第84話 これが最後になるのか?

第1中隊と第3中隊がブリーフィングルームに集められた。

皆緊張した顔で椅子に座り、上官が現れるのを待った。

全員、現在の状況を十分に理解しており、次の出撃が最後の大規模な反撃になると覚悟していた。

話し声はあまり無かった。

第2中隊が消滅してしまった後である事と、敵を止める事が出来ない自分達の不甲斐無さに落ち込んでもいた。

そんな雰囲気のブリーフィングルームにオオニシ艦長が現れた。

副長が号令をかけようとしたが、オオニシ艦長はそれを制した。


「なんだお前ら?ここは通夜の会場か?もっと元気を出せ!」


俯きかけていたパイロット達が少し顔を上げた。


「死んだ戦友を思い出せ!お前らが通夜をして連中が喜ぶと思うか?まだまだやる事は多い。それまで挫けるな!」


少しづつ隊員達の顔が引き締まって来た。

まだ死んだわけではないのだ。

ギリギリまで頑張ろう。

そう思い始めていた。

オオニシ艦長は辺りを見回すと、おもむろに切り出した。


「諸君達に作戦を伝える。」


全員の顔が引き締まったものになった。


「恐らくこれが最後の大規模な反撃になる。犠牲も大きなものになるかも知れない。それでもやる事に決めた。だがくれぐれも肝に銘じて欲しい。命の無駄遣いはやめろ。生きて帰ってくる事に専念しろ。いいな!」


パイロット達が一斉に「はい」と返事をした。

その返事を聞くと、オオニシ艦長は作戦概要を説明した。

作戦概要の説明が終わりオオニシ艦長が退出すると、副長が全隊員に詳細を説明した。


「以上が作戦内容だ。なお作戦開始は40分後のフタ・マル・サン・マルだ。既に機体には必要な装備の取り付けが始まっているが、お前らは作戦開始までゆっくり休め。以上だ。」


解散が告げられ、各々、思い思いの方向へ散らばっていった。

何人かはスサノオの周りに集まった。


「これが最後になるのか?」

「恐らくな。」

「また犠牲が出るのか・・・」

「・・・すまない・・・。」

「お前が謝る事は無いよ。いずれこう言う事をしなければならなかったんだ。」


スサノオの周りに集まったのは第1中隊の隊員達だった。

彼らは別にスサノオに恨みを言いたかったのでは無かった。

ただ、スサノオに話しかける事で自分の心に折り合いを付けたかったのだ。

誰しも死にたくは無い。

だが公爵領を守りたいと思っている。

その為に作戦立案者のスサノオと話をして納得したかったのだ。


暫く経つと、スサノオの周りから人が消え、第3中隊の主だった面々のみになった。


「中隊長。食堂で少し休みませんか?」


クサナギ中尉に誘われてスサノオ達は食堂へ向かった。

スサノオはコーヒーと軽食を貰うとボンヤリと周りを見た。

するとそこへナオが一人の少尉を伴って現れた。

リンだった。


「あ、あの中隊長・・・」

「リン少尉だろ?リサと同期の。」

「す、すみません。名乗りもせずに!」

「いいよ。それより大丈夫かい?うちらイレギュラーの第3中隊って呼ばれてるぞ?」

「だ、大丈夫です!リサやナオに出来て私ができないはずはありません!」

「実機訓練はした事があるのか?」


アルベルトが聞いた。


「も、もちろんです!戦争前ですけど・・・」

「なーに先輩風吹かしてるんですか!リンだって私達と一緒に地獄のレンジャー訓練を受けているんですよ!大丈夫です!」


リンは元々CIC要員だったが、いざと言うときのために戦術航法士の訓練は受けていた。

ただしリサほどハードな訓練は受けていない。

それでもオオニシ艦長はリンをリサの後釜にするようにスサノオへ命じた。

だが、リサと比べて実戦の経験も無いし、実機での訓練は齧った程度だ。

リサでさえ訓練の初期段階では気絶してしまったのだ。

本当に大丈夫なのか?


「中隊長の操縦は信じられないくらい気がふれてるぞ?それでも良いのか?」

「大丈夫ですって!」


だんだんリンはキレ気味になって来た。

彼女だって本当は不安なのだ。

だけど上からの命令なので受けざるを得なかったのだ。

な・の・に!


「いや・・・でもな・・って、イテッイテッ!」

「もう!それぐらいにしてよ中尉!私だって補充で中隊に参加してから日が経っていないのよ!ちゃんと受け入れてあげてよ!」


ナオがアルベルトの耳を掴んで持ち上げた。


「悪い!悪かった!悪かったから離してくれ!」


ぱっとナオがアルベルトの耳を離した。

アルベルトは涙目になりながら耳を摩った。


「はい。バカップルいただきました。ご馳走様です。」


クサナギ中尉が戯けて見せた。

それを見て皆が笑い出した。

笑いが収まりかけるとスサノオがリンへ向かって言った。


「ま、これがイレギュラーの第3中隊だ。よろしく頼むよリン中尉。」

「はッ!ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」

「リン、それ結婚初夜の・・・」

「え?え?えええええー!」


再び笑いが起きた。


そんなこんだで雰囲気は和んだが、それでもスサノオの気分は完全には晴れなかった。

ここにリサがいない。

大切なパートナーであったリサがいない。

しかし表立ってそんな雰囲気を出す訳には行かない。

それではリンに悪い。

そんな素振りを見せたら彼女だって気分は悪いだろう。

それにいつまでも引きずっていたら命に関わる。

気持ちを切り替えよう。


しかし、そんなスサノオの心を見抜いている者がいた。

アルベルトだ。

アルベルトにはスサノオの気持ちが痛いほど分かっていた。

何しろ幼い頃からずっと付き合っていた仲だ。

お互い考えている事は十分過ぎるほどわかっている。

スサノオのバディ機をアルベルトが務める事が出来るのも、そんな関係だからだ。

なので思わず言ってしまった。


「無理はするなよ、中隊長。」

「お前こそな中尉。」


二人とも不敵な笑いを浮かべかつお互いを励まし合うのだった。


第3中隊は食堂で軽食を取って休んでいたが、やがて出撃時間が迫って来た。

スサノオがおもむろに立ち上がった。

すると他の隊員達も立ち上がり、やがてゾロゾロと連れ立って飛行甲板に向かった。

飛行甲板に向かう途中、アルベルトとナオは並んで歩いた。

本当は二人とも手を繋いで歩きたかったのだが、バカップルと呼ばれている二人でも流石にそれは控えた。

だが二人とも不安感でいっぱいだった。

今度こそ、どちらか先に行くかも知れない。

そんな不安を抱きながら、二人は飛行甲板についた。

まだ出撃までは時間があった。

アルベルトはナオの手を取ると自分の愛機の前に連れて行った。

そしてナオを機体の前に立たせると、いきなり片手で機体に手をついた。


「もしかして壁ドン?」

「ダメ?」

「ううん。悪く無いかも。」


そう言って二人はお互いを見つめると、静かに唇を重ねた。

やがて唇が離れた。

ナオはアルベルトを見つめながら、やや揶揄うようにして言った。


「私、この戦いが終わったらあなたと結婚するんだ。」

「また言うのかよ。」

「だって逆フラグ立てたいんだもの。」

「大丈夫だ。二人で生き残ろう。」

「絶対よ!約束よ!」

「そう言うお前も生き残れよ!」


そう言うと二人は抱き合い、再び唇を重ねた。



出撃時間になった。

第3中隊は今回も先陣を切る事になった。

機体が前後に列になって並べられ、各機にはスターター用のホースや各種ケーブルが接続されていた。

その脇には緑色のジャケットを着た整備員が忙しなく動いていた。

第3中隊のメンバーは既に全員コクピットに収まっていて、エンジンスタートを待つばかりとなっていた。

やがて前方の機体からスターターが動き出し、各機のエンジンが順に動き出した。

静かだった飛行甲板が、徐々に第3中隊のエンジン音で満たされ、やがてやかましくなる。

全機のエンジンが始動し安定すると各機からケーブルやホースが外され、黄色のジャケットを着た整備員が先頭の機体に前進を促した。

スサノオはいつもの如く先頭にいた。

スサノオの機体がゆっくりと前に進むと、順に後続の機体が前に進んだ。

スサノオが所定の位置に機体を止めると、機体は上から降りて来たフックに吊り下げられる。

ギアが収納された。

やがて床が開き、遮蔽板が機体の後部に下がりエンジンがマックスパワーに上げられる。

機体がビリビリと振動した。


「リン中尉!緊張してるか?」

「大丈夫です!スサノオ中隊長!」


機体が飛空艦の外に吊るされ、整備員が開口部に身を乗り出し、片腕を伸ばした。

ガコンと言う音と共に機体が落下し、ドラゴンファイターは飛空艦から発艦した。









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