仲間は?

ナオは必死に辺りを見回したが、彼らは何処にもいなかった。


スサノオは大型飛竜がブレスを吐き出した瞬間、射線上にいたクサナギ機と他の機体が光に飲み込まれたのを目撃して呆然とした。


「クサナギ先輩・・・」


クサナギは今回の作戦で自ら大型飛竜への攻撃を志願した。

当初、スサノオは自分でミサイルを撃ち込むつもりだったが、それをクサナギが制し役割を交代した。

そのクサナギがブレスに呑み込まれてしまった。

爆発すらも起きなかった。

6本放たれたミサイルは2本だけ無傷で進み、大型飛竜を1匹仕留めた。

だが吐き出されたブレスは、減衰する事無くそのまま進み公爵領の結界を直撃し大きな爆発をもたらした。


「ノベンバー・ワン!ノベンバー・ワン!聞こえるか?こちらデルタ・ワン!」


アルベルトがナオを呼び出す無線を聞いて、スサノオは我に帰った。

生きているのか?

よく見ると、ふらふらと揺れながら、一機離脱して行くのが見えた。

ナオの機体だ。

彼女は奇跡的に逃れていた。


「リン少尉!状況報告!」

「はい・・・敵大型飛竜1匹撃墜です。ですが、味方第2小隊6機中5機が大型飛竜のブレスの直撃を受け・・・消滅・・・しました。更に、大型飛竜が吐いたブレスによって結界の防御力が低下しています・・・。」


リンがショックを受けながらも報告をしていると、第1小隊のアルファ分隊がミサイルを積んで戦域に戻って来た。

戻って来た分隊はクサナギ中尉が犠牲になった事を知っていきり立っていた。

特にクサナギと同期の者だったベテランの一機は興奮しながらスサノオに言った。


「中隊長!仇を!仇を取らせてください!」

「ダメだ!一旦飛空艦へ戻るんだ!」

「し、しかし!クサナギが!クサナギが!」

「落ち着け!生きて帰れ!それが艦長からの命令だ!言う事を聞け!」

「行かせてください!いいえ!行きます!」

「やめろ!死に急ぐな!」

「・・・お世話になりました。」


そう言ってその機体は甲羅の前方へ回ると、持っているミサイルを撃ちまくった。

4本目のミサイルを撃った直後、再びブレスが吐き出された。

ミサイルは何本か光に呑み込まれたが一本だけ大型飛龍に当たり撃墜した。

そのかわり、撃った機体はブレスに呑み込まれて消滅してしまった。


「全機!作戦を一旦中止する!飛空艦へ戻れ!」


それでもまだいきりたつ者がいた。

スサノオは仕方なく、未だ攻撃の意思を示す者の背後に周りレーダー照射をした。

照射を受けた機体は驚いたのか動きが止まった。

スサノオは語気を強めて言った。


「命令を聞けぬ者は撃つ!俺に同士討ちをさせたく無かったら大人しく帰還しろ!」


ロックオンを受けた味方の機体は、やっとスサノオの命令を聞き渋々飛空艦へ機首を向けた。

爆撃に活躍した、第1中隊もその後に続いた。


しかし、ナオの機体は他の無傷の機体と一緒に飛ばせる事は出来ず、誰かエスコート役が必要だった。

スサノオはその役割をアルベルトにさせる事にした。

アルベルトの気持ちは分かっていた。

なので周りから何と言われようと、エスコートをさせる事にした。


「デルタ・ワン。ノベンバー・ワンをエスコートして飛空艦まで誘導してくれ。」

「ロメオ・ワン。こちらデルタ・ワン。了解した。ノベンバーのエスコートをする。」


スサノオは全機が退避するまで戦闘空域に残った。

そして甲羅を見た。

爆撃による攻撃で大分ボロボロになっているように見えたが、まだ飛竜艇は500機以上が現在であるように見えた。

再び、ブレスが吐かれていた。

そして徐々に体制を整えつつあるのか、正面の穴の周りに飛竜が集まり始め、前方に向かってブレスを吐き始めた。



ロークリオは放心状態だった。

20匹いた大型飛竜が遂に3匹となってしまった。

あれ程周りを固めたのに、その囲いを破られてしまい、爆裂魔法を放たれた。

飛竜艇も630隻ほどいた筈だが、爆裂魔法の嵐とイカヅチ魔法により、遂に600隻を切り、およそ500隻後半の数に落ちた。

正直、公爵領の結界がこれで破れるのか不明だった。


「生き残った大型飛竜を奥に戻せ。ただし、ブレスは吐かせ続けろ。それから他の小型飛竜も前方に向かってブレスを吐かせ続けろ・・・」


ロークリオは落ち込みながら側近に伝えた。

しかしこの指示は、ロークリオが思っていた以上に適切で、ドラゴンファイターが近づく事が出来ない防御システムを作り上げていた。


オオニシ艦長は作戦の進行状況をCICで見守っていたが、第3中隊の第2小隊が消滅した瞬間、椅子に崩れ落ちた。

終わった・・・もはやこれまでか・・・。

まるでバルジの戦い・・・第二次大戦でナチスドイツが行った最後の悪あがき・・・みたいだな。

もっとも、ナチスドイツには正義と呼べるものは無かったし、今回は言いがかりをつけられて一方的に攻められた。

どちらと言うと、ナチスと蔑まれるのは向こうの方だ。

後は騎士団長からの指示通り撤収作戦に移行するしか無い。

どれだけの命を救えるか分からないが・・・。


「フッ」


オオニシ艦長は思わず鼻で笑ってしまった。

命を救うだって?

あれだけの数の敵兵を殺しておいて?

奴隷兵とはいえ、奴らだって人間だ。

こちらの損害に比べれば、遥かに多い命が奪われた筈だ。

なのに自分は己の部下と仲間の命だけを守ろうとしている。

自分は悪魔か?

なんたる偽善者だ!


オオニシ艦長は大きくため息をするとCIC全体を見回した。

CIC要員は小隊一個が壊滅した事に、オオニシと同様にショックを受け様子であった。

しかし、軍人は軍人だ。

それも良く訓練が行き届いた軍人だ。

誰の手も止まっていない。

己に与えられた職務に従ってレーダーやその他センサー類の分析に余念が無かった。

併せて、各方面とのやり取り、それに管制は滞り無かった。

ただ、作戦前の高揚した雰囲気は失われ、ただ黙々と作業をこなしているような状況だった。


オオニシ艦長は立ち上がった。


「皆、そのままで良いので聞いてくれ。作戦の結果は見ての通りだ。部分的には成功したが、目的は達成されていない。もはや結界が破られるのは確実だ。だからと言って職務を放棄しても良いと言う事では無い。まだ空でも、地上でも戦っている者がいる。引き続き職務に励んでくれ。」


そう言うと、静かに席に座った。

CIC要員はその言葉を黙って聞いていたが、やがて先程と同じように、黙々と作業を続けていた。

ただ何人かの者は、目を真っ赤にし、そして涙を流し始めていた。

オオニシ艦長は、それを咎める事もせず、ただじっと眺めていた。



スサノオは生き残った第三中隊を連れて飛空艦まで戻ってきた。

ただ、アルベルトはナオのエスコートで少し遅れて来る見込みだった。

少し心配ではあったが、部下達に先に着艦する様に指示を出し、暫く飛空艦に並走する様な形で横に並んだ。


部下達からは特に無線で呼びかけて来る事は無かったが、飛び方から彼らは非常に悔しがっているのが見てと取れた。

飛び方がいつもよりも何処か荒いのだ。

いつもなら皆、慎重に着艦に入るのに、急に舵を切っている。


くそ、俺だって悔しいんだ。

心が通じたと思ったクサナギ先輩を失ったんだ。

これから二人で第三中隊を立て直そうとした矢先だったのに!


ガツン!


スサノオは思わずコクピットの縁を叩いた。


「た、大尉!」


スサノオは歯を食いしばった。

そして天を仰いだ。


何故だ!

何故こんな事になる!

何故次々と仲間を失わなければならないんだ!

どうしようもない怒りが湧いて来る。


後席のリンはそんな様子のスサノオを見て何も声をかける事が出来ないでいた。

姫だったら・・・彼女だったらどう声をかけるだろうか?

自分は役割不足ではなかろうか?

リンは自信を亡くしかけていた。

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